日々ストレスと隣り合わせで暮らす私たち。特にコロナ禍ではこれまでに経験のない心身の不調を感じている人も多いようです。東洋医学や漢方を取り入れた診療を行っている心療内科医の姫野友美先生に、ストレスとうまく付き合い、自らの心身を整えるコツを聞きました。

女性の不安定性は心身の不調に結びつきやすい

――コロナ禍で相談にいらっしゃる方は、どのような悩みを抱えているのでしょうか。

人同士の「つながり」を分断されたことで閉塞感や孤独感が生じ、抑うつ症状になる人が増えています。オフィスワーカーの方でいえば、リモートワークが増えたことで、対面で仕事をしている時には起きなかった軋轢が生じストレスが強くなったという声を聞きます。また在宅で一人作業に向き合っていると、「自分は会社の歯車のひとつに過ぎない」と感じ労働意欲が落ちてきたという人もいました。誰とも話をせずに過ごすうちに、どんどん気分が落ち込んでいき、集中力が低下してイライラしてくる。このような精神症状がコロナ禍で増えています。

在宅だと就業時間があいまいで仕事の時間が長くなりやすく、夜遅くまでパソコン画面を見ているせいで寝つきが悪くなり、朝起きられなくて昼夜が逆転していると訴える方もいます。特に女性は、肩こりや不眠、頭痛などを訴える方が多いですね。もともと心療内科の患者さんは、以前から圧倒的に女性が多いんです。

こんな症状が増えてきたら「心のSOS」かも
ストレス度チェックシート

□以前より目が疲れるようになった
□好物でも食べたいと思わない
□おなかが張ったり、痛んだりする
□頭痛や肩こりが辛い
□お笑い番組や友人の冗談で笑えない
□朝すっきり目覚められず、疲れが残っている
□集中力が落ち、勘違いやど忘れが増えた
□寝つきが悪くなった
□ささいなことでイライラしてしまう
□人と会うのがおっくうになった

――なぜ女性は心身の不調が起きやすいのでしょうか。

まず女性は月経による不安定性を抱えていて、それが不調に結びつきやすくなっています。月経周期によって女性ホルモンのエストロゲンの分泌が増減すると、幸せホルモンのセロトニンも連動します。ですから生理前になるとイライラしたり気分が落ち込んだりするPMSなどの症状が出てくるわけです。また女性は男性に比べて筋肉量が少ないことから、血の巡りが悪く肩こりなどの身体症状が出やすいうえに、月経で鉄分やタンパク質が失われ、不足しやすいことも見逃せません。鉄不足は抑うつや不眠などにもつながります。こういったハンディを克服するために女性は常にセルフケアの努力を余儀なくされるのです。

姫野友美(ひめの・ともみ)
医学博士、心療内科医、ひめのともみクリニック院長。東京医科歯科大学卒業。2006年~2021年、日本薬科大学漢方薬学科教授を務める。『心療内科に行く前に食事を変えなさい』『美しくなりたければ食べなさい』など著書多数。

不眠やイライラの背景に”鉄不足”の可能性

――鉄分の不足が、気持ちの落ち込みにも関わるのでしょうか。

実はうつ症状を訴える方で鉄欠乏の状態に陥っている方はとても多いんです。というのも、鉄は脳の活動に欠かせない成分の一つだからです。先ほどお話しした幸せホルモンのセロトニンをはじめ、ドーパミン、ノルアドレナリンなどのさまざまな脳内伝達物質を合成するには鉄が必要で、鉄が足りていないと、やる気が出なかったり、気持ちがイライラしたり、不眠や寝起きの悪さの原因になります。また、脳をはじめ身体中に酸素を運ぶのも鉄、つまりヘモグロビンですし、体のエネルギーの生産にも鉄が関わっています。人間が生きていくうえで多くの鉄を必要としているにもかかわらず、女性は毎月月経で大切な鉄を失っているので常に鉄不足のリスクを抱えているのです。

栄養というと首から下のことと考えがちですが、実は全エネルギーの20%は脳で消費されており、筋肉と同じくらいです。その脳の構成成分はタンパク質が40%、脂質が50%ですから、タンパク質と脂質をしっかりと摂ることも重要です。座って知的作業をしているだけでも脳は活動していますから、家の中で誰とも話さず、菓子パンやおにぎりなど簡単な食事で済ませていると栄養不足になります。ビタミンやミネラルも一緒に摂れる肉や魚、卵、大豆製品なども一緒に食べましょう。

脳は自律神経、免疫、ホルモンの中枢ですから、心身の安定を保つうえで、脳にいかに栄養を届けるかはストレスマネジメントにおいて重要な要素です。

――心療内科で栄養不足を指摘されると驚く方が多いのではないでしょうか。

「疲れが抜けず朝起きられないんです」と相談する患者さんに、「鉄が足りないからですね」というと、びっくりされますね。それだけ、栄養を意識せずに生活している方が多いということ。けれどストレスを受け続けると、脳は適応しようとしてものすごく栄養を消費します。例えば交感神経が過剰に緊張すると、それだけでカルシウムやマグネシウムの吸収が阻害されます。そうすると筋肉や血管が収縮して肩こりや頭痛などの原因にもなる。具合が悪くなっているメカニズムがわかると、何を足してあげればいいのかもわかります。

漢方は胃腸や血行など体全体に働きかける

――栄養不足からくる心身の不調にどのようにアプローチするのでしょうか。

栄養を体全体に運ぶためには、まずは栄養をしっかりと消化吸収できるよう胃腸を整えなければいけません。そこで胃腸の悪い患者さんには、まず漢方薬を使います。漢方ではその人の状態を「証」や「気・血・水(き・けつ・すい)」という言葉で表します。

■不調の原因をはかるものさし

漢方では、「証」や「気・血・水(き・けつ・すい)」というものさしで患者さんの体質を診ます。「証」とは、「その人の状態(体質・体力・抵抗力・症状の現れ方などの個人差)をあらわすもの」で、体力や抵抗力が充実している人を「実証(じっしょう)」、体力がなく、弱々しい感じの人を「虚証(きょしょう)」と言います。

また「気・血・水」3つの要素が体内をうまく巡ることで健康が維持され、不足や偏りなどがあると不調や病気が起きてくると考えています。

●気(き)
目には見えない生命エネルギーのこと。「自律神経(体の機能を調整する神経)」の働きに近いと考えられる。

●血(けつ)
主に血液を指し、全身をめぐってさまざまな組織に酸素や栄養を与える。

●水(すい)
血液以外の体液全般に相当し、水分代謝や免疫システムなどに関わっているもの。

女性には胃腸の弱い「虚証」の方が多く、栄養の吸収が悪くなりがちです。吐き気がして食事が取れないという方には五苓散(ごれいさん)や半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)などはよく効きますね。また気逆(きぎゃく)による不眠やイライラが起きている場合は、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)などのカルシウムやマグネシウムを補充する漢方を処方することもあります。

心療内科の患者さんは、身体症状と精神症状、一度にたくさんの症状を訴えて来られるので、それぞれの症状に一つ一つ薬を処方しているとすごい数の薬になってしまいます。その点、一つの薬で複数の働きが得られる漢方は適していますね。漢方は処方によっては胃腸だけでなく、むくみを改善したり血行を良くするなど複数の効果を発揮します。

私は「薬というのは、頼るものではなく利用するもの」だとお話しています。能動的に利用して、自分の体を整えている間に、他のもの――例えば生活習慣の改善とか、考え方の癖を変える認知療法などを組み合わせて、根本的に治していく。漢方はそのツールの一つです。

ストレスをセルフコントロールする術を身につける

――患者さんが自ら回復するための道筋をつけるのですね。

そもそも心療内科に訪れる患者さんが本当に知りたいのは、「自分は何をすれば治るのか?」です。これまでストレスで調子を崩す理由は”ブラックボックス”になっていました。しかし栄養や自律神経の働きを丁寧に見ていくと、ストレスがなぜ心身の不調を引き起こすのかは理論的に説明できます。何が足りないのかがわかれば、必然的に「どんな生活を送り、何を食べたらいいのか」もわかってくるわけです。ご自身が納得したうえで食事や睡眠、入浴など生活面を見直し、体本来の力を引き出していくのが理想です。薬で辛い症状を一時的に緩和させることはできますが、不調の原因となるストレスそのものをなくすことはできません。私たち心療内科の本当のゴールは、さまざまな手法を組み合わせてストレスをセルフコントロールする術を身につけてもらうことなんです。

――仕事やプライベートなどのタスクに追われると、自分自身のストレスケアをついなおざりにしてしまいます。

自分自身のケアをすることが、実は作業効率を上げる一番の方法なんです。どんな才能や能力を持っていても、病気や怪我をしたり、ストレスで具合が悪くなればその才能を発揮できません。しかも女性であれば、不安定性とも付き合っていかなければならない。皆さんが持っている個性や能力を最大限に発揮できるように、ご自身の体に何が足りていないのかを見直してもらえればと思います。

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