1時間で相手の心をつかむには?

クライアントを前にしたプレゼンテーションは30分から1時間ほど。私たちのプランを選んでいただくには、その間に相手の心をつかみ、信頼を獲得しなければなりません。しかし、そのために何か特別なテクニックがあるのかと問われれば、「ない」と答えるしかありません。なぜなら、私たちにとっては当日の1時間だけではなく、1カ月から半年にわたる準備期間のすべてがプレゼン作業だといえるからです。

<strong>大島征夫●クリエイティブ・ディレクター</strong><br>「電通に大島あり」といわれた名物ディレクター。トヨタやJR東日本、KDDIなどを担当。長塚京三が登場するサントリー「オールド」の広告など記憶に残る作品が多い。現在はdof社長。
大島征夫●クリエイティブ・ディレクター
「電通に大島あり」といわれた名物ディレクター。トヨタやJR東日本、KDDIなどを担当。長塚京三が登場するサントリー「オールド」の広告など記憶に残る作品が多い。現在はdof社長。

しかも、その間の仕事はすべてチームによる共同作業です。プロジェクトごとにさまざまな領域の人たちを集め、アイデアを出し合い、それを具体的な形に仕上げていきます。最終的に広告表現を含むキャンペーン全体の提案をつくり上げるまでには、消費者や競合他社の動向といった市場調査から始まり、さまざまな工程を積み重ねなければなりません。それらすべてを与えられた時間の中で表現し、クライアントに理解・共感してもらう場が狭義のプレゼンテーションということになります。

そこでは積み上げてきた時間を「信じてもらえるかどうか」が問われます。伝え方を間違えれば、せっかくの準備が無駄になるのですから説明や表現の仕方は重要です。たとえばわかりやすく説明するために、パワーポイントを使うとか、ビデオを織り交ぜるといった工夫は必要でしょう。しかし、それだけでは本当に理解してもらうことはできません。

私がまず気をつけているのは「私を出さない」ということです。プレゼンの場で直接クライアントへ説明するのは私ですが、その提案を作成したのはプロジェクトチームです。私も還暦を過ぎていますから、たとえば十代の女の子の琴線に触れるような広告はつくれません。しかしスタッフの中にはそれができる人もいます。プレゼンでの私とは、そういった組織を代表する形の「私」であり、自分の価値観をふりかざすクリエーターとしての「私」ではありません。だから後者の意味での「私」を出してはならないと考えているのです。