アメリカでも賃金が高い層の給与を下げられた

しかし、その格差縮小メカニズムは非常に厳しいものである。というのも、多くの企業では男性の賃金を下げることで、相対的に賃金が低い女性の賃金水準と合わせて格差是正に動く企業傾向が観測されたのだ。また、この開示義務付けによる女性の賃金上昇傾向は、統計的に意味のある結果は得られなかったと報告されている。さらには、こうした影響からか、働くモチベーションの底上げにつながりにくく、開示義務化による企業価値へのポジティブな影響は統計的には観測できなかった。

実は米国でも、こうした現象に近いことが報告されている(*2)。アメリカでは、一部の州は賃金透明化法「pay transparency law」という法律を導入しており、企業に企業内の最低賃金と最高賃金の範囲を開示させた。目的は賃金格差の是正。何が起きたかといえば、賃金が低い層の給与が上がるのでなく、前述のデンマークで起きた現象と同様に、賃金が高い層の給与を下げることで、賃金格差是正が行われる傾向が確認されたのだ。

手に持った米ドル札を怪訝そうに見る男性
写真=iStock.com/Liubomyr Vorona
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なぜこうなってしまうのかは、まだ学術的にも明らかにはなっていない。しかし、給与を上げるより下げる方が企業にとって容易なのは明らかだ。日本での男女賃金格差のために、企業が男性賃金を下げることを行わないよう、今後、私たちも注意深くウオッチする必要がありそうだ。

(*1)MORTEN BENNEDSEN, ELENA SIMINTZI, MARGARITA TSOUTSOURA, DANIEL WOLFENZON, “Do Firms Respond to Gender Pay Gap Transparency?”, The Journal of Finance. 2022
(*2)The Economist “Pay-transparency laws do not work as advertised”

崔 真淑(さい・ますみ)
エコノミスト

2008年に神戸大学経済学部(計量経済学専攻)を卒業。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。一橋大学大学院博士後期課程在籍中。研究分野はコーポレートファイナンス。新卒後は、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)でアナリストとして資本市場分析に携わる。債券トレーダーを経験したのち、2012年に独立。著書に『投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)などがある。