10年固定型の金利はさらに上がる可能性
2024年3月、日銀は大規模な金融緩和政策を転換し、マイナス金利解除を決定した。それ以降、市場金利は上昇基調にあり、住宅ローン金利の引き上げが相次いでいる。
例えば、メガバンク3行は、5月からの10年固定型の最優遇金利を揃って引き上げた。10年固定型の金利は、基本的に長期金利である10年物国債の利回りに連動する。日銀の利上げにより10年物国債が0.9%程度に上昇し、その影響を受けた格好だ。なお、足元では、10年物国債は11年ぶりに1.0%を超え、10年固定型がさらに引き上げられる可能性がある。
変動金利の「基準金利」を引き上げたのは一部
では、住宅ローン金利の約7割を占めるといわれる変動金利はどうか。当初、「マイナス金利解除くらいでは変動金利の引き上げはない」と想定されていたが、現実は違った。5月までに、楽天銀行、住信SBIネット銀行(以下、住信SBI)、イオン銀行の3行が金利を引き上げている。住信SBIとイオン銀行は変動金利の「基準金利」のみの変更で、優遇幅を拡大したことで新規借り入れ金利は据え置き。楽天銀行は基準金利の引き上げ幅を新規借り入れ分にも適用している。
この中での注目は、何といっても住信SBIネット銀行だろう。他の多くの銀行と同じように、基準金利を短期プライムレートに連動させており、短期プライムレート自体を引き上げているからだ。日銀はマイナス金利解除によって短期金利を0.1%引き上げたが、それと同率の0.1%引き上げている。
また、住信SBIは住宅ローン残高が6兆円を超えている。そのうち、変動金利は9割以上を占めるとみられ、0.1%といえども基準金利を引き上げると、すでに同行から借りているユーザーにとっては無視できない影響が及ぶ。変動金利の仕組み上、金利の見直しは年2回、4月1日と10月1日に行われる。10月までに短期プライムレートの引き下げがなければ、10月からの基準金利は0.1%上がり、2025年1月からの返済額に影響することになる。
ローン借り入れと投資の両立は非常にマズい発想
現状、住信SBIのように、短期プライムレートの引き上げに追随する銀行は出ていない。しかし、日銀の追加利上げの可能性が出ている以上、これまでと同じように超低金利が続くとは考えないほうがよいだろう。
最近、特にマズいと思われるのが、「住宅ローンを借りていながら投資をする」という考え方。ネット記事やSNSなどで散見されるが、これは、超低金利に慣れてしまった発想といえよう。住宅ローンの借り入れとNISAなどでの投資を両立しても許されるのは、条件を備えた一部の人に限られる。ほとんどの人は、住宅ローンの返済を最優先にすべきだ。以下、その理由を説明したい。
「ローン返済よりも有利な投資はない」がセオリー
まずは、ローン(貸付金)に対する基本的な考え方を述べておこう。これまで述べてきたように、金利は、日銀の政策金利や、金融市場における金融機関同士の取引によって決まる。そして、金融機関が企業や個人にお金を貸し出すときの金利とは、「リスク」と「期待リターン」から金融市場で決められた金利(市場金利)に、利益を上乗せしている(そうでなければ事業として成立しない)。
すると、住宅ローンの繰り上げ返済とは、「市場金利+金融機関の利益分の金利」を返済することになる。ここで、繰り上げ返済を1つの金融商品としてみれば、個人は市場金利よりも有利な金利で資産運用ができることになる。通常、このような金融商品はまず無い。つまり、「ローン返済よりも有利な投資はない」というのがセオリーなのだ(専門用語を使うと、「資本資産評価モデルで導かれる証券市場線よりも上に位置する金融商品は極めて少ない」となる)。
「変動金利の繰り上げ返済はお得ではない説」誕生の背景
ただし、セオリーにも例外がある。それが、従来の変動金利の在り方だ。その要因として挙げられるのが金利水準。よく言われることだが、現在の変動金利の最安レートである0.3%前後というのは、金融機関の利益分がほぼ無い“採算度外視”の水準とみられる。こうした異常な低金利の背景には、長らく続いたデフレなどによる貸出難からくる、銀行間の競争も関係しているだろう。
また、「住宅ローン減税」の存在も見逃せない。個人が住宅ローンを利用してマイホームを取得すると、年末時点の住宅ローン残高の0.7%が所得税や住民税から控除される。0.7%が控除されるということは、0.3%で借りていれば“おつり”がくることになる(全額が控除された場合)。
おもに上記の2つの要因から、変動金利で借りた人は繰り上げ返済をするのはお得ではない、という考え方が定着していったと考えられる。
「ローンがあっても投資したい」はNISAの弊害か
だが、「住宅ローンを借りた状態で投資をする」となると話はまったく別だ。住宅ローンとは、こちらも資産運用の視点から捉え直すと、「巨額な株式の信用取引に近い」といえる。一般的な家計にとっては、過大なリスクを取っていると考えざるを得ない。変動金利の異常な低さのおかげで、限度枠いっぱいまで借りている人が続出しているような昨今、そのリスクはさらに大きくなっているといえよう。
そんなリスク過多の状態で、さらに投資のリスクを背負うというのは明らかに無理がある。あたり前だが、投資には損失が発生するリスクがあるからだ。
何らかの事情で、収入の減少に見舞われたとする。さらに、投資していたインデックスファンドが下落すれば、毎月の返済に支障が出てくる可能性は高まる。コロナ禍で収入が減り、住宅ローン破綻が急増して社会問題になったのは、つい2~3年前の話だ。
「住宅ローンがあるにもかかわらず投資をしたい」という発想は、NISAの“弊害”といってもいいのではないか。NISAがお得な制度であることは言うまでもないが、そのお得さが強調され過ぎた結果、「使わないのはもったいない」「長期でやればほぼ確実に儲かる」という“刷り込み”が浸透してはいまいか。
そこには、「投資は余裕資金でやる」という大原則が忘れられている。住宅ローンを払っていて、一定の貯金もあり、なお余裕資金があるという家計はどれくらいあるというのだろう。
住宅ローンと投資の両立が許される人の条件
住宅ローンと投資を両立できる人は、一部に限られる。最も分かりやすいのは、すでに、「余裕資金が住宅ローンの残高よりも多い」という人だ。これなら、投資がうまくいかなくても、ローン破綻をすることはない。変動金利で借りておいて、手元に現金を残し、それで高配当株などに投資をして利益を得る、という人は実際にいる。
くれぐれも、これを極端なケースだと思わないでほしい。こういう、誰の目にも明らかなほど恵まれた環境にある人以外はやってはダメ、というほどリスクは高いのである。
繰り上げ返済資金を「個人向け国債」で貯めておく手も
日銀の利上げで、金利上昇期に入った可能性は極めて高い。これまで述べたように、住宅ローンだけでなく、ローンと名の付くものは早期の返済を目指すのがセオリーだ。しかし、変動金利で、まだ住宅ローン減税を受けられる期間が残っている人は、打つ手がある。
それは、「個人向け国債」の活用だ。繰り上げ返済用の資金を、たんに貯金に回して備えるだけでは、いかにももったいない。個人向け国債などで貯めておき、住宅ローン減税の期間終了時に、まとめて繰り上げ返済に充てるのがよいだろう。
特に、個人向け国債の「変動10」は、5月募集分の利率は0.57%(税引前)で、20%の税金を引かれても変動金利より高くなるケースが多いはず。しかも「変動10」は、市場金利の上昇に応じて利率が変わるので、今後、10年物国債の金利が上がれば、それに連動する可能性が高い。
解約はいつでもできるが、満期の10年が来る前に解約してしまうと、直近2回分の利息が無くなる点には注意が必要。それでも、元本割れはせず、当面、短期金利よりも長期金利の上昇幅のほうが上回ると想定されるので、預貯金よりはるかに有利だ。満期5年で利率が固定されている「固定5」の利率も0.45%(税引前/5月分)となっている。なお、売り切れが発生しやすい商品なので、そこも注意したい。
そして、もし減税期間が終わる前に、変動金利が0.7%以上に引き上げられる事態になれば、躊躇なく、返済優先に切り替えるべきだ。
なかなか投資を止められないという人は……
いったんNISAなどで投資を始めた人は、それをストップするというのは、なかなか気持ち的に踏ん切りがつかないかもしれない。そういう場合は、例えば、積立投資なら1000円だけでも続ける、といった所で折り合いを付けるのはどうだろうか。
日銀が金融引き締めに転じたといっても、矢継ぎ早に利上げをすることは想定しにくい。金利が上がってくると、どうしても不安が大きくなるが、やるべきことはいたってシンプルだ。ネットやSNSの雑音に惑わされず、落ち着いて対処してほしい。