多様な価値がクルマ選びの基準になる
EVは、今後どのような形で進化、普及していくのだろうか。
「2030年時点の予測だけを取り上げても、EVの販売台数が新車の14%を占める、いや28%までいくと各種機関からさまざまな数字が出ています。これだけ技術の進化が早いと、10年先など長期スパンでの予測は極めて難しい。ただ、EVがますます普及していくという流れ自体は変わることはないでしょう」
田中道昭教授はそう語る。
そして、EVがどのようなスピードで定着するかは、技術の進化や経済合理性もさることながら、私たちがクルマを選ぶにあたって、どんな価値観を重視するかにかかっていると指摘する。
「もともとクルマという製品には、移動するという機能的価値に加え、乗って楽しい、うれしいといった情緒的価値や、それを所有することで自分のライフスタイルや思想を示す精神的価値があります。マズローの欲求5段階説でいう、尊厳欲求や自己実現欲求といった高次の欲求にまで関わる製品です」
では、今後のEV普及の鍵を握る重要な価値観とは何か。それは“サステナビリティ”であるというのが田中氏の考えだ。
「例えば昨夏の猛暑は、単に暑いというより、生き物としての身体感覚で脅威を感じるほどのものでした。今の状況が続けば、人類は立ちゆかなくなるという思いを抱いた人も少なくないのではないでしょうか。社会にとって、サステナビリティや環境問題への対応が、単なる“目指したい目標”ではなく、まさに今、現実に対処すべき課題になっているのです。また一方で、20代の私の娘を見ても、若い世代はサステナビリティやシェアリングといった考え方を、当たり前の価値観として持っている。そうした価値観に合致するかどうかが、彼らの一つの行動基準で、モノを選ぶ基準になっているのです」
経済界でも、例えば投資の分野では化石燃料に頼る企業から資金を引き揚げる動きが強化されていると田中氏。企業も単に理念としてのサステナビリティを掲げるだけでなく実践的な取り組みを開始しており、国内企業トップから「すべての社用車をEVにしたい」といった話も出るようになっていると言う。
“移動ツール”としての利便性も向上
もちろんEVの機能的価値も進化を続けている。走行距離、充電インフラの充実など、移動手段としての利便性も大幅に向上。例えば充電1回当たりの走行距離も、EV市場を牽引する新型リーフでは400kmを大きく超えるまでに伸びた。
「大半の日本人の1週間の走行距離が100kmに満たないことを考えれば、すでに十分実用性を備えた製品と言えるでしょう」
充電インフラなどの整備状況を心配する声もあるが、日本全国で急速充電スタンドが7400基以上、普通充電スタンドと合わせれば約3万基(2018年10月現在)と、いまやガソリンスタンドの数に並ぼうとするまでになっている。そして情緒的価値にあたる、乗り心地、運転する楽しさといった面でも評価は高い。
「私自身、試乗で日産リーフを運転したことがありますが、アクセルを踏んだタイミングとクルマの駆動に時間差がなく、加速も非常にスムーズにできる。身体とモーターの動きが一体化したような滑らかで安定した走りが印象的でした」
ここに、サステナビリティといった価値観に応える要素が加われば、EVの普及は予想を超えるスピードで進む可能性がある。
クリーンエネルギーのエコシステムを支える
昨年11月に日産自動車が発表した新コンセプト「Nissan Energy」は、まさに今社会に広がる価値観に応える動きといえるだろう。
EVとエネルギーシステムをつなぐこの「Nissan Energy」の中心的な取り組みは、日産リーフの大容量バッテリーを移動可能な蓄電池としても活用するというもの。例えばバッテリーに貯めた電力を、家庭での電力ニーズに合わせて供給する「Vehicle-to-Home(V2H)システム」では、日中はソーラーパネルを使って発電した電力を「日産リーフ」のバッテリーに充電。夜間は貯めた電力を家に供給し、照明やエアコンなどの家電を動かすことにも使用できる。
「クリーンエネルギーを作り、蓄え、使う。こうした三位一体のエコシステムの形成は、これからの時代に求められるものと言えるでしょう」と田中氏も言う。
さらにリーフがつながるのは住宅だけではない。事業所や工場、電力網などさまざまなものとつながることで、貯めた電力を多彩な用途に利用することが可能だ。そしてバッテリーに蓄えたエネルギーは、災害時の緊急電源としても利用できる。一般家庭の使用電力に換算すればおよそ2~3日分の電力をまかなえる計算で、企業のBCP(事業継続計画)などにも活用可能。クルマは単なる移動手段でなく、家庭や社会活動の必需品になり得るのである。
EVの新たな価値への消費者の関心が、さらなる進化を後押し
「今、スマートフォンを単なる電話だと考えている人はいないでしょう。それと同じように、クルマの用途は大きく広がっています。ライフスタイルの中での位置づけも変わり、家とクルマの一体化はさらに進んでいくはずです。EVが暮らしのあり方を変え、『スマートホーム』『スマートファクトリー』『スマートシティ』を実現していく。そんな未来が近づいているわけです」
度重なる異常気象や未曾有の災害などによって、「持続可能な社会」を構築することの必要性を実感させられる機会が増えている昨今。やはりそうした価値観の浸透こそが、EVをさらに普及させる足がかりとなるというのが田中氏の視点だ。
「繰り返しになりますが、サステナビリティを重視し、それを当然のものとする価値観が着実に広がっている今、EVが消費者に受け入れられる素地は整いつつあると私は見ています。地球環境の将来を考えれば、EVの導入をさらに進めていくべきなのは間違いないでしょう」
そうした中、今後一つ重要になるのは、消費者がいかに技術の進歩や、それがもたらすベネフィットに関心を向けることができるかだ。消費者がEVの新たな価値に敏感に反応すれば、それはさらなる技術の進化や新たなベネフィットを消費者にもたらす。そんな循環が生まれれば、持続可能な社会の実現にも大きく貢献するに違いない。
サステナビリティに対する社会の意識が高まり、EVがさらなる技術的進化を遂げた現在、そうした好循環はすでに回り始めつつある。移動手段としてだけでなく、バッテリーという機能によって家庭や社会とも繋がる「日産リーフe+」の登場は、持続可能な社会の実現を目指す一つの象徴だといえるだろう。