マレーシアの経済発展を下支えしたメモ

写真は85年1月7日にマハティール首相とミーティングしたときのメモ。日本や韓国の経済成長に学べとルック・イースト政策を打ち出したばかりの頃だ。

それまで天然資源や観光業に依存していたマレーシアが世界的な大競争時代を生き抜くためにはどうするべきか、マハティール首相に提言した。最終的には最先端のITインフラを整備した総合開発計画である「マルチメディア・スーパーコリドー」構想へとつながるのだが、マハティール首相がすごいのは私の提言をすべて受け入れて実行したことだ。首相官邸や省庁を集約した新首都「プトラジャヤ」やハイテク関連企業が集まるハイテク工業団地「サイバージャヤ」の建設も、すべて「マルチメディア・スーパーコリドー」構想の一環なのだ。

マハティール首相は私のプレゼンテーションをメモも取らずにじっと聞いていた。そしてスーパーコリドー構想の実現を邪魔している法律があることがわかると即座に関係閣僚を呼んで、「こういうことができるように法律を変えろ」「医者がそこにいなくても診察できるようにしろ」などと指示を飛ばしていた。

2003年に22年間務め上げた首相の座から退いたが、その強烈なリーダーシップがマレーシアの経済発展に大きく寄与したことは言をまたない。

マハティール元首相のアドバイザーを18年。歴史的な資料/マレーシアの驚異的な経済発展を支えた電子政府の原点である「マルチメディア・スーパーコリドー」構想だが、その草案となった貴重なページ。マハティール元首相は、大前氏の提言のほとんどを実行。左上に書かれたPMとは、マハティール氏のこと。

※すべて雑誌掲載当時