遺産分割のもめごとは財産額に関係なく起きている
親の財産を巡ってそれまで仲のよかった兄弟が熾烈な争いを展開する――。そんな争族問題は遺産の額に関係なく発生します。それは裁判所の統計を見ても明らかです。
遺産分割でもめごとが発生して家庭裁判所で調停が成立した件数を遺産額別に見ると、1000万円超5000万円以下が最も多く全体の42.9%を占めます。2位の1000万円以下を加えると、77.6%となり、遺産分割でもめてしまった件数の約8割が5000万円以下です。
なぜもめごとに発展してしまうのでしょうか。それは財産を残す親(被相続人)と受け取る子ども(相続人)の間に意識のずれがあるからです。
子どもたちは自分の財産配分が少ないと分かると「子どもたちの間では相続の権利は平等」だと言い始めます。確かに民法で定めた法定相続分では子どもの割合は平等になっています。たとえば、相続人が母親と子ども2人の場合、法定相続分は母親が2分の1、子どもはそれぞれ4分の1ずつです。
ただこれは、あくまでも民法で定められた配分割合であって、必ずしも平等に資産を配分する必要はありません。親が「老後の面倒を見てくれた長女に多めに資産を残したい」と遺言書を書けば、法定相続分ではない遺産分割も可能です。
親と子の決定的なすれ違い
そもそも多くの親は「平等に資産を残そう」とは考えていません。子どもが複数いれば、抱えている事情も異なります。たとえば、経済的に苦しい子どもがいれば、「多めに財産を残してあげたい、と考えるのが親心です。
親は、相続財産に差がついても仕方ないと考えていますが、不利になる子どもが「平等であるべき」と言い始めるためにもめごとに発展してしまうのです。
このように相続でもめごとが発生するかどうかに関して資産額は関係ないのですが、お金持ちの場合には資産額が大きいだけに、一度もめるとより深刻な事態に陥ってしまうことがあります。
相続でもめるかどうかは「子どもの経済的自立」が関係
相続でもめるかどうかは、子どもの経済的自立とも関係しています。子どもたちが稼ぐ能力を身に付けていれば、親の財産を当てにする必要はありません。お金持ちは教育費を惜しまず、金銭教育もする人が多いので、経済的に自立した子どもが育ちやすい環境にあります。
たとえば、親が遺産分割について経済的に自立している子どもたちに相談をしても「お父さんの好きなようにすればいいんじゃないかなあ」と、お金にガツガツしないケースが多くみられます。
つまり、相続でもめないための最低限の条件は、相続人である子どもたちがしっかりと仕事をしていて、お金に困っていないことです。ただ、それでも「絶対にもめごとが起きない」と言い切れないのが遺産分割の難しいところです。
それまで穏やかでもめごとを起こすように見えなかった人が相続の発生と同時に豹変して、トラブルになることもあります。結婚していれば子どもには配偶者もおり、そういった周辺の事情から豹変することもあるのです。
なぜ遺産問題を先送りしてしまうのか
特に親子で遺産分割について話し合いが行われていないケースで起こりがちです。平等に相続をさせるケースでも問題が起こるので、何らかの理由があって遺産に差をつけるときには、なおさらその理由を明確に伝えておかないと子どもたちも納得しません。
少なく配分された子どもは金銭的な不満もありますが、親の愛情も減らされたように感じて反発したくなるのです。
遺産分割対策とは、節税対策のようにアパートを建てたり、保険に加入したりする大掛かりなものではありません。資産をどう配分するのか、なぜそのように配分するのか、分割対策が最も重要です。相続人が納得できるように生前に話をしたり、遺言書に書き記したりすることです。親の気持ちを真摯に伝えることで、回避できるもめごとは多くあります。
資産1億円を築くようなお金持ちは、一般的に金融リテラシーが高い人が多いと考えられます。つまり、遺産分割の難しさは十分に理解しているはずです。それでも対策を講じない人は少なくありません。面倒くさいこともあるのでしょうが、自分の死と向き合いたくないのが本音なのではないでしょうか。
相続対策を考えるには、自分が死ぬことを前提にしなければなりません。誰しも「いつかは死ぬ」ことを理解していますが、それが1年先なのか10年先なのか、はっきりしたことはわかりません。子どもたちと相続について話し合えば、子どもたちが自分が死ぬことを待っているように感じるかもしれません。だからこそ、考えることを先送りにしてしまいます。そうこうしているうちに突然やってきて、蓋を開けてみると「何の対策も講じていなかった」となるのです。
相続で家族が離散するケースも
会社経営をしていたケースも遺産分割でもめる場合が多いです。たとえば、子どもが3人いて、長男が後継者になった場合、資産の多くを長男に引き継がざるを得ません。
オーナー経営者の場合、資産の多くを会社の株式が占めますが、相続で株式が分散してしまうと、株式を取得した他の兄弟が株主として経営に口出ししてくる可能性があります。結果、経営がしづらくなってしまいます。
後継者以外の子どもに株式以外の資産を残すには、早くから準備しなければなりません。それができないと、遺産分割のもめごとが原因で家族が離散してしまったり、会社の存続が危うくなってしまったりするかもしれません。
コツコツ貯めたお金持ちは子どもに口を出してしまいがち
一方、節約家タイプでコツコツ貯めて資産1億円を達成したお金持ちには、先々のことを考えて行動する人たちが多いです。お金の貯め方や相続も含めて子どもたちの将来のことまで干渉しようとしがちです。
それだけに何かと口を出してしまいます。それが原因となって親子の関係がこじれてしまうことが少なくないのです。
節約家の親を持つ子どもたちは、親の背中を見て育ち同じく節約家になりやすい。親ほどではないにしても、それなりにお金に苦労しない暮らしを手に入れています。自分たちなりに十分にがんばっていると思っているのに、親に干渉されるので“ウザい”と感じてしまうのでしょう。
2タイプのコツコツ派を待ち受ける落とし穴
実は、節約家タイプは新旧2つのタイプに分かれます。現在、60代以上で節約によって資産を築いた人は「自分が我慢すれば家族が幸せになれる」と考えて貯蓄に励んできた人たちです。我慢することで食費などの変動費を切り詰めて、貯蓄を増やしてきました。
一方、50代以下で節約をしている人は、固定費を優先して見直して頑張らなくても貯蓄できる仕組みをつくっています。我慢しなくても自然とお金が貯まっていく、新タイプの節約家です。
旧タイプの節約家は根性論でお金を貯めてマイホームを購入したり、教育費を捻出したりしてきたので、子どもが巣立つと頑張る対象を失ってしまいます。そして子離れができず、過剰に干渉してしまうのです。
旧タイプは子どもや孫への贈与も積極的に行おうとする傾向にあります。受け取る側はありがたいことのように思いがちですが、その行為が子どもたちの家計を壊してしまうこともあります。それまで身の丈に合った生活をしていた子どもたちが多額の資金を受け取って、浪費をするようになってしまうことがあるからです。
一方で新タイプの節約家には、「子どもに資産を残すつもりはない」と公言する人が多くいます。子どもに多額の資産を残すことがいいこととは思っていないようです。ところが、亡くなる時にはそれなりの資産が残ってしまいます。
子どもにお金を残すつもりがなければ、遺産分割対策も考えないでしょう。結果、もめてしまいます。お金持ちは資産の種類も多いため、もめごとだけでなく、手続きも大変なことになってしまいます。自分の遺産が原因で家族が分裂することを望まないなら、資産を残すつもりがなくても遺言書などではっきりと意思を遺し、子どもたちにその理由をしっかり話し合っておくべきです。