悪いことは悪いと言ってもらいたい

経営者になって、わかったことがある。社員は、いつも褒めてもらいたいわけではない、ということだ。悪いことは悪いと言ってもらいたいと思っている。こんな小さな会社だから、できれば社長に直接評価してもらいたいと思っている。よいものはよい、悪いものは悪いと、遠慮せずに伝えてやることで、社員は「自分を見てくれている」と納得する。社長と社員、上司と部下の関係は、もしかすると子育てに似ているかもしれない。注意ばかりでは子供は腐る。褒めるだけでも腐る。両方があって、はじめてまっすぐ育つ。

不思議なもので、「バネの味見」を1年ほど続けたころから、私は社員の私生活や心理状態を、バネを通じてつかめるようになっていた。1個のバネが、黄信号を灯す。「気づいてくれ」、と訴えかけてくる。品質検査の担当者に、「社員番号○○番(バネについた付箋の番号)は、嫌な予感がする。チェックを厳しめにしておいたほうがいい」と伝えることもある。

社員を見続けることで、見えてくるものがあると、私は身をもって知った。また、社員は見守られていることで、よりパフォーマンスが上がることもわかった。

「海外工場は作らない」ポリシーを破る

 当社は今年、生産拠点と営業拠点を兼ねて、メキシコに進出した。私は「海外工場は作らない」と言い続けてきた。安い人件費を求めて海外に工場を作れば、それ以上に売価を安くさせられるからだ。ところが、日本の自動車メーカーがメキシコ工場を作るという情報があり、「今なら出てもいいかもしれない」と思った。

いよいよ準備が本格化してきたとき、トランプ大統領が誕生し、米国とメキシコの国境沿いに壁を築き、不法移民の入国を制限すると言い出した。猛烈な逆風が吹き始めたが、メキシコに赴くと、なぜか現地の地価が上がっていた。日本では壁の建設でメキシコ景気は悪くなると言われていたが、現地には「米国の景気がよくなるならメキシコもよくなる」という楽観的な見通しが広がっていた。

さらに私の背中を押したニュースが飛び込んでくる。トヨタが、トランプ大統領に気兼ねしたのか、17年10月にメキシコ新工場の生産能力を当初予定から半減させると発表した。これで、競合他社はメキシコに行かない(いや、行けない)だろうと思った。私は、逆張りでいくと決断した。

日本市場がこれ以上成長しないという事情もあった。日本市場に頼るのではなく、ドルで稼げるものがほしい。ただ、メキシコに約束された仕事があるわけでない。営業もこれからだ。