女性の幸福度は時代とともにどう変化してきたのか
時代とともに、さまざまなものが変化していきます。
筆者が子どもの頃、携帯電話やインターネットもなく、情報はテレビや本から得る方法が主流でした。また、ゲーム機と言えば、ファミコンやスーパーファミコンがメインであり、小学5年生になる頃にセガサターンが出てきたように記憶しています。
今ではスマートフォンを使えばさまざまな情報がすぐ手に入ります。また、ゲーム機は多くの種類があり、それらの画像は驚くほどきれいです。
このように、時代にとともに多くのものが変わっていきます。女性を取り巻く環境も例外ではありません。以前よりも確実に結婚・出産後に働く女性が増え、社会で活躍する場面も増えています。
ここで疑問になるのは、「日本の女性の幸福度がどのように変化してきたのか」という点です。さまざまな時代の変化の影響によって、日本の女性はより幸せになってきたのでしょうか。それとも、その逆なのでしょうか。
アメリカでは女性の幸福度が低下している
女性の幸福度がどう変化してきたのかといった点は、欧米諸国でも関心があり、研究が進められています。
この中でミシガン大学のスティーブンソン教授とウォルファース教授が興味深い分析結果を示しています(※1)。
彼女たちはアメリカの男女別の幸福度の推移を分析し、1970年代以降、男性の幸福度があまり大きな変化は見られないことに対して、女性の幸福度が低下傾向にあることを明らかにしました。
この結果、アメリカの女性は男性と比較して、近年になるほど幸せではなくなってきているというわけです。実は、このような女性の幸福度の低下傾向は、ヨーロッパ諸国でも観察される現象です。
[1]Stevenson, B. and J. Wolfers (2009) “The Paradox of Declining Female Happiness”, American Economic Journal: Economic Policy, Vol. 1, No. 2, pp. 190–225.
環境の改善とともに幸福度が下がる「幸福度のパラドックス」
欧米諸国の女性を取り巻く環境の変化を考えると、「女性の幸福度が低下する」という状況はやや驚きを隠せません。
なぜならば、客観的に女性を取り巻く環境を見ると、時代とともに改善してきているためです。
男女間の学歴、賃金、労働参加率、家庭内の家事・育児時間の格差は、縮小傾向にあります。特に、多くの欧米諸国において、大学に準ずる高等教育を受ける比率は、女性の方が男性よりも高くなっています。
これらの指標は、いずれも家庭内外における女性の地位が向上してきていることを意味します。
それなのに、女性の幸福度は低下する。
このような女性を取り巻く環境と幸福度が逆行する状況は、「幸福度のパラドックス」と言われています。
スティーブンソン教授とウォルファース教授は「幸福のパラドックス」が生じる理由として、①データでは計測できていない重要な社会経済的要因の変化や、②女性を取り巻く環境の変化に伴って、女性の幸福度に影響を及ぼす構成要素に変化が生じた、という可能性を指摘しています。
欧米諸国と比較して、複雑な日本の状況
日本の状況を見ると、欧米諸国と比較して、やや複雑です。
日本でも男女間の学歴、賃金、労働参加率、家庭内の家事・育児時間の格差は縮小傾向にあります。時代とともに女性を取り巻く環境は改善してきていると言えるでしょう。
しかし、日本における家庭内外の男女間格差は、欧米諸国と比較して依然として大きい状況にあります。また、「男性=仕事、女性=家事・育児」といった性別役割分業意識が色濃く残っており、目には見えない男女間格差が存在しています。これが大きな障害となっており、女性の社会進出が進んでも、女性に家事・育児負担が偏る構造が残っています。
これらの状況を考えた場合、「日本の女性の幸福度が時代とともにどのように変化してきたのか」という問いは、非常に興味深いものになると言えるでしょう。
はたして実態はどうなっているのでしょうか。「幸福度のパラドックス」は日本でも観察されるのでしょうか。
日本の女性の幸福度は上昇している
この問に対して、ズバリ答えたのが国際医療福祉大学の光山奈保子准教授と国際協力機構 緒方貞子平和開発研究所の清水谷諭上席研究員の研究です(※2)。
彼女たちの研究は、2000年から2010年までの間で、日本の男女の幸福度がどのように変化したのかを分析しています。その結果、次の2点が明らかになりました。
1つ目は、「女性の幸福度が緩やかに上昇している」という点です。女性の幸福度の推移を見ると、2000年代前半では大きな変化は見られませんでしたが、2000年代後半になると、上昇傾向にあることがわかりました。
2つ目は、「男性の幸福度が女性よりも低くなっている」という点です。男性の幸福度の推移を見ると、2000年代前半にやや落ち込み、その後持ち直していったことがわかりました。この結果、女性と比較して、男性の幸福度が相対的に低くなっています。
以上の結果をまとめると、2000年から2010年までの間で、日本の女性の幸福度は上昇したと言えるでしょう。日本では「幸福度のパラドックス」が観察されないというわけです。
この動きは、欧米諸国のトレンドとは逆行していますが、女性が幸せになっているため、むしろ望ましい動きだと言えるでしょう。
さて、ここで次に気になるのは、「なぜ日本の女性の幸福度が上昇してきたのか」という点です。
[2] Mitsuyama, N. & S, Shimizutani (2019) "Male and Female Happiness in Japan during the 2000s: Trends During Era of Promotion of Active Participation by Women in Society," The Japanese Economic Review, Springer, vol. 70(2), pp. 189-209, June.
仕事以外の要因が女性の幸福度向上のカギ
実は光山奈保子准教授と清水谷諭上席研究員の研究では、女性の幸福度が上昇した原因までは分析されていません。
ただ、さまざまな個人属性別の分析を行い、「どのような女性の幸福度が特に上昇したのか」という点は明らかにされています。
この結果を見ると、若年層の女性(特に20~34歳)、子どものいない女性、短大を卒業した女性ほど、幸福度が上昇する傾向にありました。これに対して、結婚しているかどうかや働いているかどうかは、女性の幸福度に明確なプラスの影響をもたらしていませんでした。
少子化の進行が女性の幸福度を高めた可能性
以上の分析結果を基にすると、以下のような推論が成り立ちます。
まず、2000年以降も女性の社会進出が進み、女性が仕事の面で活躍する機会が増えてきましましたが、これが必ずしも女性の幸福度の向上に役立っていない可能性があります。
また、2000年以降、出生数は緩やかに低下しているため、子どもを持つ女性の数が減少していると考えられます。これが女性の幸福度の向上に寄与している可能性があるわけです。
実は日本では、子どもを持つ女性の幸福度が低くなる傾向があります(前回の記事「『子どものいる女性のほうが、幸福度が低い』少子化が加速するシンプルな理由」もご参照ください)。
このため、少子化の進行が女性の幸福度を押し上げた可能性があります。これはショッキングですが、ありうるシナリオではないでしょうか。ただこれはあくまでも「推論」です。この点はデータを用いてさらに検証すべき論点でしょう。
2010年以降の研究が待たれる
これまでの研究結果が明らかにしたように、少なくとも2000年から2010年までの間、日本の女性の幸福度は緩やかに上昇しています。この動きは望ましいものです。
しかし、2010年以降に女性の幸福度がどのように推移したのかという点はまだ研究がなく、明らかになっていません。2010年以降、東日本大震災やコロナ禍といった日本全体に大きな影響を及ぼした出来事もあり、女性の幸福度にも変化がみられると予想されます。
これらの点を考慮したうえで、改めて「日本の女性は幸せになっているのか」という点を分析していく必要があるでしょう。