37年続いたチェーン店の消滅
ハンバーガー・ベーカリーのチェーンのベッカーズが、11月22日に最後の店舗である柏店を閉店する。JR東日本の系列の、駅ナカ(駅構内)と駅周辺を中心にかつて首都圏に約40店舗を構えたローカルチェーンで、毎日店内でバンズ・クロワッサンを焼成するこだわりのクオリティなどが特徴であった。
柏店閉店をもって37年にわたって続いたベッカーズブランドが消滅するということで、SNSのベッカーズ界隈ではこれを惜しむ声がやまない。ローカルチェーンのトピックなのでそれに対する反応は世間全体の波としてはそこまで大きくないのだが、ローカルな分だけ愛され方も狭く深くだし、37年の間、人々の生活と胃袋をサポートしてきた存在がこれからはもはや空白になるわけだから、ひとりひとりが感じているせつなさはそれなりに大きく、それがSNSでさざめきとなっている塩梅である。
筆者は生活圏内にベッカーズがなかったのでそこまで深い思い入れはないのだが、出先でたまにベッカーズを見つけると得した気分になったものだし、かつてウェンディーズやバーガーキングが国内から撤退した際には相当落ち込んだ重度のハンバーガーチェーン好きであって、ベッカーズ消滅の報には無視できないインパクトを感じていた。
本稿では、消えゆくベッカーズをしのびつつ、ハンバーガーチェーンを存続していくことの難しさについても紹介したい。
惜しむ声4つのパターン
SNSでベッカーズ消滅を残念がる人の声を、筆者が原始的に人力で数百件程度拾って区分けしたところ、大まかに以下のようなパターンが観測できた。
・「(最後の店舗である)柏店の行列がすごい」というレポート。ファンや、この機に初めて味わう利用客が並んで最後のベッカーズを楽しんだ模様。想定外の行列の長さに泣く泣く諦めたファンも多数。
・「○○駅の店舗がいつの間にかなくなっていた」「知らないうちに最後の1店舗となり、さらにそこも閉店するなんて」という、気がついた時点で為す術なくなっていた無力感で途方に暮れる人たち。
・「お世話になった」という人たち。通勤経路等の変化によって「最近は行っていなかったけど、昔はよく行っていた」という人はとりわけ懐旧の念が強まる印象。
・「おいしかったのに」と、クオリティの高いハンバーガーや、サイドメニューのプーティンへの愛が改めて表明される。
「ラスト・ベッカーズバーガー」という演出
なお、最後の期間に限定販売されているラスト・ベッカーズバーガーをセットで注文すると記念のクリアファイルがもらえるとのことで、せっかくの機会だからとこれを目当てに足を運んだ人も少なくなかったようである。
ちなみにこのラスト・ベッカーズバーガーは、1990年代に販売されていた主力の「ベッカーズバーガー」を現代の食材で可能な限り再現したもので、「ベッカーズが皆さまにお届けする最後のハンバーガーです」(JR東日本クロスステーション)といった呼びかけが行われていた。ブランドクローズのきわにこれは甚だ心揺さぶられる演出である。
筆者も少し足を伸ばして味わってきたが、大変おいしく、ゆえに改めてさみしく思われたのであった。
もっと支持されてもよかったはず
JR東日本クロスステーション フーズカンパニーは今回の事業撤退の理由について、「コロナの影響、材料費・人件費の高騰で厳しい経営状況が続いていた。少数店舗での存続は仕入れ及び人材運用の面でスケールメリットが発揮できず、好転の目処も立たなかったため」と、説明している。
ハンバーガーチェーンにおいてスケールメリットは極めて大きな効果を発揮する。同社による上述の自己分析にある通り、コストを抑えて営業の体制をより盤石にできるのはスケールメリットの働きである。
しかしそれと同様かそれ以上に凄まじいのが、スケールメリットによる認知度の向上、ひいてはブランド力の獲得である。外出先で何か食べようと思いつくがその日は冒険せずに知った味で済ませたいとき、マクドナルドは大概どこの駅にもあるから安心感ある受け皿としてやはり強い。結果、「いつでも選ばれるハンバーガーチェーン」としてマクドナルドはその立場をさらに盤石なものにしていく。これが大手のブランド力である。
ベッカーズはおいしかったし、「品質にこだわる」とみずからうたう割には値段が高くなく、むしろセットメニューならマクドナルドと大差ないくらいの値段だからもっと支持されてもよかったはずのクオリティを備えていた。異なる点はスケールメリットに裏打ちされたブランド力であり、その差が明暗を分けたということであろう。
少数店舗で大手と渡り合うドムドム
規模的にベッカーズに近いハンバーガーチェーンにドムドムハンバーガーがある。店舗数は経営母体の経営不振や営業譲渡によってグッと減り、現在全国に27店舗である。北は岩手県、南は福岡県と広く点在しているが、店舗数が多くないためかローカルチェーン的な受け止め方をしている消費者も多い。
日本初のハンバーガーチェーン店であり、2018年に新橋の居酒屋の元おかみさんである藤崎忍氏が社長に就任し、花やしき内に新店舗をオープンしたり、ハサミや足をそのまま残したカニのフライがバンズに挟まっている「丸ごと‼カニバーガー」でSNSで注目を浴びたりと、何かと話題に事欠かず堅調に営業している様子である。
少数店舗で大手ハンバーガーチェーンと渡り合っていくためのビジネスモデル、その正解の1つの形を、少なくとも今のところドムドムハンバーガーは示しているように思われる。ドムドムハンバーガーは動きが何かと派手であり、その面白さが認知とブランド力につながっている向きがある。そしてその面白さはスケールメリットに依存しない。
超正統派が生き残ることが難しい時代
ベッカーズがブランドクローズに至った理由を、まさか「ドムドムのように動けていれば」などと乱暴な“たられば”で説明するつもりは毛頭ない。経営母体の状況や、ブランド力以外の営業努力等々、本当に種々の要因が重なっての結果であって、ベッカーズはベッカーズの、ドムドムはドムドムの強みや課題がそれぞれあった。
ただ、今この時代に限っていえば、ベッカーズのような「高品質でお手頃な値段の王道ハンバーガー」という超正統派の、少数店舗ハンバーガーチェーンは生き残るのが難しいのかもしれない。
正統派の高クオリティを目指して、それを達成しても経営が上向かないケースがあるのはなんともやるせないが、それも現実であろうか。今回、ベッカーズのブランドクローズを嘆く声が多くあがっているのも、ベッカーズが高クオリティを見事達成していたからであろう。
そしてブランドだなんだと書いたが、寡黙で王道な正統派ブランドをこそ愛する人もたくさんいるので、ベッカーズは意義ある営業をしてくれたことだけはたしかである。