統計データは客観的事実を語る
──統計データって、なんだか難しく感じてしまいます……。
【本川】確かに、数字だけ見たらわかりにくいと思います。でも、たとえば「最近、街に人が増えてきた」といわれても、どれだけ増えたかは数字でないとわかりませんよね。「増えた」「多い」といったあいまいな言葉ではなく、数字で客観的事実を表すのが統計データです。真実を知るのに客観的事実は何より重要。そして数字にすることで、その重さを他人と共有することができます。といっても、数字だけではなかなか頭に入りません。そこで、数字をビジュアル化したのが統計グラフです。
──グラフだったら、少しはわかりやすい気がします。
【本川】グラフなら、数字の表す規模や変化も一目瞭然です。それに、数字は覚えられなくても視覚は記憶に残ります。通勤電車の中で思い出して検討することもできるんですね。何より、グラフにすることで変化の方向やスピードを分析したり、他のデータと比較することが容易になります。思い込んでいたことの間違いに気づいたり、意外な事実を発見することもありますよ。今回は、そんな統計グラフを紹介しましょう。
貯蓄率が下がるのは高齢化のためだけではない
──日本人はまじめにコツコツ貯金するイメージがありますが……。
【本川】ところが、案外そうでもないんですね。グラフ①は内閣府の資料による家計貯蓄率の推移です。貯蓄率はここ30年ほども下がり続け、2013年度にはいったんマイナスまで落ち込みました。この原因としてまず考えられるのが高齢化です。貯蓄を取り崩して生活する退職者が増えれば貯蓄率は下がりますからね。ただ、主要国と比較すれば、高齢化だけが原因ではないことがわかります。日本と同様に高齢化が進んでいるドイツなど欧州諸国では、貯蓄率が必ずしも下がっていないのです。
──ほかの原因とは何でしょう?
【本川】貯蓄率が下がる原因には高齢化のほか社会保障の充実、消費性向の上昇、景気上昇、成長力低下などがありますが、日本については低成長が最大の要因と考えています。高度成長期は使う以上に所得が増えたので貯蓄率が上がりましたが、オイルショックを経て反転、特にバブル崩壊後は長く低下傾向が続いています。所得が減っては貯蓄できない、というのが真相でしょう。結局、日本人はもともと貯蓄好きだったわけではない、ということですね。
注目されるニュースはたくさん報道される
──高齢ドライバーの事故は一時、ずいぶん話題になりました。
【本川】警察庁は死亡交通事故の件数を、ドライバーの年齢別に発表しています。グラフ①、②でわかるように、10年前と比べて若い世代の事故が減っているのに対し、高齢者の事故は件数、シェアとも確かに増えていますね。でも、免許人口あたりの死亡事故率も確認しましょう。グラフ③を見ると、高齢者の事故率は10年前から大幅に減っています。それでも高齢者の事故件数が増えたのは、グラフ④のように高齢ドライバーの数が激増しているからといえます。
──危ない高齢ドライバーが急増しているわけではないんですね。
【本川】注目の出来事は集中的に報道されますが、複数の角度から統計を調べれば真実が見えてくるものです。
大阪、京都、神戸は食い倒れ都市だった
──エンゲル係数は「家計に占める食費の割合」ですよね?
【本川】はい、その通りです。エンゲル係数は所得水準が上がるにつれて低くなるといわれています。ここでは「家計調査」のデータをもとに、都道府県庁所在地別に、タテ軸にエンゲル係数、ヨコ軸に消費支出額をとって、相関を調べてみました。
──なぜこのグラフを作られたのですか?
【本川】興味本位ですよ。
──興味本位……確かに、思わず出身地を探してしまいます。
【本川】グラフを見ると、消費支出が高いほどエンゲル係数が下がる傾向が見られますが、相関はそれほど強くないようです。エンゲル係数の高さが目立つのは大阪市、京都市、神戸市の3つの都市。これらは支出の中でも特に“食”にお金をかける、いわば“食い倒れ都市”ですね。
──エンゲル係数が一番低いのは高松市ですが、もしかしたら、うどん大好き県だからでしょうか!?
【本川】高松のうどんは安くておいしいですからね。ともかく、仮説から外れたデータこそ興味深い。外れた理由が説明できれば、仮説が正しいことの証明にもなるんですよ。
スタイルもおしゃれも磨き続ける日本女性
──最近、年齢不詳の女性が増えているような気がします。
【本川】“美魔女”といった言葉もよく目にしますしね。日本の中高年女性がどんどんキレイになっていることを裏付けるデータを紹介しましょう。グラフ①は、日本人のBMIの推移を男女別・年代別に示したものです。BMIはご存じですよね?
──身長と体重から痩せているか肥満かを判断する指標ですね。
【本川】グラフのように、20代の女性は戦後から一貫してスリム化傾向にありますが、30代、40代、50代も時間差をおいて順にスリム化傾向が始まり、2000年代に入ると60代、70代までスリム化が始まっています。まるで若い女性を追いかける形ですね。もし健康が目的なら、健康を気にする中高年からスリム化が始まるはずなので、これは美容が動機とみていいでしょう。一方、男性はどの年代でも一貫して肥満化が進んでいます。ここまでハッキリと逆の動きをしているのは私も意外でした。
──確かに同窓会に行くと、女子は変わらないのに男子はみんな太っていますね。グラフを見て納得です!
【本川】といっても、世界的に見れば、日本人は男性も女性もスリムといえるんですよ。世界の主要15カ国のBMIの推移を男女別に示したものがグラフ②です。BMIは高所得になるほど高くなる傾向がありますが、日本、シンガポール、韓国など東アジア諸国は高所得でもスリムです。ただ、男性が肥満化して女性がスリム化するのは、日本だけに際立った特徴ですね。動きがやや似ているのはシンガポールくらいでしょうか。
──美魔女の方々はスタイルがいいだけでなく、おしゃれも上手です。
【本川】中高年女性がおしゃれにかける時間も増えています。グラフ③は女性の「身の回りの用事時間」の時系列変化を年代別に示したものです。身の回りの用事にはトイレや入浴なども含まれますが、この時間全体が増えたのは、見だしなみなどおしゃれにかける時間が増えたためと考えられます。身の回りの用事時間はどの年代でも年々増えていますが、特に40代以上の増え方が大きく、最近では20代と同じくらいおしゃれに時間をかけていることがわかります。日本にスリムでおしゃれな中高年美魔女が増えているのは確かですね。
──こんなデータなら、統計も身近に感じられますね。
【本川】何か意見を言うときには、データがあれば説得力が違います。仕事に役立つのはもちろん、世の中の見え方もぐっと違ってきますよ。