事業戦略の推進にあたって建物の検討は重要だ。一度完成すれば、すぐに建て直すことは難しい。先を見すえた計画づくり、また建築会社選びが欠かせない。

市場環境の影響を受けにくいシステム建築

質の高いものを、短い時間で、経済的に──。どんな業界でも求められるこれらのニーズを建築の分野で満たしている手法の一つが“システム建築”と呼ばれるものだ。柱や梁、外壁などの部材を標準化し、設計や施工の工程もシステム化することで、高品質、短工期、低コストの建物を実現している。特に工場や倉庫、店舗をはじめ鉄骨造の建物で存在感を高めている状況だ。

建築部材の標準化や定型化については、これまでも長く取り組まれてきた歴史がある。東京工業大学の竹内徹教授は言う。

「鉄骨造の分野では、例えば明治時代の霧笛舎(灯台の横に建てられた霧笛を鳴らす建屋)などは鉄の構造材と定型ユニットの鋼板でできており、一定の標準化がなされています。また、第2次大戦後には『建築の工業化』が一つの方向性として追求されてきました。1970年に開催された大阪万博のパビリオン建築でも、さまざまな当時の最新技術が採用され、いわば工業化への実験が行われています」

そうした流れの中、現在、事業用の建物をつくりたいと考える建て主がシステム建築に注目している。背景には建築業界の人手不足もある。工場で部材を生産し、現場でそれを組み立てるシステム建築なら、熟練の職人に頼ることなく施工ができるため、市場環境の影響を受けにくいのだ。

竹内教授も「人材の問題は非常に深刻」と話す。

「例えば私は都内の再開発における大規模建築物の構造審査に携わることがありますが、そこでは今、設計や工法が途中で変更されるケースが少なくありません。職人が集まらず、当初予定していた方法では間に合わないのです。現場の人材が高齢化する中、女性活躍の推進やアシストロボットの開発など、国、業界を挙げて課題解決の取り組みが進められています」

一方、シンプルな施工によって現場の負担を軽減し、人手不足、技術者不足の問題に応えようというのがシステム建築というわけだ。

全産業の平均と比べて建設業就業者は、高齢化の進行の度合いが高い。
出典:国土交通省の「建設産業の現状と課題」より作成。

大スパンで自由度が高い空間をつくることができる

システム建築において主に採用される鉄骨造の優位性の一つは、大スパン、柱の少ない大きな空間をつくれることである。

「木材、コンクリート、鉄の中での鉄の特徴は自重に比べて強度が非常に高いこと。だから梁を長くして、大空間をつくることができるのです。その強度の高さから高層ビルや橋梁にも鉄骨が用いられます。ここで大事なのは接合部の設計です。鉄骨の柱や梁は工場で加工し、最後はトラックで現場に運ぶため、荷台に載せられる範囲の長さでつくることになる。よって現場で部材と部材をつなぐ接合の良しあしが建物の品質や安全性に大きく影響します」と竹内教授。そのほか、耐震性、耐火性、断熱性の向上などが鉄骨造の技術的ポイントだという。

自重に比して強度が高い鉄骨は自由度の高い大空間をつくるのに適している
竹内 徹 (たけうち・とおる)
東京工業大学
環境・社会理工学院 建築学系
教授

博士(工学)、技術士(建設)、一級建築士、構造設計一級建築士、建築構造士。1984年東京工業大学大学院 社会開発工学専攻修了。新日本製鉄建築事業部、英国Ove Arup &Partners Londonを経て、2003年に東京工業大学建築学専攻 助教授。07年より教授。

工場や物流施設、店舗などの事業用の建物において、オープンで安全性の高い空間へのニーズは、今後ますます高まっていくと考えられる。なぜなら今の時代、あらゆる製品のライフサイクルが短くなり、製造や保管の現場では市場の動向に合わせて柔軟に生産ラインや棚のレイアウトを変更していくことが求められるからだ。また、ロボットなど最新の技術を導入するにあたっても、それが可能な空間が必要だろう。柱のない自由度の高い空間を確保することは変化への機敏な対応を後押しする一方、逆に空間の制約は事業活動自体の制約にもなりかねないのだ。

建物を建てる側の品質、工期、コストへの要請がいっそう強まる中、竹内教授は「今後さらに、多様化への対応も大きなテーマになるだろう」と言う。

「ITの進化によって、さまざまなものがオンラインで発注できる時代にあって、建物についてもネット上で平面プランや仕上材料などを選択したり、また設計データを作り込んだりすることがより簡便にできるようになるでしょう。多様なニーズにリーズナブルに応える体制をつくることができれば、それは建築会社の競争力や差別化につながるはずです」

実際、システム建築の業界では幅広いニーズに応える商品開発が進められている。多層階のものなども含め選択肢は拡大しており、また建て主が建築費のシミュレーションなどを容易に行える仕組みもつくられるようになってきている。

建物は事業活動を支える基盤にほかならない。建築の手法や技術が着々と進化をする中、建て主となる企業は、あらためて信頼できるパートナーを見極める必要がありそうだ。