がん保険は必要なのか。ファイナンシャルプランナーの高山一恵さんは「高額療養費制度を利用すればそれほど高額な医療費はかからないので、貯蓄があれば民間の医療保険に加入しなくても良いケースが多いのは事実。一方で、実際にがんになった人からは『入っていて良かった』と聞くこともある。“自分にとって”必要なのかを軸に考えてみるといい」という――。

※この連載「高山一恵のお金の細道」では、高山さんの元に寄せられた相談内容を基に、お金との付き合い方をレクチャーしていきます。相談者のプライバシーに考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。

何かを考える女性
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38歳で乳がんになった子育て中の女性

就職、結婚、出産、マイホーム購入などを機に「自分のお金を見直したい」というケースが、お客さまの相談のきっかけの大半を占めます。そして「病気」もまた、お金を考える大きな理由のひとつです。特に女性の依頼が8割を占める私の場合、婦人科系がんや乳がんになった方からのご相談は毎年数件あり、現役世代の方も少なくありません。

瀬長良子さん(仮名)は、38歳のときに乳がんになったことを機に、私のもとに相談にいらっしゃったおひとりでした。当時、未就学児のお子さんが2人いて、夫は会社員。瀬長さんはパートに出ていましたが、乳がんの診断によって仕事をお休みし、抗がん剤治療を行っていました。

脱毛といった見た目の変化や吐き気など、抗がん剤治療の厳しさは聞いていたものの、彼女が当時もっとも苦しんでいたのは、「皮膚」。薬の影響で手の皮膚がベロンと剥けてしまい、痛みで日常生活が困難になっていたのです。そのため、私のオフィスに来てくださったときも手袋を着用していて、コップを持つのも難しいような状況でした。

がん保険の「一時金」が意外と役立った

そこでまず問題になったのが、家事・育児です。一家の生活費の大半を稼いでいるのは会社員の夫のため、彼が仕事を休むわけにはいきません。この時点で、瀬長さんの月のパート代約5万円も失っている状況でしたが、生活はまったなし。背に腹は代えられないと、家事代行とベビーシッターをお願いしたところ、それだけで月10万円が消えていったと言います。

しかし幸いにも、瀬長さんは結婚を機にがん保険に加入していました。そんな彼女が最も助かったと話していたのが、「がん診断給付金(一時金)」です。一時金とは、がんと診断された際、保険会社から一括で支給されるお金のこと。支給金額は50万円、100万円など契約内容などによって異なりますが、一時金最大のメリットは、使い道が自由なことです。

がんに限らず、病気やケガといった場合、入院で使う寝間着といった細々とした日用品、交通費など、思わぬ出費がかさむもの。瀬長さんの家事代行・ベビーシッター代もまさにこの部類にあてはまるものです。他の相談者の方では、がんを機に健康に気をつけるようになったことから、サプリメント代にあてた、という方もいました。

抗がん剤治療前に卵子凍結をした人も

また、女性患者の方からよく聞く出費としては、個室代です。特に抗がん剤といった強い薬を使用する場合、副作用による見た目の変化に加え、配膳時のご飯の匂いでも吐き気が起きてしまう方もいるそうで、「個室でないと治療を乗り切れなかった」という声もお聞きしたことがあります。個室の場合、1日数万円といったお金がかかるので、一時金によって選択の幅が広がることは間違いないでしょう。

さらに、AYA世代(15~39歳以下)のがん患者の方で、将来の妊娠に備えて抗がん剤治療前に卵子凍結をされたお客さまもいました。現在では、がん患者の妊孕性温存(将来子どもを作るための可能性を残すための処置)に対して国の助成がはじまっていますが、当時はまだ制度開始前だったことから、一時金によってその費用を捻出したそうです。

保険適用外の先進医療を選べなかった20代女性

一方、子宮頸がんの診断を受けた20代の佐藤恵美さん(仮名)は、がん保険だけでなく、医療保険にも入っていませんでした。治療は健康保険が適用される範囲内にとどめ、高額療養費制度を使うことで最低限に抑えたそうですが、入院時の食事代やパジャマなどのレンタル代、抗がん剤の副作用で脱毛したのでウィッグを作ったり、手術後の肌に負担のかからない下着を購入したりと、“治療以外”のお金もかなりのものになったと言います。民間の保険に何も入っていなかったことからそれらすべてが佐藤さんの全額自己負担となり、貯蓄も少ない佐藤さんにはかなり重い負担でした。

病院の2つの空のベッド
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治療も、副作用の少ない先進医療が選択肢としてはあったそうですが、保険適用外のため、1回あたり数十万、それが複数回にわたることから、「とても選ぶことができなかった」と話していました。もし医療保険だけでも加入していれば、契約内容にもよりますが、入院給付金やがん診断一時金、手術をした際の給付金などがもらえた可能性があります。

その後、佐藤さんは仕事に復帰できたものの、通院治療があったことから病気前と同じ部署で働くことは難しく、事務系の部署へ異動。それによって年収が100万円も下がったということで、「若いから大丈夫と過信していたけど、保険に入っておけば良かったです」と話していました。

高額療養費制度はあるけれど…

日本は、公的保障が手厚いですし、高額療養費制度を利用すれば、それほど高額な医療費はかからないので、貯蓄があれば、民間の医療保険に加入しなくても良いケースが多いのも事実です。がんの治療も健康保険が適用される治療を受ける限りは、それほど、高額になることはありません。

ただし、一般的にがんになると、手術や入院の日数は短くても、その後の通院や治療には数カ月から数年かかることもあります。その間、がんになる前と同じように働けないとなると、貯蓄がたくさんあっても心許ないでしょう。また、佐藤さんのケースのように自由診療や先進医療の中にもがんに効果があるとされる治療がありますが、費用は全額自己負担になってしまうので、相応にお金がかかります。がんになった際に、治療の選択肢の幅を広げたいならば、がん保険に加入することも検討しておきたいところです。

医療費
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加入済みで放置している人は契約内容を要確認

がん保険や医療保険を考える際、抑えておきたい点があります。最初に、医療技術の進歩などにより、現在は入院日数が短縮傾向にあること。現在、入院した人の約6割が10日以内に退院しているというデータもあります(※)。そして、ライフスタイルの変化などもあり、通院し、働きながら病気と向き合うケースが多くなってきている点です。

※参考:東京海上日動あんしん生命「医療保険の通院保障は必要?保障の概要から必要な理由を詳しく解説

こういった変化に伴い、保険も大きく変わってきています。そのため、がん保険や医療保険に既に加入済みの方で、長年放置している方は、ぜひ契約内容の確認をお願いします。私のお客さまで、親が数十年前に入れてくれた医療保険を契約し続けている方がいたのですが、あまりに昔の保険だったため、入院給付金がもらえるのは「入院5日目から」というケースがありました。今の医療事情やライフスタイルにあった保険でないと、加入していてもいざという時、役に立たない可能性も。ぜひこれを機に見直してみましょう。

今のトレンドは「カスタム型」

がん保険は今、選択肢が非常に豊富で、さまざまな商品がラインナップされています。現代の保険のトレンドはずばり、「カスタム型」。がん保険の場合、ホルモン治療特約や、外見の変化に備えたウィッグ購入への給付など、きめ細かなニーズに対応しています。私のお客さまでも、保険適用の標準治療の場合は高額療養費制度と貯金で対応し、自由診療についてだけがん保険に入ることで、保険料を2000~3000円に抑えているという方や、仕事を続けられる環境を確保するため、通院保障だけは手厚くした、という方もいます。

一昔前に比べ、がんになりやすい中年期以降の保険料が割安に設定されている商品も多いので、希望する治療やライフスタイルに合わせてピンポイントで保険に入ることで、負担が軽くすむ可能性が高いでしょう。

木製ブロック
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「保険はお金のムダ」は人の価値観によって違う

先ほど、がん患者などに対する妊孕性温存の助成金についてお伝えしましたが、これまで全額自費負担だった乳房再建費用も、現在は保険適用になりました。徐々に、自己負担が少なくなる方向に進んでいることは確かです。

そういった事情を鑑みても、社会保障制度の最新情報をつかみ、自らのライフスタイル・経済状況に照らし合わせて最適な保障内容をカスタムすることが、がん保険や医療保険の「アリ」な選択ではないでしょうか。どんな治療が必要になるかイメージがつかない方は、使途が自由な一時金を手厚くしておく、というシンプルなプランを選ぶのも◯だと思います。

日本では公的保証も充実しているし、貯蓄があるなら「保険はお金のムダ」という見解が多いですが、実際に相談にのっていると、保険に入ることで不安が軽減する”お守り”的役目を果たしていたり、病気になった方たちからは、保険に入っていて本当によかったという声は少なくありません。

もちろん、保険に対する考え方は人それぞれですが、病気になると体のみならず、精神的にも弱くなりがち。自分にとって保険が必要だと思えば、加入を検討しましょう。今は少ない負担でも良質な保障が受けられる商品がたくさんラインナップされています。誰がいつなるかわからない病気に賢く備えるためにも、これを機に、“自分にとっての保険とは”について考えてみましょう。