サステナブルという言葉が浸透しつつある現在。知識ばかりが先行しそうになるが、私たちができそうなこととはどんなことだろうか……。「今すぐできること」をテーマにしたこの連載、今月は、サステナブル上手な人が持っている5つの神器を紹介する——。
廃棄物の分別をする女性
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毎日使うもの、捨ててしまうものから考えるサステナブル神器

私たちが地球の未来のためにできるサステナブルな活動の第一歩として、エコバッグやマイボトルは、今や私たちの生活にすっかり浸透したアイテムだけれど、そのほかにも気負わず心地よく使えそうなサステナブルなエコアイテムとはなんだろうか。まずは「捨てない」ことを基本に考えてみたい。

1.ステンレスストロー

マイボトルとセットで持ち歩いている人が多いのがストロー。ここ最近、さまざまな大手企業がプラスチックゴミの削減に取り組んでいることから、紙ストローにチェンジしたところも多いけれど、そもそもは使い捨てのものを出さないことがベスト。紙であれプラスチックであれ“一度きりで捨てる”ことが問題なのだ。

そこでオススメしたいのがステンレス製のストロー。繰り返し使えるのはもちろんのこと、使っている途中でふやけてフニャフニャになることもない。持ち運びに考慮してスライド式になっているものもあるし、抗菌加工がしているものにいたっては衛生面も安心。

2.マイカトラリー

コンビニのお弁当やテイクアウトランチのときにはほぼ使い捨てになるお箸やスプーン、フォークなどのカトラリー。また「洗いものが面倒だから」と、自宅でもそれらを使っている人もいるかもしれない。

しかし当然ながら、プラスチックのカトラリーも大量のゴミを出す要因。これまでのように“ただでもらえて使ったらすぐ捨てる”という安易な発想ではなく、さまざまな要因で水を使えないとき、もしくは災害の時に……など、状況に合わせて“あえて”使うものと意識を変えるように心がけたい。

3.ドギーバッグ

コロナ禍でますます盛んになった食品のテイクアウト。一方で、プラスチック容器の廃棄ゴミが一気に増えた。そこで取り入れたいのがドギーバッグ。もともとは飲食店などで外食した際の食べ残しを(もちろん店の承諾を得たうえで)持ち帰るためのものだが、そもそも飲食店で提供してくれるドギーバッグ用容器も使い捨てであることが多い。ならば自宅から繰り返し使える容器を持参して活用することで地球環境にもやさしく、節約にもなり、そしてなんといっても食べものを不本意に残さずとも済む。持ち帰った食品は次の食事やお弁当のおかずなどにリメイクすることだってできて一石二鳥、三鳥にもなる。

シンプルなプラスチックのタッパーであれば、商店街での買い物でお総菜や食材などの持ち帰りにも便利。プラスチックは本来、丈夫で便利な素材。プラスチック=悪と考えず、こちらも繰り返し使い、手放すときにはきちんと捨てることを徹底しよう。

4.エコラップ

食品を包むラップ類は通常使い捨てされがちだが、それを見直すのはどうだろう。捨てるたびに、罪悪感をもっていた人もいるだろう。

そこでオススメしたいのは繰り返し使えるミツロウラップ。ミツバチの巣を原料としているミツロウでコーティングされた布は、丈夫で何度も洗って使えるうえにお皿などにもしっかりとくっつくので、使い勝手に遜色はない。ラップフィルムにはない程よい通気性とミツロウの抗菌力があいまって、食品の鮮度も長持ちするので食品ロス防止にもひと役買ってくれそうだ。

2018年9月4日、インドネシア・バンドゥンに積み上げられた廃プラスチック
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すべてを完璧に使いこなせなかったとしても、それでいい

5.コットン製の洗濯ネット

衣類にダメージを与えないように使用する洗濯ネット。多くの人が使っているのはナイロン製のものではないだろうか? 天然素材、化学繊維でできた衣類はもちろん、ナイロン製の洗濯ネットなどすべての繊維製品は、洗濯をするたびに繊維状のマイクロファイバーが抜け落ちて排水され、処理場で濾過しきれずに海洋へと流出する。マイクロプラスチックでもある化学繊維でできたマイクロファイバーは生分解性が低いため、海中を漂い続ける。だから、洗濯ネットさえ使えば環境にとってベストだとはいえないのだ。

何でもいいと思って洗濯ネットを選んでいるのなら、次の買い替えの際にはコットン製の洗濯ネットはいかがだろう。マイクロファイバーとなって海洋に流出しても生分解性が高いため環境にやさしく、見た目におしゃれなものが多いので、検討してみるのも手だ。

さらなるサステナブルな生活のための第一歩となる5つの神器。その日の予定や荷物の量によって、これらを完璧に使いこなせないこともあるだろう。けれど、それでいいのだ。私たちが地球のためにやろうとしていることは、同時に日々の生活に深くかかわりのあることばかり。意識を高く持ちつつも長い目で見て、一人ひとりが自然と無理なく、地道に続けていくことが大切だろう。