※この連載「高山一恵のお金の細道」では、高山さんの元に寄せられた相談内容を基に、お金との付き合い方をレクチャーしていきます。相談者のプライバシーに考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。
毎月12万円の年金収入で暮らす73歳
ファイナンシャルプランナーという職業柄、「老後不安」という言葉をよく聞きます。ただ、思うように貯金ができていなかったとしても、現役世代の方の場合、「時間」があります。それはつまり、不安を解消するための「リカバリー」がきく、ということでもあります。
そこで今回は、現在進行系で「老後」の時間を過ごしているお二人のケースから、老後資金について考えていきたいと思います。
42年間会社員として勤め上げ、65歳で定年退職した上野雅美さん(仮名/73歳)。現在は40代前半の時に購入したマンションで“おひとり様”の老後を送っています。収入は年金のみで、厚生年金と国民年金を合わせて毎月12万円。ローンの返済は終わっており、住居費用としては毎月3万の修繕積立金がかかっています。
定年から8年が経ち、上野さんの貯金の残りは400万円。かつては貯蓄型の保険に加入していたそうですが、両親の病気でお金が必要になったことから早くに解約をしてしまったこともあり、今の金額になっているとのことでした。
今は健康だからいいけれど、不安しかない
ローンが終わっていたことは幸いでしたが、それでも修繕積立金を引いた残り9万円でやりくりしなくてはならず、まったく余裕はありません。かといって、ずっと会社員として働き詰めだったこともあり、シルバー人材センターなどでも働く気はないと言います。
そこで上野さんは、さまざまな節約を実践。読書はもっぱら図書館を利用し、無料で受けられる公共のシニア講座でも知的欲求を満たします。また、区の補助を利用してスポーツクラブに通い、健康にも配慮。趣味の手芸で作った作品はフリマサイトに出品し、そこで得たささやかな売上をお小遣いにしているとのこと。「今はまだ健康だからなんとかなっているけど、残り400万円の貯金でどうにかなるのか。不安しかない」とこぼします。
年金収入だけでは足りず清掃員や事務仕事を掛け持ち
そしてもうお一人は、80歳を目前に控える坂戸敏夫さん(仮名/78歳)。会社員経験はなく、長らくフリーランスのカメラマンとして仕事をしてきた坂戸さんは、主にファッションや広告業界で活躍。最盛期には月収100万円も珍しくなかったそうで、最低でも毎月50万円は売上があったとのこと。バブル時代の華やかな業界で活躍していただけに、当時は付き合いも多く、散財を繰り返していたそうです。
しかし、出版・広告業界の低迷や若手の台頭、自身の加齢などもあり、徐々に仕事は先細り。今でも仕事があれば引き受けるそうですが、カメラマンとしてはここ数年、廃業状態になっています。そして、「後先をまったく考えていなかった」とご本人が語るだけあって、貯金や資産運用もほぼ皆無。国民年金が未納になっている月もあったため、年金支給額は月5万5000円になっていました。かなり厳しい状況ですが、親から譲り受けた一軒家があったため、住む場所を確保できていたことは、唯一の救いでしょう。
坂戸さんはかつて結婚していましたが、その浪費癖から妻に離婚を言い渡され、現在では子どもとの親交もほとんどなく、援助は頼めないと言います。とはいえ、5万5000円では生活が立ち行かないので、清掃員と公民館の事務仕事を掛け持ちし、毎月9万円の収入を得ています。
しかし、これらの仕事も80歳になると働けなくなってしまうこと、そもそも自分の体力的にも限界が近づいていることから、「2年後の生活がまったく見えない」と話します。
自営業者は意識的に老後資金を貯蓄する必要がある
苦言を呈するようですが、さすがにこの年齢までノープランできた方は珍しく、正直、坂戸さんのお話はかなり驚きました。私のお客さまの中にも、お金にまつわること全般が苦手なフリーランスの方は少なくありません。そういった場合、せめて国民年金基金や、所得控除になる小規模企業共済に入っておくことをおすすめするのですが、坂戸さんには、お会いするのが遅すぎました……。
そもそも、国民年金のみの自営業者の方は、厚生年金が上乗せされる会社員に比べ、年金額が大幅に少なくなります。どれほど差があるかというと、平均月額が国民年金で5万8191円、厚生年金で15万1198円となっており、約2.6倍も年金額に差があるのです(令和6年4月の速報値より)。
年金額からも、フリーランスといった自営業者の方はかなり意識的に老後資金を貯蓄する必要があるため、私は必ずiDeCoをおすすめしています。iDeCoは60歳以上にならないと引き出せませんから、浪費癖がある方でもある程度、強制的に貯蓄できるのもポイントです。
年金の繰り下げ受給を検討してもいい
一方、会社員の上野さんも、備えが不十分だったと言わざるを得ません。彼女の平均年収は500万円だったそうですから、勤続年数と掛け合わせて考えると、退職時の時点で2000万円ほど貯金があると望ましかったのかなと感じます。ちなみに、退職金も支給されたようですが、それは、住宅ローンの返済に全て使ってしまったそうです。
そこで、老年期に差し掛かってからとれる老後資金対策について考えてみたいと思います。
まず、貯蓄がそれなりにある方や、65歳以降も働き続ける場合には、年金の繰り下げ受給を検討したいところです。繰り下げ受給を選択した場合、1カ月繰り下げるごとに0.7%増額されるため、たとえば70歳まで繰り下げすると、42%の増額となります。上野さんのケースでは年金額が12万円から17万円ほどになる計算なので、かなり大きいですよね。また、増額となった金額を一生涯受け取れることも、大きなポイントでしょう。2022年4月からは最大75歳まで繰り下げ可能となり、84%も増額できることになりますから、受給タイミングをシミュレーションしてみるといいと思います。
また、会社員の方の場合、なるべく長い期間、厚生年金に加入しておくことで年金が上積みされる可能性が高いので、繰り下げ受給と併せて検討してみてください。
50代からの「ねんきん定期便」は「リアル金額」に近い
年金の話でいうと、50代以上の方は特に、「ねんきん定期便」をしっかりチェックしていただきたいと思います。というのも、50歳から記載される「年金見込額」は、40代まで記載されていた「加入実績に応じた額」に比べ、実際に受け取れる“リアル年金額”に近いものなんです。
ぼんやりとした「老後不安」を数字として明確に把握することで、対策を打つことができます。この「年金見込額」をもとに、本当は老後資金にいくら必要なのか、引退後の生活スタイルと合わせて考えてみましょう。また、上野さん、坂戸さんは持ち家がありましたが、支出の大部分を占める老後の「住居費」がどれくらいになるのか、「住まい方」とともにシミュレーションしておくことも重要でしょう。
今50歳の方が65歳まで働くと考えれば、あと15年。70歳までなら20年の時間があります。早めに気づけば気づくほど、対策として打つ手も多くなりますし、貯められる金額が増える可能性が高いです。
一方、「時間」という最大のメリットが活かしにくい年代になってしまった上野さん、坂戸さんの場合、今後資金が厳しくなった際には、公的機関による支援をご紹介することになりそうです。ただ、幸いにしてお二人とも健康なので、働けるタイミングで働きつつ、私も節約術などでバックアップしていきたいと思っています。お二人のケースを他山の石として、シニアライフの教訓にしていきましょう。