工場をたたみ、薬局を閉店し、心に残った穴

夫を介護したのは一年半。最後の3カ月、夫は急変して意識を失くし、入院先で寝たきりになる。しかし自宅へ帰ることなく、2003年に他界した。

千福さんは悲しみに暮れる暇もなく、家業の後始末をしなければならなかった。工場をたたむと、薬局の仕事に力を入れる。しかし、ドラッグストアの台頭で薬局の経営は伸び悩み、2006年暮れに閉店。しばらく残務整理に追われたが、それも済むとぱたっと暇になる。心にもぽっかり穴が開くようだった。

「今まで毎日働いてきたのに、何もすることがなくなった。これは何かせないかんと思い、シルバー人材センターに相談に行きました。そしたら、『来られるのがちょっと遅いですね』と言われたんです。せめて70歳までなら仕事もあるけれど、それを過ぎたらなかなか難しいと。『それとも何か資格、もってますか』と聞かれ、『いえ、何ももってません』と答えたら、『ボランティアセンターがありますから、そこを紹介しますね』と言われて……。私はまだ仕事をして収入も得たかった。ボランティアをする気にはなれなかったんです」

どこに行っても言われる「年齢が……」

このとき千福さんは72歳。それでも何か資格をとろうと考え、思いついたのが「ホームヘルパー」だった。これなら数カ月の研修を受ければ資格をとれる。夫を介護した経験があり、自分も誰かの役に立てるかもしれないと。市役所へ相談に行くと、窓口ではまたも「もう歳がいってるからねぇ……」と言われたが、「民間のところでどこか知ってはるところはありますか?」と聞くと、幾つかパンフレットがあるから問い合わせてみてはと勧められた。

千福さん
(撮影=水野真澄)

千福さんは並んでいるパンフレットの中のひとつに目がとまる。「プラスワンケアサポート」。亡き夫がお世話になった介護事業の会社だった。「ホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)養成研修」の受講生を募集していたのだ。

「あのときケアマネさんに良くしてもらったという思いが頭にありました。場所も近いし、費用も他より安い。“ここに決めた!” と、すぐ電話してみたんです」

すると年齢は問わないといわれ、秋から始まる研修に申し込んだ。3カ月の研修を受けて、2007年12月に資格を取得。73歳の「ホームヘルパー」が誕生した。

実際に介護の仕事はどのようにスタートしたのだろう。千福さんによると、思いがけない縁から始まったという。研修中に後ろの席に座っていた女性と親しくなり、修了日に肩をたたかれた。彼女の夫が介護タクシーの事業を始めたので、「年が明けたら、うちの仕事に来てくれへん?」と誘われたのだ。