退職金の額は年々少なくなっている
退職金は必ずもらえるというルールはありません。なぜならば、企業は法律上、退職金を支払う義務はないからです。
厚生労働省の「就労条件総合調査」(2018年)によれば、退職給付制度がある会社は80.5%で、残りの約2割の会社には退職給付制度がありません。定年直前になって、あわてないためにも、定年が近い50歳代になったら自分の会社の制度を確認してください。
退職給付制度には、退職金を一括でもらう「退職一時金」と、受け取り方が選択できる「企業年金」の2つがあります。前出の調査では、退職給付制度がある会社のうち、73.3%が退職一時金制度のみを採用しています。ただし最近は、退職給付制度の見直しを行う企業も増えています。
会社によっては一時金制度に加えて、企業型確定拠出年金(以下、企業型DC)などをあとから導入するなど、複数の制度を併用している場合もあります。大企業に勤めている場合は、2つか3つの制度があることが多いでしょう。
なお、退職金の金額は年々減少傾向にあります。大学卒の場合、1997年には平均で2871万円あった退職金が、25年後の2022年には1896万円と、約1000万円も減っています。高校卒の場合でも同様に、退職金が減っていることがわかります。
定年までに自分で退職金を増やす
一方、公務員は法律で退職金の支払いが規定されています。とはいえ、こちらも金額は不安定です。たとえば、国家公務員の場合、2015年度には2181万円あった退職金が、2018年度まで約4年かけて、2068万円に減少しています。その後、2020年度には2142万円まで持ち直しましたが、2021年度はまた減少に転じ2106万円となっています。今後も、民間同様に減少する可能性があります。
定年までに時間が残っているのであれば、退職一時金や企業年金の「額面」を増やす方法を考えましょう。
「退職一時金」「確定給付企業年金(DB)」の額面を増やす方法
「退職一時金」や「確定給付企業年金(DB)」の場合、各役職や職務での成果加算などのポイント制になっていることでしょう。
役職を上げられるかどうかは、自分の評価を上げるだけでなく、ポストが空いているかどうかの運の要素もあり、現実的には難しいかもしれません。
できることといえば、「各職務での成果加算」などが退職金規定に記載されているのであれば、定年までしっかりと人事評価を積み上げることは退職金を増やす方法につながります。
「企業型DC」の場合、会社からの掛金額がいくらかは、役職・職務によって異なります。掛金額を増やせるかどうかは、現実的には難しいかもしれません。
ただ、企業型DCは、自分自身で運用商品を選んで運用しますので、最終的にもらえる金額は自分次第です。
投資できる商品は、元本確保型商品「定期預金」または「保険」、元本変動商品「投資信託」です。商品ラインアップは、10〜20のところが一般的であり、投資信託が多くなっています。
企業型DCでは、運用益にかかる税金がゼロになりますので、お金を増やしたいなら、投資信託一択です。
お金を増やしていくには「複利効果」の活用が欠かせません。複利効果とは、利息や運用益が次の利息や運用益を生み出していく効果のことです。
この複利効果をより味方につけるには、「運用期間を長くすること」と「運用利回りを高くすること」です。
受取開始を遅らせて額面を増やす方法もある
企業型DCは、規約の定めるところにより、原則60歳〜75歳の間で受け取りを開始します。運用期間を長くするために、受取開始を遅らせることも一つの手となります。
運用利回りを高くすることについてですが、当然リスクとリターンはトレードオフ(比例)の関係です。どの投資信託を選ぶかは、自身のリスク許容度(損に耐えられる度合い)に合わせて選びましょう。
目標運用利回りが3%ならば、国内外の株と債券に投資する「4資産バランス型」、目標運用利回りが3〜5%ならば、国内・先進国・新興国の株と債券、国内外の不動産(リート)に投資する「8資産バランス型」、目標運用利回りが5%超ならば、全世界株や米国株インデックス型などが候補になるでしょう。
仮に50歳時点で企業型DCの資産が500万円、毎月の拠出金が3万円だったとしましょう。60歳までの10年間を、運用利回り3%で運用できると約1091万円、運用利回り5%で運用できると約1280万円、運用利回り7%で運用できると約1502万円になる計算です。
退職金の手取りは工夫次第で増やせる
退職金の額面は増やせなくても、退職金の手取りを増やす方法はあります。
退職金にも所得税や住民税といった税金がかかりますが、受け取り方を考えて、退職所得控除や公的年金等控除といった控除をうまく活用すると、退職金の手取りを多くすることができます。
●その1:退職日が1日違うだけで手取りが増えることがある
退職金を一時金として一括で受け取るときには「退職所得」という所得になります。退職所得は分離課税といって、他の所得とは区別して課税されます。退職所得に所定の税率をかけ、控除額を差し引くことで、所得税や住民税の金額を算出します。
なお、一時金の場合は社会保険料の負担がありません。
退職金を一時金で受け取るときに利用できる退職所得控除の金額は、勤続年数によって変わります。この勤続年数は「年未満の端数」を切り上げて計算します。
たとえば、22歳から60歳まで、38年間にわたって1つの会社に勤めてきた方の場合、退職所得控除は800万円+70万円×(38年−20年)=2060万円となります。
しかし、退職日を1日のばして「38年と1日」で退職すれば、勤続年数は「39年」とカウントされます。そのため、退職所得控除は800万円+70万円×(39年−20年)=2130万円となります。
勤続年数20年超の退職所得控除の金額は、退職日の1日の違いで70万円変わるのです。
仮に退職金が2130万円だった場合、退職所得控除が2130万円であれば、税金負担はゼロ。つまり手取りが2130万円となります。
退職所得控除が2060万円だった場合、退職所得は(2130万円-2060万円)×2分の1=35万円となります。課税所得35万円は所得税率が5%、住民税率は一律10%ですので、復興特別所得税を含めなければ、合計5万2500円の税金を納める必要があります。
20年以下で退職した人の場合も同様の考え方で、1日の違いで40万円変わる可能性があります。
退職所得控除の金額が退職金よりも多ければ、退職金に税金は一切かかりません。退職金に税金がかかりそうという人は、会社に退職日をずらせないか相談してみるといいでしょう。
退職金の受取時期を工夫して受取額を増やす
●その2:再雇用・再就職した際の給与の一部を退職金に回すと節税できる
再就職・再雇用したときに給与の一部を退職時の退職金に回して後払いしてもらう契約を結べば、税金や社会保険料を節約できます。
60歳から65歳までの5年間、月給30万円(年収360万円)で働いた場合と、月給25万円(年収300万円)で働き、毎月5万円を退職金に回した場合を比較すると、5年間の税金・社会保険料の合計は約56万円も少なくなる(その分手取りが増える)計算です。
退職金にかかる退職所得控除は、前回利用した時点から5年空けることで、前回利用時点以降の勤続年数に応じた退職所得控除が活用できます。つまり、この例では、60歳時点で活用した退職所得控除とは別に、再就職・再雇用の勤続年数に基づく退職所得控除が活用できます。ただし、勤続年数が5年以下の場合、「退職所得」が300万円超のときは「2分の1課税」が適用されないので注意しましょう。
なお、給与の一部を退職金に回すことで、納めるべき社会保険料が減るため、給与を退職金に回さない場合と比べて、将来もらえる老齢厚生年金が若干減ることには注意しましょう。
●その3:在職中に退職金を「前払いで受け取る」方法もある
会社と金銭消費貸借契約(将来返す前提でお金を借りる契約)を結ぶことで、会社が退職金を前払いしてくれる「退職金の前払い制度」がある会社もあります。前払いした退職金は将来、本来の退職金で相殺することで、退職金の一部が課税対象にならなくなります。
社員にとっては、生活に困ってもお金が借りられて助かるメリットがあります。また会社も、お金を貸して返してもらうだけなので税金が発生せず、節税につながるうえ、社員を助けられるという面でもメリットが得られます。
退職所得の合算ルールを知っておこう
●その4:65歳定年なら60歳で企業型DC、65歳で退職一時金受け取りが得
最後にややこしいですが、退職金の手取りを増やす大切な受け取りテクニックをお伝えします。
定年年齢が65歳の場合、60歳で企業型DCを一時金で受け取り、65歳で退職一時金(受け取った方が支払う税金が減りますので、その場合は、企業型DCの受け取りを遅らせない方が良いでしょう。
理由は、退職所得の合算対象となるルールが関係しています。
上記ルールに則れば、
・企業型DC受け取りから5年を空ければ、退職金一時金(またはDB)の退職所得控除が使える
ことになります。
支払う税金が約80万円変わることも
企業型DCは60歳から75歳の間で受け取らないといけませんので、定年時に退職一時金(またはDB)を先に受け取り、20年以上空けてから企業型DCの一時金を受け取ることはできません。また現行のルールでは、企業型DCを60歳より前に受け取ることもできません。
よって、定年年齢が65歳の時に、60歳で企業型DCを一時金で受け取り、65歳で退職一時金(またはDB)受け取るという一手が打てるのです。
具体的にどれくらい税金が異なるのかを確認してみましょう。
〈前提条件〉
● 60歳時点
企業型DC:600万円、加入期間:15年
● 65歳時点
退職一時金:2200万円、勤続年数:40年
企業型DC:800万円、加入期間:20年
65歳で退職一時金と企業型DCを受け取ると、
※勤続年数と加入期間を比較して長い方が採用
住民税:400万円×10%=40万円
税金合計は77万2500円、手取りは2922万7500円となります。
60歳で企業型DC、65歳で退職一時金を受け取ると、
企業型DCは、(企業型DC600万円-退職所得控除600万円)×2分の1=課税退職所得0円となり、税金はゼロ。
退職一時金も、(退職一時金2200万円-退職所得控除2200万円)×2分の1=課税退職所得0円となり、税金はゼロです。
つまり、この受け取り方だと、税金を一切支払わずに、退職金合計2800万円がそのまま手取りとして受け取れる計算です。
運用で増やすなら新NISAの活用も
前述は、企業型DCで60歳から65歳まで5年間運用し、600万円から800万円へ増える前提で計算しているので、65歳で同時に受け取った方が、税金を多く払ったとしても手取り合計は増えています。しかし、運用で増えるかどうかは不確実性がありますし、税負担が大きくなってしまう可能性がある点には注意です。
もっとも、運用を継続して増やすことを目的とするならば、企業型DCの運用に固執せず、新NISAの活用を考えたいところです。60歳で企業型DCを受け取った場合は、そのお金を新NISAに回していくことで、無駄な税金(上記例だと約80万円)を支払わずに企業型DCでの運用に近い金額まで増やせる期待があります。新NISAであれば、受け取り期限もなく、一生涯非課税で運用でき、受け取り時に課税もありません。
定年が65歳である方は、60歳で企業型DCの受け取り手続きをするのを忘れないでおきましょう。
以前「順番を間違えると数十万円の損『退職金とiDeCo』手取りを最大化する受け取り方はどれか」の記事で、退職金とiDeCoの受け取り方を解説しています。
iDeCoを企業型DCに置き換えてお読みいただいても差し支えないので、お時間があればご一読ください。
大金を手にすると無駄遣いしてしまうなら、年金受け取りもアリ!
DBや企業型DCは年金形式で受け取ることもできます。年金で受け取る場合は「雑所得」という所得になります。雑所得は、他の所得と合わせての総合課税。雑所得に所定の税率をかけ、控除額を差し引くことで、所得税や住民税の金額を算出します。
年金で受け取る場合は一時金受け取りと異なり、社会保険料の負担も発生します。再雇用・再就職せず、国民健康保険に加入する場合には、雑所得も含めた所得で保険料を計算することになります。なお、60歳以降も再雇用・再就職で働く場合は、勤務先の社会保険に加入しますので保険料が増えることはありません。
手取りが最も多くなる受け取り方は、一時金受け取りです。
理由は、分離課税であること、退職所得控除があること、2分の1課税があること、社会保険料の支払いがないことからです。
ただ、「一度に大金を手にすると無駄遣いしてしまいそう」ならば年金受け取りもアリです。一定額ずつ振り込まれるので、生活費に充てやすく、無駄遣いもしにくくなります。
世の中には、知っているか、知らないかで受け取るお金に差がついてしまうことが多々あります。今回の情報がお役に立てれば幸いです。