薄毛や禿には育毛剤、飲み薬、植毛など様々な対処法がある。しかし、科学的根拠に基づいた信頼できる治療法はあるのだろうか。2010年4月、日本皮膚科学会が科学的根拠に基づく診療のガイドラインを発表した。それによると……。

加齢とともに寂しくなる髪の毛はしかたがないと諦めもつく。誰でも20代の髪の毛の量は50歳になったときにはない。それが、他人よりも早く、つまり、30歳で50歳の髪の毛だから悩むのだ。一人10万本あるはずの毛髪に去られ、薄くなった頭を抱えて男たちは日々、悶々としているのだ。“ロマンスグレー”はモテる男の自慢になっても、“薄毛”はモテない男の代名詞というイメージが強い。私もその仲間にはいるだけに、“ロマンスハゲ”という言葉がない現実の厳しさを痛感している一人だ。

薄毛や禿には育毛剤や飲み薬、植毛、それにカツラなど星の数ほども対処法はあるが、何を選ぶべきなのか頭を悩ませる人も多いはずだ。私も30代後半から毛髪の退行がはじまり、年々薄毛が進行してきた。以来、数々の育毛剤を試し、風呂上がりに頭に振りかけ、ひたすら頭皮をマッサージしてきた。

男性型脱毛症診療ガイドライン2010年版

男性型脱毛症診療ガイドライン2010年版

そんな“薄毛難民”にとってありがたいことに日本皮膚科学会は、科学的な根拠がどの程度あるのか、公表されている研究論文をもとに「男性型脱毛症診療ガイド(2010年版)」を初めて策定して2010年4月に公表した。処方薬と市販の育毛剤を取り上げており、どんな治療法を選択すればいいのかがはっきり示されているので、正しい治療法を知る大きな手がかりになる。

ガイドラインは、現在の治療法を5段階で評価。最も評価が高く、「強く勧められる」の「A」にランクされたのは、飲み薬のフィナステリド(商品名・プロペシア)と塗り薬のミノキシジル(商品名・リアップ)の2つだけだ。次に評価の高いのが、自分の毛を移植する自毛植毛で「勧められる」の「B」。「C1」は、「行うことを考慮してもよいが、十分な根拠がない」というものだ。いずれも塗ることで発毛促進効果をうたった外用薬で、これには塩化カルプロニウム、t-フラバノン、アデノシンなどがある。「C2」は「根拠がないので勧められない」というレベル。「D」にあげられたのは、ナイロンなどの化学繊維を使った人工植毛で、感染症や拒絶反応が多く、現時点では「行わないよう勧められる」となっている。

東京医科大学皮膚科教授<br>
<strong>坪井良治</strong>

東京医科大学皮膚科教授坪井良治

策定委員会で委員長を務めた東京医科大学皮膚科の坪井良治教授がガイドラインを策定した経緯についてこう話す。

「策定した目的は3つあります。1つは育毛を掲げ、不安をあおるヘアサロンの行き過ぎた行為。2つめは規制によって効果をうたえない医薬品に対し、部外品、化粧品の発毛に関する誇大な広告。3つめが人工毛植毛によるトラブルです。まず医療者向けにエビデンス(医学的根拠)を提供したいと考えたわけですが、一般の人にも公開することで注意を促したかった」

このガイドラインが出たことを男性型脱毛症(AGA)治療現場の医師はどう見ているのだろうか。わたなべ皮ふ科クリニック(埼玉・所沢市)の渡邉泰弘院長はこう話す。

わたなべ皮ふ科クリニック院長<br>
<strong>渡邉泰弘</strong>

わたなべ皮ふ科クリニック院長渡邉泰弘

「ガイドラインがきちんとあり、それに沿って診療するのは説得力があるし、患者さんも安心するのではないでしょうか。当院ではガイドラインが公表される前からプロペシアを処方しています。患者さんの中には行きつけの理容室で『髪が太くなったね』と指摘され、効果を実感された方も多い。服用されている患者さんは20代前半から50代までいますが、プロペシアを新たに処方する患者は、平均するとひと月に7、8人は増えています」

Aランクの飲む治療薬「プロペシア」は、日本で05年に承認された。米メルク社が開発し、現在60カ国以上で発売されている。09年の全世界の売り上げは4億4000万ドル、日本でも06年に110億9000万円(参照処方価格)だったが09年には151億8000万円と伸びているという。

くらた医院院長<br>
<strong>倉田荘太郎</strong>

くらた医院院長倉田荘太郎

薄毛のうち日本の成人男性にもっとも多く見られるAGAについて日本臨床毛髪学会理事長で、別府ガーデンヒルクリニック くらた医院(大分・別府市)の倉田荘太郎院長がこう話す。

「AGA発症の年齢は下がっており、当院では30代、40代の患者さんが多いのですが、20代の患者さんも増えています。AGAに対する考え方には日本人特有のものがある。というのも脱毛症は、肌の色と髪の毛のコントラストで目立つか目立たないかという違いが出てきます。黄色人種の日本人の場合は肌が比較的トーンが明るい肌色で、髪の毛は黒い人がほとんどですからコントラストが非常に大きくなる。そうすると減ってきても目立つし、逆に増えても目立つわけです」

(矢木隆一=撮影)