ウクライナ軍は周到な準備の上で反撃した

2月24日の侵攻初日、ロシアの空挺くうてい部隊約300名がキーウ郊外のアントノフ空港を一時占拠したと報じられた。ところがウクライナ軍の反撃で奪回されたばかりか、ほぼ全滅してしまったという。これなどはウクライナ側に十分な備えがあり、NATO側から敵作戦内容という機密レベルの情報提供まであったことの裏付けといえる。

ロシアから見てもう一つの誤算は、長年中立国だったフィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請である。ウクライナのNATO入りを阻止しようとして、中立国をNATO側に追いやってしまった。ロシア国境の西側は敵だらけだ。こう見てくると、遠くない未来に、ロシア・中国連合のような国際社会の対立軸が生まれるのだろうか。

私はそこまで中国は愚かではないと考える。おそらく中国は、西側とロシアの対立の“漁夫の利”を狙ってくるだろう。ロシアを支援しているように見られているが、趨勢を注視しているに過ぎない。もっとも、もしロシアが勝つようなことになれば、尖閣諸島や台湾有事はすぐに始まるかもしれない。

世界史が変わったと認識した方がいい

もう少し踏み込んで言うと、2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻があった瞬間、「世界史は変わった」と認識した方がいい。歴史の転換点なのではなく、この日をもって転換し終わったと見るべきだ。全く新しい段階に突入している。

佐藤和孝『ウクライナの現場から』(有隣堂)
佐藤和孝『ウクライナの現場から』(有隣堂)

それは20世紀中ごろの第2次世界大戦終了後、国際社会が冷戦構造で二陣営に割れながらも、冷戦終結を経てもなんとか保ってきた国際秩序の終焉しゅうえんである。1991年のソ連崩壊で、社会主義VS自由主義のイデオロギーの対決は30年前に終わった。これから始まるのは、専制主義VS民主主義のイデオロギー対決である。

この戦争が及ぼす影響は、アフガン戦争、チェチェン紛争、イラク戦争、あるいはユーゴ解体やシリア内戦などとはまるで違う。これまでの大国の紛争介入は、あくまで局地戦や内戦に乗じて戦われたものに過ぎなかった。今回は世界規模での影響は避けられない。

これまで私が歩いてきた戦場は、あくまでアフガニスタンの歴史、イラクの歴史などの変化の現場に立ち会ったにすぎない。今回2022年、23年のウクライナ取材では、「世界史の現場」を目の当たりにしてきたことになる。地域紛争であっても世界に“さざ波”くらいは起こしているが、今回のケースは世界史全体への巨大津波である。

佐藤 和孝(さとう・かずたか)
ジャーナリスト

1956年北海道帯広市生まれ。横浜育ち。ジャパンプレス主宰。山本美香記念財団代表理事。24歳よりアフガニスタン紛争の取材を開始。その後、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争などの取材を続け、2003年にはボーン・上田記念国際記者特別賞を受賞。著書に『アフガニスタンの悲劇』(角川書店)、『戦場でメシを食う』(新潮新書)、『戦場を歩いてきた』(ポプラ新書)、『タリバンの眼』(PHP新書)など。