2024年は世界中でリーダーの選挙が予定されている。その中でも世界経済に大きな影響を及ぼすのがアメリカの大統領選。お笑い芸人の「パックン」ことパトリック・ハーランさんとエコノミストのエミン・ユルマズさんに、アメリカの大統領選はどうなるか、2024年にアメリカの景気減速はあるのか、語ってもらった――。
エコノミストのエミン・ユルマズさん(右)とお笑い芸人のパックンさん。
撮影=遠藤素子
エコノミストのエミン・ユルマズさん(右)とお笑い芸人のパックンさん。

台湾と中国の関係は現状維持、日本にとっては追い風

――2024年はアメリカの大統領選をはじめとして、ロシア、インド、南アフリカなど多くの国で選挙が予定されています。1月には台湾総統選も行われました。お二人はどんなイベントに注目していますか。

【エミン】たしかに選挙は注目ですね。その中でも世界に大きな影響を及ぼすのは台湾総統選とアメリカの大統領選でしょうね。台湾の総統選では対中強硬派が勝ちました。でも、過半数の議席をとれなかったので、中国にとってそれほど悪い結果ではないと思う。

日本への影響もすぐに何か表れることはないでしょう。ただ、米中対立は続くでしょうから、サプライチェーンへの影響などは続くでしょう。この流れは日本にとって追い風になりますよ。

【パックン】僕も同意見ですね。対中強硬派が勝ったといっても与党だから、中国との関係は現状維持でしょうね。しかも、3人の候補に票が割れた形なので、国民の民意が1人に固まっていたわけではない。中国も選挙の結果にそれほど反発するような状況ではないでしょうね。

【エミン】そうね。

【図表】台湾総統選の結果

米大統領選で「もしトラ」は想定しておいたほうがいい

【パックン】米中対立については、日本人や日本企業へ悪い影響が増すとは思っていない。半導体関連などで立場が難しいセクターもあるが、製造業などはチャイナ・プラスワン(※)が“プラスワン”のほうにウエイトをシフトすることで、中国の影響は抑えられると思う。それにいまは円安なので、日本はものすごく魅力的な投資先になっているでしょ。そう考えると、エミンさんがおっしゃるようにアメリカの大統領選が一番注目だと僕も思う。

※チャイナ・プラスワン 海外拠点を中国に集中させるリスクを回避するために、中国以外の国や地域に分散する経営戦略。

【エミン】ハーランさんはトランプさんが再選されると思う?

【パックン】その可能性も考えておいたほうがいいね。

【エミン】何が起きるかわからないからね。

【パックン】そう。バイデン大統領はもう81歳だし、健康面の心配もある。一方でトランプさんも高齢者だし、2021年1月6日に起きたアメリカ連邦議会乱入事件を巡るものを含めて4つの刑事裁判を抱えている。どれかで、有罪判決を受けるかもしれない。その場合、「今支持しているけど、有罪ならトランプには投票しない」という人も多いから、読みづらいね。

トランプ陣営は、裁判の手続きで異議申し立てを繰り返して、選挙の後に判決が出るように時間稼ぎをしています。

トランプさんが大統領選に勝ったとしても、その後に有罪になった場合はどうなるのか、大統領選に負けてトランプ陣営がそれに納得しなかった場合、再び連邦議会乱入事件ようなことが起こるか。

「もしトラ」の「もし」の部分にどんな展開の可能性が含まれているか。ものすごく複雑な計算になるから、単純に勝ち負けで考えるのは不十分な気がする。

大統領選の株価アノマリーは信じないほうがいい

――アメリカの大統領選の前年は株価が上がりやすいと言われ、2023年にNYダウは約14%上がりました。大統領選の年も上がることが多いと聞きますが、どうでしょうか。

【エミン】あまり関係ないと思う。というのは、過去40年間のデータをみると、大統領選挙の年のNYダウの上昇率は約4%。40年間の平均は約9%の上昇だからむしろ平均より低い。オバマさんが大統領に選ばれた2008年にはリーマンショックが起きたし、バイデンさんが選ばれた2020年は、コロナショックが起きました。大統領選の年と株価は関係ないと思う。

【パックン】いい傾向がみられたとしても、僕はそれで勝負しない。過去100年で考えても4年に1度だからサンプル数が25しかない。1000年でサンプル数が250でいい傾向なら信じてもいいかもしれないけどね。

エヌビディア、メタ…超大型株に隠れたバリュー株にチャンス

――今後、アメリカの景気が悪くなると心配する声もありますが、パックンさんはどう考えていますか。

【パックン】アメリカの金利は遠からず下がる見込みだから、それが追い風になるセクターもあるはずです。それに2023年はアップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾン、エヌビディア、メタ、テスラの超大型7銘柄、いわゆる「マグニフィセント・セブン」の株価がとんでもないリターンを見せました。ちょっと上がり過ぎだと思う。この7銘柄だけでS&P500の時価総額の3割以上を占めているからね。

ただ、その陰に隠れているバリュー株(割安株)はたくさんあるから、今後はそうした企業の業績が伸びると期待しています。2024年のアメリカの景気はあまり失速しないと思っています。

「アメリカの金利が下がれば、追い風になるセクターもあると思う」とパックンさん。
撮影=遠藤素子
「アメリカの金利が下がれば、追い風になるセクターもあると思う」とパックンさん。

GAFAの大規模な人員削減がアメリカの消費に影響を与える

【エミン】アメリカの景気については、ソフトランディング派とハードランディング派がいて、専門家の間でもコンセンサスが取れていません。ただ、いまのような状況で、過去にソフトランディングした例はない。たとえば、アメリカの景気先行指数は21カ月連続で悪化しています(2023年12月時点)。それでも雇用とサービスは強かったのですが、これも少し弱くなっています。

【図表】アメリカの景気先行指数(前年比)

アメリカの景気減速があるとすれば今年前半

【パックン】ハードランディング派はいままで「失業率を上げずにインフレ率を下げる」ことはできなかったから、今回もソフトランディングは難しいと言っている。

【エミン】そう。雇用統計は発表時点で強く見えるけど、実際には過去11回のうち10回は後で下方修正している。それに正規雇用が減って、パートが増えているから、明らかに減速はしていると思う。とくにGAFA(グーグル、アップル、メタ、アマゾン)は、めちゃくちゃ人を減らしている。株価は上がっているけど、それがどこで消費に影響してくるかが1つの懸念点。

仮に景気減速があるとすれば、2024年の前半だと思う。前半に何も起きなければ、そのままソフトランディングするシナリオもありうると思う。

もう1つは、逆イールド。歴史を振り返ると逆イールドが発生した後には必ず、景気後退が起こっています。今回の逆イールドはまだ解消していませんが、▲0.3%でだいぶマイナス幅が減っています。この逆イールドが解消したときが危険です。

「アメリカの長期債と短期債の逆イールドはチェックしておいたほうがいい」とエミンさん。
撮影=遠藤素子
「アメリカの長期債と短期債の逆イールドはチェックしておいたほうがいい」とエミンさん。

【パックン】逆イールドというのは、米国債の10年物の利回りが2年物の利回りを下回っている状態のことだよね。

【エミン】そう。長期の債券の利回りが高いのが普通だけど、いまは短期の債券の利回りのほうが高くなっている。10年物の利回りから2年物の利回りを差し引いた数値が一時は▲1.2%に達していたけど、それが最近は▲0.3%ぐらいまで戻っている。過去のケースを見ると、逆転が解消してから景気後退に突入しているんだよね。だから、その動きはチェックしておくべきだと思う。

【図表】米国債の長期(10年)と短期(2年)の利回りの差

【パックン】僕は、投資するときにタイミングを計って買ったり売ったりはしないから、あまり影響はないけど、もし、アメリカの景気後退が心配であれば、必需品メーカーのように不景気でも業績があまり影響を受けない企業の株式を購入しておけばいいと思う。

そうした企業は景気が良くてもあまり株価は上がらないけど、景気が悪くなったときも大きく下がるわけではないでしょ。エミンさんはプロだから、タイミングを見て売買しているよね。

【エミン】マーケットタイミングを計るのは、プロでも難しいですよ。次回記事では具体的な投資手法を考えていきましょう。