「コロナ危機をどう乗り越えるか」をテーマに、井田博幸氏(東京慈恵会医科大学附属病院病院長)と岩﨑真人氏(武田薬品工業取締役)が特別対談を行いました。その内容をお届けします。

病院と製薬会社、それぞれのCOVID-19初期対応

【井田】はじめまして。東京慈恵会医科大学附属病院で病院長を務めております。2020年は新外来棟、母子医療センターのオープンで幕開けしましたが、その後、COVID-19の流行で厳しい状況となりました。私の専門は小児科で、先天代謝異常症について40年近く研究しています。タケダさんは先天代謝異常症の治療薬として酵素製剤をお持ちですね。

【岩﨑】私はタケダで日本の事業全般を統括しております。希少疾患は弊社ビジネスの柱の一つであり、私がリードしてきた分野でもありますので、今日はお会いできるのを楽しみにしていました。

【井田】当病院では2月10日にダイヤモンド・プリンセス号の感染者をお引き受けしたのがCOVID-19対応のスタート。社会貢献の理念から政府の要請にお応えした形です。3月末には病院と大学双方のコロナ対応を行う「新型コロナ対策本部」を設置し、万全な体制で臨んでいました。ところが4月2日に一般病棟でまさかの院内感染が発生。救急対応、手術、初診外来、健診業務をストップさせることを私の決断で実施しました。病院のロックダウンを実施したのは政府が緊急事態宣言を出す3日前、4月4日のこと。苦しい決断でしたが、患者さんや医療スタッフ、職員に感染を拡げてはいけないという一心でした。徹底的に感染経路を追跡し、情報を共有することで、比較的短期間で終息宣言。感染者も22人に食い止めました。その経験と知見をもとにゾーニング(区域分け)を徹底し、新規入院患者さんにはPCR検査と胸部CTのダブルチェックで、水際で感染者を食い止めるなど、今は万全の感染対策を講じた診療体制を構築しています。

井田博幸
東京慈恵会医科大学 附属病院
病院長
1981年、東京慈恵会医科大学卒業。2008年、東京慈恵会医科大学小児科学講座の主任教授。2019年4月に病院長に就任。専門は小児科で、特に先天代謝異常症の研究・臨床に長年尽力する。中でもゴーシェ病の研究に注力。2013年から2019年まで日本先天代謝異常学会理事長。

【岩﨑】緊急事態に際して直ちにロックダウンされたのはまさにご英断でした。COVID-19に対して弊社もかなり早期に動きました。2月17日にはMRを含めた日本の全社員を在宅勤務としました。タケダは約80カ国をカバーしており、各地から情報が入ってきていましたから、いずれ日本でも感染拡大はあるとの見込みからでした。社員の身の安全はもちろん、医療に関わる者として、医療従事者の方々にはご迷惑をかけられないとの思いでした。それも3年前から新しいMRのあり方を実現するため、ウェブシステムを開発していたことが功を奏しました。同時にモデルナ社やノババックス社と、ワクチン供給の話も開始。さらにCOVID-19治療用高度免疫グロブリン製剤の開発にも着手しました。それも1社だけでなく他社にも呼びかけて「CoVIg-19アライアンス」という枠組み作りにも動きました。12月に国内でも臨床試験を開始しました。

希少疾患の課題は「四位一体」で取り組む

【岩﨑】COVID-19の関連でご専門のゴーシェ病など希少疾患特有の課題は?

【井田】欧州、アジア、アフリカでのデータでは、先天代謝異常症の受診患者数が68%減と大幅に減っており、受診抑制の傾向は顕著です。日本では比較的影響が少ないですが、懸念はあります。特に酵素補充療法などの治療は継続が重要で、中断すると特にゴーシェ病の小児患者さんの病状は悪化することが明らかになっています。その点は医師、病院、学会から患者さんに伝えていく必要があります。

【岩﨑】タケダでは希少疾患に取り組んでいくにあたってこの度、『日本における希少疾患の課題 希少疾患患者を支えるエコシステムの共創に向けて』という白書をまとめました。今後、患者会や行政とも連絡を取りながら、その課題に一つずつ取り組んでいきたいと思っています。特に患者さんが確定診断を得るまでに長期間を要する現状や、ご指摘のあったコロナ禍の受診抑制で早期診断が妨げられる懸念もあり、早期診断のための環境づくりに取り組みたいと考えます。

岩﨑真人
武田薬品工業株式会社
取締役 ジャパンファーマ ビジネスユニット プレジデント
1985年、武田薬品工業入社。医薬営業本部で営業やマーケティングなどを経て、2003年に製品戦略部のマネジャーおよび循環器系・代謝系疾患領域のプロジェクトリーダー。2010年にコーポレート・オフィサー。2012年より現職。日本の東京薬科大学で薬学の修士号を、順天堂大学で医学博士号を取得。

【井田】希少疾患は患者さんが希少というだけでなく、医師も情報も希少です。その意味でこの冊子は貴重です。私はよく「四位一体」と言っています。製薬会社、医師、患者さん、それに政府の4者が連絡を密に取り、診療・研究体制を細かく丁寧に構築する必要があります。

【岩﨑】COVID-19に関しては、タケダでは当面2つのことを手がけます。一つは「予防と治療」。ワクチンを一刻も早く日本で提供するとともに、高度免疫グロブリン製剤を十分に供給できる体制を整えます。もう一つは医師を通じての患者さんへの適切な「情報提供」です。従来までの対面での面談だけでなく、ステークホルダーのニーズに応じたきめ細かく、効率的で生産性の高い情報提供を行うため、デジタルシステムも積極的に活用し、リアルとデジタルのベストミックスを追求します。社員の働き方も同様に、リモートとオフィスとのベストミックスを模索します。

【井田】当院ではコロナ禍において、患者さんと医療スタッフの安全を担保すること。そして特定機能病院の役割とCOVID-19の診療という社会貢献の両立を目指しています。COVID-19に打ち勝つためには「一致団結」「高い職業意識」「思いやり」の3つのキーワードを挙げたいです。今は病院経営が厳しい時ですが、真に患者さんのための医療を実践し、社会に貢献する病院だけが生き残れるのだと肝に銘じているところです。

Corporate Profile
武田薬品工業株式会社
1781年に大阪で創業し、約240年の歴史を持つグローバルな医療用医薬品メーカー。「患者さん中心」の考え方のもと、革新的な医薬品の創出を通じて、患者さんの医療ニーズに応える。