長時間労働の理由は日米で大差あり

【海老原】自由過ぎて市場に任せ過ぎると、人がいつかない。だから、歯止めをかけるための“ダム”をつくったという話ですね。

海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)
海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)

【江夏】アメリカ人の労働時間は、ヨーロッパ人とは対照的に、日本人と同等以上に長いんです。先ほど紹介した『タイムバインド』にもありましたが、失業リスクを最小化するため、自分の働きぶりを見せる必要があるので。そのため、共働きのアメリカ人はストレスも多く、ワークライフバランスの確保に苦労しています。保育園も公費ではなく、自費で負担しなければなりませんから。これからの働き方や生き方を日本人が考えるとき、アメリカが優れたモデルになるとは、なかなかに言い難いものがあります。

【海老原】市場全盛のアメリカでは、市場の社内侵犯を食い止めるためにダムをつくった。一方日本は、社内に人を囲む仕組みを先に作り、その結果、市場の育成を止めた。囲い込みは似ているけれど、背景はかなり異なりますね。ただ、いずれにしても、日本型の「囲い込みシステム」は、そろそろ、賞味期限切れではないでしょうか。

【江夏】程よい働き方が難しくなっているのは日米共通ですが、それには違う背景があります。解雇や転職など、アメリカは市場性が高く、労働者はジョブや査定のより明確な基準を参照しつつ、企業内外で評価されるために多く働く。日本は市場性が低いが、その背景にはジョブや査定のより曖昧な基準があり、それでも一定以上の評価を企業内で得るために労働者が多く働く。アメリカはこの40年ほどの変化の末の現在地ですが、日本はこの40年ほど、概ねその傾向を保ってきました。労働力を構成する人々の属性や意識がだいぶ変わってきたのに。

構成=荻野進介、海老原嗣生

海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト

1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。

江夏 幾多郎(えなつ・いくたろう)
神戸大学経済経営研究所准教授

2003年、一橋大学商学部卒業。2009年に博士(商学)を一橋大学より授与。名古屋大学大学院経済学研究科講師などを経て、2019年9月より現職。専門は人的資源管理論、雇用システム論。現在の研究関心は「公正な処遇」を可能にする制度設計と現場の運用、人事管理における実務界と研究界の関心の相違、人事管理の実務の改善に資する研究者の臨床的関与のあり方など。主著に『人事評価における「曖昧」と「納得」』(NHK出版)『人事管理』(有斐閣、共著)、『コロナショックと就労』(ミネルヴァ書房、共著)。