そこまでやらなければ、踏み込めない
クライアントの独身寮に住み込んで仕事をするのは決して楽ではなかった。同僚のカニングハムはガミガミうるさいし、最初の頃は社員たちから白い目で見られた。
「所長が連れてきた高給取りのコンサルタントなんかに俺たちの業界がわかってたまるか」という態度である。東大工学部機械工学科を優秀な成績で卒業したある社員は、私の仕事ぶりを敵意に満ちた目でじっと見ていて、一時間後にこう言い放った。
「あなたの今の1時間は私の1カ月分の給料と同じです。私も1カ月の仕事を見せるから、あなたも1時間分の成果を見せろ。同じ対価であることを証明してもらいたい」
カニングハムには言葉が通じない。イジメの対象はもっぱら私である。
ヘトヘトになって夜中の11時頃に寮に戻れば、「入浴は夜9時までに済ませること」などと風呂場に張り紙してある。すでに風呂の湯は冷めていて、湯は出ない。仕方がなく水風呂に浸かると、先に入った人の垢が水面に浮いている。冬の朝も冷たい水でヒゲを剃らなければならない上に、寮の飯は年中おいしくないときている。
それでも平気で入り込んでいられたのは、日立時代の経験があったからだと思う。日立のムラ社会はもっとひどかった。それに比べれば、どうってことはない。
逆の言い方をすれば、そこまでやらなければ日本企業の奥の院には踏み込めないことを日立時代の経験で知っていた。
夜遅くまで一緒に仕事をしていれば、「ビールでも一杯」という話がチームから自然に出てくるし、社員との信頼関係も醸成されてくる。独身寮に住み込んで、冷めた湯に浸かって、まずい飯を掻き込まなければ、得られないことがあるのだ。