2017年、ニューヨークタイムズの2人の記者が、全世界に#MeToo運動を広げるきっかけとなった調査報道記事を掲載した。著名な映画プロデューサーによる性的暴行の被害者たちは、なぜそれまで声を上げることができなかったのか。記者はどんな思いで、この困難な取材を進めたのか、ジャーナリストの大門小百合さんが話を聞いた――。
ニューヨークタイムズ記者の、ジョディ・カンターさん(左)とミーガン・トゥーイーさん(右)
撮影=Martin Schoeller/提供=Penguin Books
ニューヨークタイムズ記者の、ジョディ・カンターさん(左)とミーガン・トゥーイーさん(右)

#MeTooのきっかけとなった報道

彼女達がいなかったら、今、世界の女性たちはどうなっていただろうか。

ニューヨークタイムズのミーガン・トゥーイーとジョディ・カンター記者は2017年、ハリウッドの著名なプロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの数十年に及ぶセクハラを告発する記事を書いた。彼女たちの調査報道記事は翌年、ジャーナリズムの権威であるピューリッツァー賞を受賞。アメリカ国内のみならず、性被害を受けた女性たちが声を上げる#MeToo運動を世界で巻き起こすきっかけとなった。

ワインスタインについての記事が掲載された直後、ヨーロッパ、オーストラリア、そしてアジアにもこの動きは飛び火した。

日本では、2017年に「はぁちゅう」として知られる作家、伊藤春香さんが、電通在籍時に受けたセクハラをバズフィード・ジャパンで告白。同年、ジャーナリストの伊藤詩織さんは、TBS記者の山口敬之氏による準強姦被害を訴え、9月に民事訴訟を起こした。また2018年には、テレビ朝日の女性記者が当時の福田淳一財務次官にセクハラの被害を受けたと『週刊新潮』に語り、福田次官はその後辞任している。

#MeToo運動のきっかけとなったワインスタイン事件だが、この報道の軌跡をたどったカンター記者とトゥーイー記者による回顧録『She Said: Breaking the Sexual Harassment Story That Helped Ignite a Movement (邦題:その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い)』が映画化され、昨年11月にアメリカで公開された。

この映画は、ワインスタインがプロデューサーの立場を利用して数々の女優たちに行った過去の性的虐待行為について、2人のジャーナリストが取材し、被害者の女性たちに実名で証言してもらうまでを描いている。1月13日には、この映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』が日本で公開される。

今回、2人のジャーナリストのうちの1人、トゥーイー記者がインタビューに応じ、彼女たちが行った調査報道について答えてくれた。

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』の一場面
© Universal Studios. All Rights Reserved.

加害行為は何十年も続いていた

ワインスタインは『ロード・オブ・ザ・リング』『恋に落ちたシェイクスピア』など数々の名作を手がけた著名な映画プロデューサーで、ハリウッドでは絶大な権力を持っていた。

そのワインスタインが何十年もの間、何十人もの女優や自社の従業員に対し、セクハラや性暴力を繰り返していた。しかし被害者の女性たちは告発せず、沈黙を守り続けていた。それは、ワインスタインという権力者と敵対することで、自分のキャリアや家族を犠牲にするのを恐れたからだった。

被害者らはなぜ口をつぐまざるを得なかったのか

多くの被害者たちは、多額のお金を受け取る代わりに、彼との間に起きたことを絶対に口外しないという秘密保持契約に同意していた。女性たちは、自分たちの経験を話せばワインスタインに訴えられる、という状況に置かれていたことも、トゥーイーさんたちの取材で明らかになる。

「取材をして記事にする過程で、いくつかの『点』を『線』にすることができました。しかし、この強い力を持つプロデューサーが何十年もの間、誰にも止められずに女性を食い物にできたのはなぜなのか。そのパズルをつなぎあわせるには、まだまだやるべきことがたくさんあることに気づきました。これは1人の悪人だけの問題ではありません。密かに示談に持ち込み女性たちを沈黙させることができてしまうシステムが、彼の犯罪を可能にしたのだということに気づいたのです」とトゥーイーさんは言う。

ワインスタインが性加害をしているという情報をつかんだ2人は、被害者女性のところに何度も足を運び、公表を前提としたオンレコで証言してくれるように根気よく説得し続けた。並行して、ワインスタインの会社の記録や法定文書も手に入れ、さまざまな情報の裏を取る確認作業も進めたという。

そして、2017年10月5日、ついにニューヨークタイムズでワインスタインの性加害を告発する報道が始まる。その後、ワインスタインは、強姦、犯罪的性行為、性的虐待などの容疑で逮捕され、2020年にはニューヨーク最高裁判所で禁固23年の判決を受け、現在も服役中だ。彼はロサンゼルスでも複数の罪で起訴され、先月、強姦と性的暴行の3つの容疑に対して有罪判決を受けている。

記者、編集者として今まで仕事をしてきた1人として、私にもこの2人の取材がいかに難しく厳しいものだったかはよく分かる。彼女たちを全面的にサポートしてきた担当編集者のレベッカ・コルベットさん、そして、新聞社ニューヨークタイムズの肝の据わりようにも脱帽だ。

回顧録『She Said』が生まれたわけ

2017年10月にワインスタイン報道が始まってから2年後の2019年9月、2人は取材の過程を詳細に記した回顧録を出している。なぜなのだろうか。

トゥーイーさんは、「この物語が多くの人にとって重要な意味を持つようになったからこそ、読者にその体験に加わってもらい、私たちがどのように行動したかを、最前列で見てもらいたいと思いました」と、その理由を語る。

それにしても、半年に及ぶ取材を続けるにあたり、諦めようと思ったことはなかったのだろうか。トゥーイー記者は、ワインスタインの性加害が明らかになり、被害者に示談を迫りお金で解決してきたことが分かり始めた頃に、ニューヨークタイムズ編集者のコルベットさんとバーに行った時の話をしてくれた。コルベットさんの話は、彼女たちの著書にも登場する。

「その時彼女に『オンレコで話をしてくれる女性は何人いるのか』と聞かれたんです。私たちの答えはゼロでした。さらに、『女性たちが合意した秘密の和解文書は手元にあるのか』と聞かれたのですが、その時点ではありませんでした。すると、彼女は『記事にできるところまではいっていない、ということね』と言ったんです」

示談書へのサイン、脅迫、一流の弁護士

実名で公表することに同意し話をしてくれる被害者がいない、証拠となる文書も手元にない。それが、当時の何カ月もの取材の結果だった。

「私たちがいかに多くの困難に直面しているかがよくわかった瞬間でした」

コルベット編集者の厳しい言葉に、トゥーイーさんたちは、「これまでの努力が無駄に終わるかもしれないと感じた」と明かしてくれた。

被害者の女性たちは、口外しないことを条件に示談書にサインしている。さらに、ワインスタインはニューヨークタイムズの記者たちを訴えると脅迫してきたという。また、私立探偵を雇い、偽の身分を使って、彼女たちや情報源の人たちをだまそうとしていたことが後に明らかになる。彼の側には一流の弁護士たちがついていた。まさに命懸けの巨大権力との闘いだった。

ワインスタインはニューヨークタイムズの社主や編集長にまで、記事を掲載しないよう圧力をかけようとした。しかし、彼らはワインスタインとの話には応じず、「言いたいことがあるなら記者と話をしてくれ」と言い続けたという。

その後、女性被害者たちが口を開き始め、証拠文書も手に入れることができた。

「少数の勇敢な情報源とニューヨークタイムズ社は、事実を把握し、最終的には真実を公表することができました。すべての困難に、真実が打ち勝ったんです」

社会的なムーブメントに

2人の記事が掲載されてからの社会の反応はすさまじかった。

「記事が公開されてから数時間~数日後には、私たちのメールや携帯電話に、他の被害者たち、つまり虐待やハラスメントを受けたことを名乗り出ようとする女性たちが殺到しました。ハリウッドだけでなく、あらゆる職業、あらゆる立場の女性たちが連絡してきたんです。まさかそんなことが起こるとは、ジョディも私も予想もしていませんでした」とトゥーイー記者は言う。

この本の映画化を、トゥーイーさんは歓迎している。映画製作者は、映画の中のいくつかのシーンについて、本に書かれている表現をそのまま使っているという。

「彼らは細部にまで気を配り、撮影の準備や脚本を作る際にも私たちに相談してきました。これはドキュメンタリーではありませんが、彼らがこの物語をできるだけ正確に、誠実に伝えたいと考えてくれているのは明らかでした」

映画で2人を演じる女優、キャリー・マリガンとゾーイ・カザンも、トゥーイー記者とカンター記者と多くの時間を過ごし、記事を研究し、取材の過程で彼女たちがどのように感じたか理解しようと努力していたそうだ。

セクハラや性暴力を題材にした映画など見たくないと思う人がいるかもしれないが、トゥーイーさんは、「勇気を出して真実を語れば大きな影響を与えることができることや、真実の重要さを示す、とても元気の出る映画だ」という。

映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』の一場面
© Universal Studios. All Rights Reserved.

過去に起こったことは変えられないけれど…

この調査報道を始めた時、トゥーイーさんは産休中。カンター記者は、取材先の女性たちに心を開いてもらうのに苦労していた。そこでカンター記者は、過去に何人もの性犯罪被害者を取材した経験のあるトゥーイーさんに、電話で助言を求めてきたのだという。

「私はジョディに『過去にあなたに起こったことは変えられないけれど、私たちが協力すれば、他の人たちを守ることができるかもしれない』と伝えてみたらどうかと言ったんです。最終的には、『自分の評判を危険にさらすことになるけれど、他の女性を助けることができるかもしれない』という思いが、被害女性たちの原動力になったのだと思います」

トゥーイーさんの話は、日本の性的被害にも通じると思う。ジャーナリストの伊藤詩織さんは、著書『Black Box』の中で、自分がレイプされた経験は無駄ではなかったと思いたいと書いている。

「この想像もしていなかった出来事に対し、どう対処すればいいのか、最初はまったくわからなかった。しかし、今なら何が必要なのかわかる。そしてこれを実現するには、性暴力に関する社会的、法的システムを、同時に変えなければいけない。そのためには、まず第一に、被害についてオープンに話せる社会にしたい。私自身のため、そして大好きな妹や友人、将来の子ども、そのほか、顔も知らない大勢の人たちのために」

自分の負の経験を伝えることは、未来の女性たちを助けることになる。被害を受けた女性たちはそう信じて連帯し、自分の経験を語り始めたのだ。

#MeTooのその後

しかし、あれから5年たった現在、性被害が社会からなくなったわけではない。トゥーイー記者も、まだ解決にはほど遠いと言う。

「目に見えない問題を解決することはできません。私たちの役割は、ジャーナリストとして真実を掘り起こし、問題を明らかにすることだと思っています。もちろん、この問題は一晩で解決できるようなものではありません。でも、問題がはっきりと見えてくれば、変化への道筋も見えてくるという希望も持っています」と彼女は言う。

日本では、勇気を振り絞って声を上げた被害者がSNS上でバッシングされるといったことは、今でも頻繁に起きている。セクハラや性暴力の事例は、自衛隊の中や教育現場、そしてワインスタインのケースのように映像の撮影現場でも、まだまだなくなっていないのが現状だ。

そこで、日本の状況についても彼女に尋ねてみた。

トゥーイーさんは、女性が社会の主要な意思決定の場でマイノリティーであることが、日本でもこうした性被害の問題を見えづらくしているのではないかと指摘する。

チェック機能が果たせなかった、男性ばかりの役員会

彼女によると、ワインスタインの経営していた会社の取締役たちは、ワインスタインが性暴力の加害者になっているという問題に気づいていたにもかかわらず、チェック機能をはたしていなかったという。

「役員会のメンバーは男性ばかりでした。そこに教訓があるような気がするのです。もし、彼の会社の役員に女性がいたらどうなっていただろう? そうすれば、あの状況はどう変わっていたのだろうか? と」

ワインスタインの事件は結局のところ、職場で力を持つ人と持たない人がおり、さらにジェンダーバランスが損なわれているときに何が起きるかを表しているとトゥーイーさんは言う。

「個人を見るだけでなく、システムを見る必要があると思います。悪い行動や不平等をそのままにしてしまうシステムとはどんなものなのか、そして、どうすればそれを変えることができるのか。本来、職場はすべての人にとって、安全で公平なところであるべきです」

毎回、何もないところからスタートする

現在、トゥーイー記者は、セクハラや性暴力の調査報道を続けながら、他の問題についても取材を続けている。

「こうした大きな事件を報道した後に、新しい調査報道に取りかかると、また何もないところからのスタートになります。うまくいくかどうかは毎回わからない。取材の不確実性を改めて感じています。でも、私たちはこの仕事を続けられることや、報道の責任を引き受けることをとても幸せに思います」

ジェンダーギャップが大きい日本のジャーナリズム

日本は、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数で、世界146カ国中116位。政治や経済の現場で指導的役割を担う女性はまだまだ少なく、ジェンダーバランスに欠いている職場も多い。2021年度の日本の上場企業3795社の女性役員の比率はわずか9.0%だった。

ジャーナリズムの世界も同様だ。報道機関の意思決定層には女性が非常に少なく、日本民間放送労働組合連合会が2021年に発表した調査によると、全国の民放テレビ局の7割は女性役員がゼロ。また、2022年度の新聞協会の調査によると、通信社・新聞社86社の管理職の女性割合は9.4%だった。ジェンダーの問題を取り上げようとすると、上司の男性から敬遠されることが多いという女性記者の声も少なくない。

私自身も、2018年の福田財務次官のセクハラ報道をきっかけに、女性記者たちの受けたセクハラについて取材し、記事にしたことがある。

しかし、「他の女性記者たちも似たような経験をした人がいるはずだから、取材をしてみよう」と最初に社内で提案した時、男性記者たちは、「セクハラを受けた人なんてそんなにいないでしょう?」という反応だった。女性記者に限らず、多くの女性なら経験したことがある痴漢や、職場などでのセクハラ行為。その時は、男性記者と女性記者ではこれほどまでに感度が違うのかと驚いた。

男性上司が仕向けたケースも

取材の結果、女性記者からのセクハラ証言は多数集まり、テレビ朝日の女性記者のようなケースは、珍しいことではなかったことが分かった。なかには、男性上司にわざわざ取材相手と2人きりになるよう仕向けられ、被害に遭ったケースもあり、衝撃を受けた。

ジャーナリズムの世界こそ、真っ先にジェンダーバランスが求められるべきであることは明らかだ。ワインスタイン事件でも、トゥーイーさんたちのような女性の調査報道記者や編集者の頑張りがなければ、女性たちの性的被害の実態を暴くことはできなかったのではないかと思う。

被害者を取り巻く厳しい状況

日本の性被害者への対応も、他の先進国に比べてまだまだ遅れている。例えば、性被害に遭った女性が72時間以内に服用することで妊娠を防ぐことができる、緊急避妊薬(アフターピル)は、多くの先進国では無料で手に入れられたり、薬局で安価で購入できる。しかし、日本では産婦人科・婦人科で処方してもらわなければならず、価格も1万5000円から2万円と高額。緊急に服用しなければ効果がないにもかかわらず、女性たちの手に入りにくい現状がある。

また、福島県郡山市の部隊で複数の隊員から性被害を受けたと実名で訴えた元陸上自衛官の五ノ井里奈さんは、最近、記者会見でこう発言していた。

「私が顔を出して実名で告発し、世間が注目しなければ、組織は懲戒処分という重い処分を下すことなく事実を隠蔽いんぺいし、加害者は平然とほかの女性隊員に同じ行為を繰り返していたと思う。これからはハラスメントに対する処分を厳格化することで(こうした行為を)根絶してほしい」

今回のインタビューでは、トゥーイーさんの「目に見えない問題を解決することはできない」という言葉が強く心に残った。そして、「個人ではなくシステムに目を向けなければ問題は解決しない」という指摘は、日本社会にも大いに通じるものがあると思う。

日本社会の性被害への対応の至らなさ、ジェンダーバランスの悪さゆえに存在する問題、そして、ジャーナリズムのあるべき姿についても改めて考えさせられたインタビューだった。