親が認知症になったら……。誰もが一度は想像したことがあるでしょう。ファイナンシャルプランナーの井戸美枝さんは「認知症と診断された場合、預金口座が凍結され、本人も家族もお金を引き出すことができなくなることが多い」と指摘します。そんなときに備えて今からできる対策とは――。
生活費の厳しさに頭を抱えて落ち込む女性
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

認知症になったら預金は引き出せない

もしあなたの親が認知症になったら、どんなことが起きると思いますか? いろいろな不安が頭を巡ると思いますが、大きな問題の1つとして挙げられるのが、「お金」です。

認知症になり、判断力が低下すると、銀行預金を引き出すことはできません。株式などを売買したり、売買などの契約を結んだりすることも、原則的にはできません。

通帳の保管場所や暗証番号などが分からなくなる、ATMの操作が困難になり、預金の出し入れや支払いができないなど、できていたことができなくなることもあります。「それなら、家族の誰かがすればいい」と思いがちですが、そう簡単ではありません。

預金口座を凍結されることが多い

認知症になり、判断能力が低下すると、預金口座は凍結されることが多いのです。そうなると、キャッシュカードを預かって子どもが預金を引き出す、ということもできません。また一定額以上のまとまった金額を引き出したり、定期預金を解約したりしようと本人以外の人が窓口を利用しても、引き出しは不可能なのです。

年金や預金があるのに引き出せない。入院した際、医療費の支払いができない。介護施設に入所することになったものの一時金の準備に困る。そんな事態も考えられます。

家族が財産を管理する方法

認知症に備える方法の1つに、「家族信託(民事信託)」があります。

家族信託とは、信頼できる家族や親族に財産を託し、契約した内容どおりに財産の管理や処分をしてもらう制度です。財産のうち、家族信託で管理したい財産を「信託財産」といい、主に現金、不動産、未上場株式を信託することができます。財産を預けたい人が「委託者」、財産を預かって管理や処分をする人が「受託者」、財産から利益を受け取る人が「受益者」となります。

例えば、葵さん(仮名)は父が他界し、母が一人暮らしをしています。母が保有する財産は、現金1000万円と自宅で、母は、「もしも自分が認知症になったら有料老人ホームに入居したい。自宅を売却してそのための費用に充てたい」と考えています。しかし、認知症になれば預金を引き出したり、自宅を売却したりするのは困難です。そこで葵さんは、母を委託者、葵さんを受託者にして家族信託を利用することにしました。

看護師が高齢者の手を握っている
写真=iStock.com/PIKSEL
※写真はイメージです

契約内容は、預金の中から年金では不足する生活費として毎年60万円を母に渡す、認知症になったら自宅を処分し、得たお金を有料老人ホームの入居一時金や毎月の利用料に充てる、というものです。このような契約をしておくことで、認知症になっても母の生活費を確保できますし、母に代わって、葵さんが自宅を売却する手続きをすることができるわけです。認知症になって判断力が低下しても、自身の財産をスムーズに活用でき、母も安心ですし、葵さんが資金の準備に困ることもありません。

母が亡くなった時点でお金や自宅が残っていた場合には、残った財産は葵さんのものとなります(相続)。

葵さんは受託者として、何にいくら使ったかなどを記録し、税務署に申告する義務があります。そうした手間がかかるため、定期的に母の財産から報酬を受けられるよう、契約内容に盛り込むこともできます。葵さんは一人っ子ですが、姉妹などがいて、そのうちの誰かが受託者になるなら、受託者としての手間を負担する分、報酬を受けるというのもいいでしょう。

賃貸物件オーナーにもリスク

親が賃貸物件を所有している場合も、認知症のリスクが気になります。例えば修繕が必要になったりしても、本人に判断力がないと、請負契約の締結が難しくなるからです。何も対策をとっていないと、修繕ができずに建物が劣化する、売却しようにも売買契約が困難、といったことにもなりかねません。

親が認知症になった場合にどのようなリスクがあるか。まずは想像してみましょう。

家族信託ができるのは、認知症になる前

家族信託は、委託者と受託者に判断能力がないとできません。したがって、家族信託を検討するなら、認知症になる前(判断力がある時)、です。

契約書の作成は専門家(弁護士や司法書士など)に依頼する必要があり、手数料がかかります。信託する財産の1%程度が相場と言われており、3000万円なら30万円程度が目安です。契約書は公証役場で公正証書にする手数料も必要です。

また相続人が複数いる場合など、契約の内容によっては、親の死後にトラブルになる可能性も否定できません。子などの法定相続人には財産の一部を相続できる「遺留分」があるので、こうしたことも考慮して、信託の契約を決めることが大切です。信託できるのは財産の一部で、全財産を信託することはできませんから、相続なども考慮して、信託する財産や契約内容について専門家に相談するといいでしょう。

もしも受託者になる人がいなければ、信託銀行などを受託者とする「商事信託」もあります。契約書作成時のほか、定期的な報酬もかかります。

代理人が預金を引き出す方法もある

お金の管理だけできればいい、というケースでは、信託銀行で扱っている「代理出金機能付き信託」を利用する方法もあります。あらかじめ代理人を決めておくことで、信託した口座から、生活費や施設入所の費用などを代理人が引き出すことができるものです。200万円程度から信託できます。家族のほか、弁護士や司法書士も代理人になれます。

利用するには、設定時と、毎月の手数料が必要です。金額は金融機関によって異なり、設定時は信託する金額の1~3%程度、月々は500~5000円程度です。1000万円を信託すると、信託時の手数料は10~30万円となります。

兄弟姉妹がいる場合、誰か1人が代理人としてお金を管理すると、トラブルになることも考えられるため、引き出したときには用途や金額を記録しておく、その都度、連絡するなどのルールを作っておくのがおすすめです。私は従妹同士でグループLINEを作り、冠婚葬祭などの連絡を取り合っていますが、そうした方法も便利です。

すべての金融機関が家族信託や代理出金機能付き信託を扱っているわけではありませんが、こうした高齢者の悩みに対応するサービスは増えつつあります。親が利用している金融機関のサービスを調べてみるのもよさそうです。