鉄道会社のアナウンスに変化が

【平本】これは私流の仮説ですが、人間の脳は言語の内容よりも、そこから想起される画像の影響を強く受けてしまうからだと思うんです。実際「駆け込み乗車はおやめください」というワードをGoogleで画像検索すると、電車に駆け込んでいる人間のイラストばかりが出てきます。人間の脳にも似たところがあって、あのアナウンスを聞くと駆け込む方向に意識が向いてしまうのではないでしょうか。

【前野】ああ、なるほど。最近「おやめください」といった否定語を脳は理解できないという人がいますが、脳科学的に、それは誤解を招く表現だと思っています。脳はもちろん否定語を理解できますが、文脈を理解するのは高次な処理なので、ほんの少し時間がかかる。つまり、一刻も早く電車に乗りたいときに耳に飛び込んできた「駆け込み乗車」のイメージが先に処理されてしまい、脳の別の部分で否定の文脈を理解するのがほんの少し遅れる。そのあいだに走り出してしまった、といったメカニズムであると考えるべきだと思います。

【平本】ところが最近では鉄道会社も目的論的になって「駆け込み乗車はおやめください」の代わりに「次の電車をご利用ください」とアナウンスする駅が増えているようです。

【前野】言われてみれば、そうですね。たしかに目的論的になっている。

原因論で多くの才能ある選手が潰されてきた

【平本】私はアスリートのイップスやパニック障害の治療にたずさわることがあるのですが、「絶対に三振だけはするな」「三振したら1日ずっとランニングだ」なんて言葉をかけられ続けたことでイップスになってしまったケースは今でも枚挙にいとまがありません。原因論で、多くの才能ある選手が潰れてきたんだと思います。監督やコーチは潰すつもりなんてまったくありません。伸ばすつもりでやっているのに、そうなっている。だから、リソースフルになるかどうかという発想が必要だと思うんです。

【前野】リソースフルは幸せ、アンリソースフルは不幸せな状態だと言えますね。

【平本】はい。成功者の方は「幸せになると、成功する」と言いますよね。でも、「成功したら、幸せになる」ではない。まず先に幸せにならないといけない。

【前野】そうですね。まず幸せになるところから始まるんです。

平本 あきお(ひらもと・あきお)
米国アドラー心理学修士/メンタルコーチ

講演家、メンタルコーチ。東京大学大学院修士課程修了。日本では数少ない米国アドラー大学院修士号取得者。

前野 隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

1984年東京工業大学卒業、86年東京工業大学修士課程修了。キヤノン株式会社入社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より現職。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。著書に『幸せのメカニズム』(講談社)、共著に『ウェルビーイング』(日本経済新聞出版)、『「老年幸福学」研究が教える 60歳から幸せが続く人の共通点』(青春新書インテリジェンス)など著書多数。