今なお世界をリードするアメリカ経済、リーマンショック、中国経済の大躍進、そして長期の日本経済低迷……それらはなぜ起こったのか。お金を切り口に世界史上の大きな出来事を整理すると、世界史が少し違って見えてくる。元国税庁の職員で、お金をめぐる諸問題に詳しい大村大次郎さんに、世界史や世界のニュースをお金で読み解いてもらった。
武器の影と紙幣
写真=iStock.com/Dmytro Lastovych
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経済大国アメリカは未曽有の借金大国

お金の流れに注目すると、世界のニュースはまったく違った面を見せることがあります。アメリカ、中国、日本、今後の世界の経済動向について、マネーを切り口に近現代史を振り返ってみましょう。

長い間アメリカは世界経済の中心であり続け、今なお世界一の経済大国です。しかし、その実態は恒常的な財政赤字と貿易赤字を抱えた未曽有の借金国なのです。アメリカの債務残高は現在約30兆ドル。1ドル=130円とすると、日本円で約3705兆円にのぼります。

ちなみに日本国債はほぼ国内で消化されているのに対して、アメリカの国債は世界中で買われています。世界中の国から借金をして、自国の財政をまわしているのです。対外債権から対外債務を差し引いた対外純資産も約14兆ドルの赤字で世界最大です。これらが財政面の話です。

貿易面で国際収支を見ても、アメリカは多額の貿易赤字を記録しています。2019年は輸出が約1兆6000億ドル、輸入が約2兆5000億ドル以上で、輸出額の1.5倍の輸入をしています。アメリカは経済状態が世界最悪国なのです。

ではなぜアメリカが経済大国であり続けているのか。理由は2つです。

まず、ドルが世界中の経済を動かす基準の単位、基軸通貨であること。もうひとつは、第2次世界大戦後、ヨーロッパの復興を支援するため、1948年の「マーシャル・プラン」で多額の融資や贈与を行ったことです。西側諸国が復興しなければアメリカの輸出品を買ってもらえないという動機から、ドルは世界中にばらまかれることになりました。

こうして借金大国であっても、世界中でドルが使われ、世界の金融システムがアメリカを中心にまわっていることで、アメリカは経済大国のままでいられるのです。ちなみにドル以前はイギリスのポンドが基軸通貨でしたが、イギリスは第1次世界大戦で打撃を受け、基軸通貨として持ちこたえられなくなりました。

71年のニクソン・ショックも大きな出来事でした。それまで基軸通貨は1ドルなら1ドル分の金と交換できました。これを兌換だかんと言いますが、アメリカはドルと金の兌換を停止しました。しかし、すでにドルが世界中で流通していたので、世界の人々は金の裏付けなしにドルの価値を信じてドルを使い続けたのです。

これでアメリカは、金の準備が不要になり、同じ頃提唱された、マネタリズムという思想も後押しし、レーガン大統領の政策「レーガノミクス」でどんどんお金を刷って、海外のものを買い、借金を重ねます。世界中の国がアメリカ国債を買い、世界はよりドル依存を深めました。こうして現在のアメリカ=ドルの覇権が確立されたのです。このことでアメリカはマネーゲームに走り、結局リーマンショックのような金融危機を招くことにもなりました。

軍事力の裏付けも基軸通貨のドルを支える

ドルの強さには軍事力という背景もあります。強い国の通貨は信用されます。アメリカはソ連崩壊の後、世界最大の軍事大国となり、他国はその軍事力に対して怯えや遠慮を抱いてもいます。ドルの信頼を高めるためアメリカは何かにつけて他国に軍事介入してきました。イラク侵攻も大量破壊兵器は口実で、イラクが石油の取引をドルからユーロに変えようとしたためという面があります。

次に中国の驚異的成長はなぜ可能になったのかを見てみましょう。

中国は96年に世界第2位の外貨準備保有国になりました(1位は日本)。2004年には世界第3位の貿易大国となり、現在は1位。GDPは世界第2位です。

中国の強さの要因のひとつはアヘン戦争までさかのぼります。18世紀半ば以降、イギリスで紅茶の消費が劇的に伸び、中国(清)からの茶の輸入が増加したことで、イギリスの銀が大量に流出しました。そこでイギリスは清にアヘンを流し、清ではアヘンがまん延、茶だけではアヘン代を払えず、差額をイギリスに銀で払い続けたので財政難となりました。清はアヘンを禁輸し、イギリスは清に侵攻。アヘン戦争が勃発し、敗北した清は、香港などをイギリスに割譲。日清戦争にも敗北し、以後100年の忍従を強いられました。この屈辱が以後の中国の強靭きょうじんさ、かたくなさ、容赦のなさの源となっています。

近代の戦争とマネー

共産主義と資本主義のいいところ取り

その後、辛亥しんがい革命で清は倒れ、1949年に共産党政権が成立しました。ソ連の傘下ではなく、自力で革命を遂げたため、中ソ関係に一定の距離があったことが発展のひとつのポイントでした。ソ連は当初は中国を支援したものの、その後政治問題などで対立が続き、中国は西側と接近しました。

当時、中国は人口が多く、土地があり、治安がよく教育が行き届いていました。そうした素地もあり、その後、70年代後半から、経済特区や14の都市で経済技術開発区をつくり、欧米の資本を呼び込むことで、資本主義的な市場経済を発展させ、問題が起きれば、市場を強引に統制してコントロールしていきました。いわば、共産主義と資本主義の「いいところ取り」の改革開放路線が見事に奏功し、驚異的な成長を遂げたのです。

ただ、問題が2つあります。中国の人口の92%は漢民族で、残りの8%は他民族です。新疆しんきょうウイグルなど56の民族・自治区が国土の65%を占めているので、万一自治区が独立すると、中国は国土の3分の2を失い、12億の漢民族を現在の3分の1の土地で養うことになり、窮地に陥ります。

台湾も同じです。中国の排他的経済水域の面積は世界で10番目、229平方メートルと日本より狭く、台湾が独立すると、権力の及ぶ海域が狭まり、漁業や資源採掘ができなくなります。これもまたマネーの事情です。

では日本の事情はどうでしょうか。バブル崩壊後、長く経済が低迷し、この30年間で給与は上がっておらず、平均賃金はOECD加盟国35カ国のなかで22位です(※)。世界第2位の経済大国だったこともある日本がなぜこのように没落したのでしょうか。

実は第2次世界大戦に敗戦しても、産業インフラはそれほど損傷しなかったので、戦後は早く復興しました。池田勇人内閣の所得倍増計画では、所得に焦点を当てたことで労働者と企業が協調し(雇用は守る、ストライキはしない)、経済成長を達成できました。

1ドル=360円で固定されていて人件費も安かったので、高品質低価格の日本製品は世界中で競争力を持ち、日本の輸出攻勢で、アメリカは対日貿易赤字が蓄積しました。

日本は余ったお金で欧米の不動産などを買収し、「円が世界を買う」との脅威を感じたアメリカは、「日米構造協議」を持ちかけ、日本をけん制しました。同盟国アメリカに逆らえない日本は総額630兆円というGDPを超える公共投資を約束させられたのです。しかも間違ったセクターに投入し、日本経済は衰退しました。教育や福祉や先端事業への投資をせず、公共事業のみに投資し、癒着を生むだけになったのです。

※2021年OECD(経済協力開発機構)主要統計より

世界史上のマネーをめぐるおもな出来事
世界史上のマネーをめぐるおもな出来事2

日本経済復興はお金の循環から

構造協議で約束した総量規制という、銀行が企業に貸すお金に制限を設ける制度でバブルは崩壊し、大不況下で非正規雇用が増えました。

同時に2000年代からの給与の低さによる頭脳流出で中国や韓国へ人材が流れ、産業によっては中韓が日本を追い越すことにもなりました。給与が上がらず、若い人は結婚できず、人口も減少しました。

給与が低いままなので、大企業は最高益を更新し、内部留保としてその利益を企業内にためています。景気は低迷し、国内消費が縮小し、経済成長率、GDPが低下しました。格差が拡大し、貧困率も高くなっています。要はもうかった企業のお金が循環していないのが問題です。労働者と企業の関係が高度経済成長期の「労使協調」のままで労働者が声を上げることができなかったことも給与が上がらない大きな要因です。

日本経済を活性化するにはとにかくお金の循環が必要です。給与を上げ日本の消費を活性化し、教育に投資することにつきます。

さて、世界経済に目を転じれば、格差と地球温暖化という問題があります。これを解消するためのひとつの光明は通貨です。アメリカの基軸通貨は金との兌換なしでも世界中で信用を得ています。暗号資産も兌換なしで流通しています。通貨は信用があれば成立することが実証されたと言えるでしょう。

私は、今後、世界をよくするため、各国が協力して新たな世界銀行をつくり、信用だけに基づいた世界通貨を発行して、格差と温暖化問題解決に投じるという理想形がありうると考えています。ドルの強さがその可能性を示していると思うのです。

明治以降の日本金融史のキーパーソン
NYダウ約100年の推移