看護師から聞かれたこと

診察に続いて、診察室に隣接した外来化学療法室で、新しい抗がん剤の点滴が始まった。歯医者さんで使われているような、リクライニング式のゆったりした椅子に座り、おおむね2時間くらいかけて点滴を受ける。1人ごとにカーテンで仕切られ、プライバシーが保たれている。

こうめいさんはその間、待合室や廊下の長椅子に腰かけ、みどりさんの点滴が終わるのを待っていた。

光があふれる病院の廊下
写真=iStock.com/Zephyr18
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すると、看護師からよく声をかけられた。

近藤さんだったこともあるし、腫瘍センターの別の看護師だったこともある。

「ちょっとお話、聞かせてもらってもいいですか?」

そう言われ、診察室の奥にある部屋などでよく話を聞かれた。

まず質問されたのは、みどりさんの様子だった。

「私たちが面談をしている限りでは、みどりさんは言いたいことを十分に言えていないようにも見えます。こうめいさんの目から見て、いかがでしょうか」
「みどりさん、きょうはちょっと元気がないように見えました。ご家庭で何か、みどりさんが困ったことや、不安に思われるようなことは、ありませんでしたか」

そして、つけ加えるように、よく聞かれたことがある。

「ところで、こうめいさんご自身はいかがですか?」と。

治療対象であるみどりさんのこころのケアや、家庭での療養の状況について情報収集する。看護師たちがこうめいさんから聞き取りをする第一の目的は、そのことだったようだ。

それに加えて、こうめいさん自身のこころの様子を探ることも、近藤さんをはじめとする看護師たちのヒアリングの目的だった。

「私あとどれくらい生きられるかな」

こうめいさんは、みどりさんの病気をもっと早く見つけられればよかったのにと、自分を責めていた。みどりさんの治療をどう進めていくか、深刻な病状の中で、これからどう過ごしていくべきなのか、みどりさんの思いをどう引き出し、受け止めればいいのか。いつも迷っていた。

「妻から『私あとどれくらい生きられるかな』って聞かれたことがあるんです。そういうときって、どんなふうに答えればいいんでしょうか」

こうめいさんがそんなふうに看護師に質問すると、看護師は、

「そうですね、具体的な期間を予想して言うよりも、相手の気持ちに合わせて、『そうだね、どれくらいなんだろうね』っていうふうに応じたほうが、安心してもらえるかもしれませんね」

と答えてくれた。

看護師たちは、みどりさんだけでなく、こうめいさん自身の悩みや迷いにも耳を傾け、こころの負荷に目を向けようとしていた。