素晴らしい成果を出していた組織が分断化し、全体を見渡せなくなる視野狭窄(きょうさく)に陥り、失敗してしまう……元文化人類学者という経歴をもつジャーナリストが、さまざまな組織の「失敗の本質」に切り込んだ『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』。その著者であるフィナンシャル・タイムズ米国版の編集長、ジリアン・テット氏が来日し、早稲田大学ビジネススクールで講演を行った。講演でテット氏がまず話し始めたのは、ソニーのウォークマンについてだ。20世紀の終わりに一世を風靡したウォークマンは、なぜ、21世紀になってその座を取って代わられてしまったのだろうか?

なぜソニーはインターネット時代のポータブルオーディオを支配できなかったのか

ジリアン・テット氏

私が10代のころにいちばんお気に入りだった製品は、ソニーのウォークマンでした。昔ウォークマンを持っていたことがある、という方は手を上げてみてください。(挙手多数)。では、どうしてみなさんは今日、ウォークマンを持ち歩いていらっしゃらないんでしょう。

1999年、日本がちょうどデジタル革命に差し掛かっていた当時、インターネット時代のポータブルオーディオを支配するのはソニーだと、誰もが考えていました。素晴らしい技術者がいて、素晴らしいハードを作る力があり、音楽レーベル、つまりコンテンツも持っていた。ブランド力もありました。世界のどの企業もかなわない強みを、ソニーは持っていたわけです。

ソニーは実際、1999年の後半に新しいデジタル版ウォークマンを発表しました。問題は、社内のそれぞれ異なる部門が、2つの新製品を同時に作ってしまったことです。さらにその後、3つめの製品も登場しました。その結果、自社の製品同士で「共食い」が起き、結果としてどの製品もあまり売れませんでした。

1999~2000年、ソニーの異なる部署から「MDウォークマン」「メモリースティックウォークマン」「CDウォークマン」「ネットワークウォークマン」など複数のウォークマンが発売された。

ソニーは「サイロ・エフェクト」にむしばまれていた


2015年、自動車部品大手タカタ製のSRSエアバッグでインフレーターが異常燃焼するという事故が相次いで起こった。ホンダ車を中心に多くリコール対象になっているが、回収・修理は済んでおらず、2016年4月7日にはアメリカで10件目の死亡事故が起きた。

あとから振り返れば、非常に馬鹿げた話だと思われるかもしれません。でも当時、ソニーがそのように行動したことには理由があります。ソニーという企業は、「サイロ・エフェクト」に蝕まれ、分断化していたのです。

サイロとは、アメリカの西部で穀物を貯蔵するために使われる塔のことです。細く、高く、そして互いに離れて立っています。20世紀の半ばぐらいに、アメリカの経営学者や経営コンサルタントが、この言葉を別の意味で使い始めました。大企業や政府の官僚組織で、各部門が分断化され、互いにコミュニケーションを欠いた状況を、サイロという言葉で表現し始めたのです。ある種の部族主義と、全体を見渡せなくなる視野狭窄の組み合わせが、サイロ・エフェクトだといえます。

国や分野を問わず、同じようなことは世界中で起き続けています。スイスの大手銀行UBSは、3000人ものリスクマネジャーを雇っていたのに、アメリカの住宅ローンとリンクした債券やデリバティブのリスクを見逃してしまった。金融当局も、マクロ経済を見ているチームと金融市場を見ているチームが連携を取れず、金融危機の到来を予測できませんでした。

最近ではタカタのエアバッグ問題や、東芝の会計問題もそうですね。サイロ・エフェクトによって全体的な視野が失われる結果、リスクもチャンスも見えなくなり、組織に問題が生じてくるのです。