60歳の定年で勤め先を辞めるか居残るか。中高年のセカンドキャリア塾を主宰する大桃綾子さんは「年金の『繰り上げ受給』と『繰り下げ受給』の仕組みを熟知するのが先決。そのうえで一日でも長く働き続けることをおすすめする」という――。
年金手帳と疑問符が書かれた木造ブロック
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

働きながら“繰り下げ”て年金を大幅アップ

私たちの主宰するセカンドキャリア塾の塾生約8割が、定年後も同じ会社に勤め続けます。その理由は、ズバリ「年金を増やせる」ことがメリットの主眼です。

そもそも会社員の公的年金は、国民年金(基礎年金)と厚生年金(報酬比例部分)の二段がまえ。年金額は、保険料の納付期間と現役時代の収入をもとに計算されるため、人それぞれで異なりますが、保険料納付期間が長く、収入が多いほど、受給金額は大きくなります。

国民年金は原則20歳から60歳まで最大40年間しか加入できないのに対し、厚生年金は70歳まで加入できますから、70歳まで会社に勤め続ければ報酬比例部分が増えて、将来の年金額を増やせます。「年金強者」デビューです。

また公的年金の受給開始年齢は、原則65歳ですが、「いつから年金を受け取り始めるか」は60歳から75歳までの間で自由に選べます。65歳より前に受けとることを「繰り上げ受給」、66歳以降に受けとることを「繰り下げ受給」といいますが、繰り上げ受給は年金が早くもらえる分、1カ月あたり0.4%(1962年4月1日以前生まれは0.5%)、1年間で4.8%も減額されます。60歳まで繰り上げると24%も年金額が減額されます。しかも、この減額率は生涯続きますので、ちょっともったいないかなという気がします。

一方、66歳以降に繰り下げてもらい始めると、1カ月あたり0.7%の増額に。1年繰り下げれば、8.4%も受取額を増やせます。75歳まで繰り下げると、増額率はなんと184%になります。

「ゆとりある老後生活費」の平均額とは

ただし厚生年金には、給料と老齢厚生年金の合計額が50万円を超えると、超えた金額に応じて年金が減額される「在職老齢年金」という制度があるので要注意です。

しかし私は、この50万円の壁を気にせず、どんどん働いたほうがいいという考えです。というのも、長く働いて将来の年金額を増やせば、減った分の年金は吸収できるからです。

定年後も会社に勤めながら「繰り下げ受給」にすると、将来の年金を大幅に増やすことができる。これは会社に勤め続けることの大きなメリットに他なりません。

とはいえ、定年後に必要なお金は、人それぞれ。生命保険文化センターの2022(令和4)年度「生活保障に関する調査」によると、「ゆとりある老後生活費」は平均37万9000円ですが、自分が定年後に「どれぐらいのお金が必要か」を知っている人は多くないようです。

実際、当塾にも、59歳の定年間際になって「これからどうしよう」と、仕事もお金もすべてに不安を抱えて駆け込んでこられる方がいます。

老後のお金の支出入を明るみに照らす

「定年後のお金は、お化け屋敷」という言い回しがあります。

これは、一寸先が闇。いったいこの先、どうなるか見当がつかずに恐ろしい、という意味です。仕事がなくなっても日々の生活は続いていく。自分自身が病気になるかもしれないし、親の介護が必要になるかもしれない。不確実性の高いことが多く、すべてがお化けのように思えてしまうのです。

でも、ひとたび支出入を明るみに照らせば、「こういうふうにやればいいんだ」と対処方法が見えてきます。退職金はこれぐらいで、年金はこれぐらいで、自分はだいたい何歳くらいまで生きるとしたら、生活費はこれぐらい必要……。一つひとつ考えていけば、必ず解は見つかるはずです。

その解を見つけるには、どうしたらいいか。

私は、まず一冊、定年後のお金に関する本を読むことをおすすめします。本を読むのが苦手な人は、ファイナンシャル・プランナーの方に相談してはいかがでしょうか。お金のプロのアドバイスを受けると、預金額や年金額などがすべて“見える化”されて、定年後の収入の減り具合と残り具合がわかります。

また会社員時代は、会社が半分出してくれていた健康保険料も、定年後は国民健康保険になり、「全額自分で支払うんだな」といった細かいことを知ることもできます。日本FP協会なら、全国8カ所で対面での無料体験相談を受けられます。1回受けると、本を一冊読むぐらいのことは教えてもらえますので、ぜひ受けてみて、そのあとどうするか決めていくのがいいでしょう。ファイナンシャル・プランナーに相談したことで、「もっと働かなきゃいけないなと思った」という塾生の方もいます。まさに自分の定年後の状況を知ったからこそ、会社を辞めなかった人です。

高齢者夫婦とビジネスマン
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです

老後資金を見直す人生の3つの節目

ですからまずは、「自分は定年後にどれぐらいの金額が必要か」。それを、定年前に立ち止まって考えてみましょう。そのきっかけになるのが、「役職定年」「早期退職」「子どもの独立」の3つの節目です。

まず役職を外れるときは、給料が下がるタイミングです。そのときに「まあいいか」と見過ごさず、その給料で生活できるのか、もっと必要なのかを考えてみましょう。また早期退職の募集が社内であったときは、やはり会社から社員に対して「うちの会社もいろいろ苦しいです。方向を変えています」というメッセージなので、自分のキャリアを考えるちょうど良いタイミングでしょう。さらに子どもの手が離れたら、教育費という支出が減るので、前ほどの収入は必要なくなります。必要な家の広さや暮らし方も変わりますので、地方移住や住み替えも含め、思い切った選択肢も取れるようになるでしょう。

こうした自分なりの節目に、年金額を調べるなり、定年後の職について会社に聞いてみるなりする。これが初めの一歩です。

定年後は「自分起点」で働く

定年後に働き続けるメリットは「年金を増やせる」以外にも、「社会とつながれる」「健康を維持できる」といったことがあります。

やはり仕事がある、自分の力を発揮する場所があることは、社会とつながり、気持ちを充実させます。また体を動かすので、健康にもいい。そして、何といっても長年勤めた会社という慣れ親しんだ環境であれば、ストレスも少ないでしょう。逆にいえば、会社に残って働き続けることがストレスになるのなら、退職したほうがいい。ストレスがたまると、体を壊しますから。定年後の生活は、「ストレスフリー」を最重要視するべきです。

冒頭で触れたように実際、塾生の約8割の方が、定年後も会社に残るという選択をされます。

最初は皆さん、「いつか定年がくるけれど、どうしたらいいかわからない」とおっしゃいますが、6回のワークショップを通して自分のキャリアを棚卸ししていくと、今の会社で働くことに対して捉え方が変わってきます。つまり、「いわれたことをこなしていればいい」という受け身ではなく、「自分はこういうことをしたい、だからここに残ろう」と、「自分起点」に変わるのです。

ワーキンググランドマザーの信念

たとえば、大企業に勤めている方のケース。彼はもともと技術者でしたが、営業や経営企画、調達など自分の希望とは違うところで働いてきて、「いよいよ定年後は技術者という立場で、現場の若者を指導したい」と情熱を持っていらっしゃいます。

また最近は、男女雇用機会均等法第一世代のキャリア女性が定年を迎えられ、本当にエネルギッシュだなと思います。ある大手出版社に勤めている60代のキャリア女性は、ずっと編集の仕事をされてきましたが、60歳の定年を機に編集から離れて「これからは社内の“ワーキンググランドマザー”として、子育て中の女性を支える実務をしていきたい」と。こういう方が社内にいれば、子どもを育てながら働く女性たちの大きな励みになるでしょうね。

屋外に立つ白髪のビジネスウーマン
写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです

こうした「やりたいことがある」という人だけでなく、「会社が好き」という方もけっこういます。たとえばビール会社の方だと「うちのビールは最高だな」なんて、その愛社精神は、うらやましくなるほど。だから、「あと5年で会社勤めが終わるのか」と寂しそうな人もいらっしゃいますね。やはり、30年働いてきた愛情がそこにはあるのだろうと納得します。

とはいえ定年後に、自分のやりたいことを必ずしも会社が受け入れてくれるとは限りません。これまでやってきたことの評価はもちろん、自分の意思を会社にしっかり伝えることも、定年後のポジション確立のためには非常に大事になってきます。

働く側が働き方を選ぶ時代

昭和期の会社といえば、「60歳でサヨウナラ」という設計でした。しかし今や、大企業でも50代の比率が高く、その人たち全員が辞めてしまったら、事業が立ちゆきません。だからといって全員に残ってもらうわけにもいきませんので、「みんな自分自身で選択してね」という時代に変わりつつあります。そのうえで、お互いにウィンウィンなら一緒に働こうという方向性に移行しています。

ビジネスマン
写真=iStock.com/Yuto photographer
※写真はイメージです

そんな中で、役職定年をなくしたり、定年を引き上げたり、もしくは定年制度自体をやめたりしている会社も出てきましたが、まだまだ踏み切れていない会社も多くあります。

ですから働く側も、それを見極めて選ぶこと。

そういう時代になってきていますので、会社に「こんなことを訊いたら申し訳ないかな?」と思う必要は全くありません。定年後はストレスのない環境で働くことがいちばんですから、会社に気をつかわず、自分の希望する働き方や、やりたいことを会社に伝えましょう。聞いてみなければ、わざわざ検討してくれないケースも多いのです。どうせ終わりが来るなら、可能性を探る道を選びましょう。

繰り返しますが、定年後は「自分起点」にして、自分らしい人生の働き方、暮らし方に変えていく。先述したワーキンググランドマザーの方のように、新しい働き方をすることが少子高齢化社会に定年を迎えるご自身の使命だと思って、ぜひチャレンジしながら一日でも長く働き続けることを期待します。