「この店を……撤退ですか?」

「おまえのためを思って、俺は言っているんだ」

男がそう言うと、飯島は顔を真っ赤にして、大声で叫んだ。

「それだけは、できません! この店は、私が命をかけて運営しているんです!」

「おまえが命をかけているかどうかは、知ったこっちゃない! 儲からないビジネスを続けることのほうが問題だって、言っているんだ」

「私のことを何も知らないから、気軽にそんなことが言えるんです! 私は……私は、今の嫁さんと駆け落ち同然で小さな町を飛び出して、軽自動車1台でクッキーを販売するところから、スタートしたんです。そこで、嫁さんにはたくさんの苦労をかけてきました。そして、小さな店を構えて、そこからすごい努力をして、とうとう銀座にまで来たんです。そんなことも知らずに、店を、たためなんて……」

飯島が、声を震わせながら話すと、男は静かに、そして落ち着いた声で言葉を返してきた。

「それが、さっきおまえが言っていた、『嫁さんに、お店の経営が苦しい話ができない』っていう理由なのか?」

「はい。うちの嫁さん、当時、凄いお金持ちの婚約者と縁談が進んでいたのに、そこに私が強引に入り込んで、駆け落ちして嫁を実家から連れ出したんです。だから、最初に苦労をたくさんかけたときは、胸が締め付けられる思いでした。そういう理由があって、お金では苦労させたくないと誓ったんです。銀座にお店を出してからは、そういう経営の相談は、一切していません」