老後の不安第1位は「お金」
さまざまな老後生活のアンケート調査の結果をみると、いずれも約8割の人が老後の生活に対して不安を感じています。さらに、その不安の内容についての答えでは、第1位が「お金」です。たとえば、生命保険文化センターの調査では、84.4%が老後生活への不安感を持っており、不安内容のトップは「公的年金だけでは不十分」ということでした。
「老後資金2000万円問題」が話題になって以来、老後資金に対しての関心がますます高くなっています。しかし、「老後資金」の不安に気を取られて、目の前のリスクに気がつかずに大失敗することもあります。
私のもとに届いたご夫婦の相談から、「老後資金を心配するあまり、足下の落とし穴に気づかない」というリスクについてお話ししましょう。また、共働き夫婦の老後資金の落とし穴についても合わせて解説します。
40代共働き夫婦に「老後資金」は必要か
相談者は40代の共働き夫婦で、小学生のお子さんが二人います。ご夫婦ともに外資系の企業に勤務しており、同年代の人よりも所得は高いほうです。「老後が不安なので、老後資金を貯めようと思っているのですが、どんな運用が得なのか」を相談したいということでした。
とくにご主人は運用の無料セミナーなどに出席をして、お金の勉強をしているような印象を受けました。しかし……。
【ご主人】「今まで投資とか運用などはしたことがないので、いったいどうやって老後資金を貯めればいいのか、じつはよくわからないのです」
【私】「ふむふむ、老後資金の準備は大切ですからね」
【ご主人】「暗号資産」「FX」「不動産投資」を考えているのですが、どれがいいでしょう?」
【私】「えっ!」
ご主人が挙げた商品は、どれも老後資金を作るのには向いていないものでした。しかも投資の初心者には、ハードルの高いものばかりです。
最近は、儲かるという情報が先行して、これらの金融商品に対して関心が高いのですが、その中に含まれているリスクの高さが正しく伝わっていません。これらの商品は、投資の初心者には手を出さない方がいいものばかりです。
逆に、初心者向きで、老後資金の準備に最適なiDeCo、NISAが入っていません。これもちょっと残念です。中途半端な情報が入っていて、意外とこういう相談が多いように思います。
ご夫婦の家庭状況などをいろいろと聞いてみて、私の出した提案に、ご夫婦はとても驚かれました。
「共働き夫婦の老後生活」心配の多くは杞憂だが…
ご夫婦に私がしたアドバイスというのは、「老後資金はそんなに心配しなくても大丈夫ですよ」です。
「そんなアドバイスはだれからもされたこと、ありません!」とご夫婦も仰天していました。
さて、ご夫婦が「老後資金を心配しなくても大丈夫」だった理由は、「共働きの夫婦」であるからです。
まず、厚生年金がダブルで受け取れます。しかもご夫婦の所得はそれなりに高いので、65歳まで働いたとすると、夫婦合計の年金額は、月額30万円以上になるのではと予測しました。詳しくシミュレーションをしたい場合には、「ねんきんネット」で予想金額を調べることができます。ゆとりのある暮らしとはいきませんが、生活には困らないと思います。
しかも、お二人とも退職金のある会社にお勤めでした。これが老後資金になり、余裕資金として使えると思います(外資系企業は、退職金制度がない場合もあるので注意を)。
ですので、そんなに心配をしなくてもいいのです。さらに余裕のある老後生活をするためにはiDeCoやNISAを利用して増やすのがいいでしょう。
「それよりも、もっと近々で心配事があります。お気づきでしょうか」と私はご夫婦に問いかけました。
老後資金より怖い「目の前のリスク」とは
老後資金というのは、25~30年先に必要になるお金です。でも、お二人にはお子さんがいます。子どもが大学に進学するのは、約10年後。老後資金よりも教育資金のほうが先に必要になるお金です。
現在、お二人の貯蓄は300万円ぐらいあるということなのですが、やはりその金額では足りません。
大学に進学すると、教育費の負担がとても大きくなります。日本政策金融公庫の「教育費負担の実態調査」によると、大学の入学費用として約81万円、そして毎年150万円の教育費がかかるので、入学から4年間の総額として、約700万円(私立文系)かかります。国立大学ならばグッと安くはなりますが、もし私立理系の場合は、800万円以上です。
しかも、それは学費だけです。自宅外通学になると、アパート代や仕送りなどのお金がかかります。平均仕送り額は年間約96万円。海外に留学したり、大学院に進んだりした場合には、別途その費用がかかります。さらにあまり想像したくはありませんが、留年してしまうともっとお金は必要になってきます。
国立に入ってくれれば、教育費の負担についてはかなり助かりますが、こればかりはわかりません。子ども一人に対して大学に行っている間の学費などを含めた支出の総額としては1000万円ぐらいかかると思っていたほうがいいでしょう。
優先するのは「教育資金」
日本学生支援機構の「学生生活調査(令和2年)」によると大学生の学費と生活費の合計は、年間181万円です。ただし新型コロナの影響で金額が下がっていることも考えられます。前回調査(平成30年度)は、年間191万円です。まあ、年間200万円は必要だと考えた方がいいでしょう。平均で800万円の準備が必要です。目標を1000万円にしておくと、安心できると思います。
とはいっても1000万円に届かなくても大丈夫。足りない分は、子どもにアルバイトを頑張ってもらうとか、生活費を切り詰めながらやりくりする、奨学金を借りるなどの方法があります。
お二人ということで、まずは約2000万円を目指しましょう。老後資金2000万円問題の前にそのくらいは必要になってしまうかもしれません。
まずは、「教育資金を優先して考えたほうがいい」というのが、私のアドバイスです。
一般NISAで1200万円の資金を準備
そこで、夫婦で「つみたてNISA」や「一般NISA」を利用して、教育資金の準備をすることのほうを優先してもらいました。
とはいえ「つみたてNISA」だけでは心もとないと思います。2024年以降はつみたてNISAの上に一般NISAを積み上げられる新制度が始まるので、「一般NISA」を利用しながら、年間120万円ぐらい積み立てるのはいかがでしょうか。
「NISA」をオススメする理由は、税制優遇があるからです。「つみたてNISA」の商品を参考にして選ぶようにすると信託報酬が低いものが中心なので、投資の初心者向きの商品が揃っています。
夫婦2人だと240万円の枠が使えます。非課税枠は5年間なので1200万円の資金を準備できます。これで、お子さま2人の入学資金と2~3年分の学費の準備になると思います。
子どもの学費というのは、期間がほぼハッキリしているので予定が立てやすい資金です。それに比べて老後資金とか介護資金というのは、期限がわからないので予定が立てにくい資金になります。
共働き夫婦を待っている老後生活の落とし穴
最初に、夫婦共働きの場合は、老後の資金はそんなに心配しなくても大丈夫と言いました。とは言っても完全に安心できるというわけではありません。
そこには、注意したい4つの落とし穴があります。収入減や支出増になるので、うまく乗り越えないと老後破綻ということになります。
落とし穴① 現役時代の生活が続く!
共働き夫婦のダブルの厚生年金だけで、生活費には、困らないと言いましたが、ゆとりのある生活ではありません。収入である年金額に見合った支出を心懸ける必要があります。
老後生活でもっとも大切なのは、収支のバランスです。夫婦合計の年金が30万円以上あったとしても、現役時代と同じ支出をしていると老後資金がすぐに底をつきます。
たとえば、毎月40万円の支出だとすると、毎月の赤字額は10万円です。1年で120万円。20年で2400万円。老後資金が2000万円あったとしても17年目にはマイナスになります。ですから収入にあうように生活のダウンサイジングが必要となります。
落とし穴② 要介護になった!
また介護や認知症になったら、さらにお金が必要になるかもしれません。介護費用の総額は平均約500万円程度必要になります(生命保険文化センター調べ)。そのときのために、余裕資金は別に準備しておきたいです。
元気なうちに旅行などして、楽しんでおきたいという気持ちはとてもよくわかります。でも、元気が無くなったとき、そして介護が必要になったときもお金は必要なのです。
また、施設介護の場合にはさらに費用がかかります。有料の高齢者施設に入居をしようとすると、それこそ入居金が数千万円、月額数十万円のところもあります。
ちなみに、「最後は特養(特別養護老人ホーム)に入ればいい!」なんて考えているなら、それほど甘くはありません。特養の入居要件は、要介護3以上でないと入れないのです。つまり、かなり要介護度が進まないと入居できません。その間は困ることになります。
やはり、ある程度の備えをしましょう。
落とし穴③ 企業年金が終了!
企業年金がある人は、公的年金の上乗せになるので、生活費にゆとりがでるかと思いますが、有期年金が多いということに注意してください。
以前の企業年金は終身で受け取れるものが多かったのですが、いまは5年、10年、15年という有期型の年金がほとんどです。企業年金が終わって一気に生活が厳しくなったという話はよく耳にします。
たとえば、企業年金を月5万円受け取っていたのが、なくなった場合を考えてください。老後資金から毎月5万円ずつ多く取り崩していけば一気に老後資金が底をついてしまいます。そうなる前に生活費を見直して節約すること心懸けるようにしなければなりません。
落とし穴④ 配偶者の死亡で年金が半減
また、配偶者の死亡も大きな収入のダウンになります。さらに、会社員の共働き夫婦の場合、二人とも厚生年金を受け取っているので、遺族厚生年金はほとんど期待できません。
配偶者が死亡すると、自分の年金だけになってしまうかもしれません。夫がもし企業年金を受け取っていた場合には、死亡すると企業年金も終わってしまいます。
最初にご夫婦での年金受給額が月額30万円ぐらいになるのではと予想をしました。しかし、配偶者が亡くなると約半額になるのです。つまり月額15万円の年金になるということです。
二人の生活が一人になったからといって、生活費が半分になるわけではありません。当然、生活は厳しくなると思います。そのための備えは必要です。
年金の繰下げ受給をすれば、ゆとりのある老後が実現できる
では、どうすればいいのでしょうか。最初に例に出した40歳の相談者を参考にしながら解説をしましょう。
近々に必要になる教育資金の準備が最優先として、無理のない範囲で老後資金の準備もしておきたいです。老後資金を作るのには、税制優遇の大きいiDeCoが最適です。夫婦でiDeCoの限度額いっぱいまで利用するようにしましょう。
そして、公的年金の増額も検討しておきましょう。定年を延長する企業も多くなっていますから、長く働くことで老後資金を増やすこともできますし、厚生年金の受給額を増やすこともできます。さらに繰下げ受給をすると年金の増額になります。
年金の受け取りを1年遅らせば、8.4%の増額になります。70歳まで繰り下げれば、42%の増額です。
夫婦二人の年金を繰り下げると、受給額もグッと増額することができて、ゆとりのある老後生活に近づきます。さらに老後の生活費のベースである年金の受給額が増えているから、たとえ一人の生活になったとしても、収入減の影響を少なくできます。ぜひ、検討してみてください。