コロナ禍で「GIGAスクール構想」が前倒しになり、2020年度中に全国の小中学校で「児童生徒1人に1台のパソコン」が配布された。しかし東京都狛江市立狛江第三小学校の特別支援学級では3年前からタブレットパソコンを授業に取り入れており、コロナ禍では、通常級に先駆けてオンライン授業も導入。今やタブレットは、学びに欠かせないツールになっているという――。
狛江第三小学校校長の荒川元邦さん(左)と、同校自閉症・情緒障害特別支援学級指導教諭の森村美和子さん(右)
写真=太田美由紀
狛江第三小学校校長の荒川元邦さん(左)と、同校自閉症・情緒障害特別支援学級指導教諭の森村美和子さん(右)

「子どもを変える」のでなく「環境を変える」

日本の公立小中学校の中には、知的障害や身体障害、自閉症や情緒障害のある子どもたちの学びの場として「特別支援学級」が設置されており、2019年度には約28万人が在籍。このうちの約半数が、自閉症や情緒障害を持つ子どもたちで、10年前の2.7倍になっている。

こうした子どもたちは、対人関係に困難を抱え、興味や関心が狭く特定のものにこだわる、感情や気分のコントロールが難しいなどの傾向があるため、自閉症・情緒障害特別支援学級では、安心して学習に集中するために必要な支援を行っている。

東京都狛江市立狛江第三小学校には、3年前から自閉症・情緒障害特別支援学級が設置されている。知的に障害のない子どもたちが通う少人数の学級だ。

大人数の通常の教室ではさまざまな音やにおい、人の視線が気になる、大勢の前での発表に抵抗がある、長時間同じ姿勢でいられないなど、集中して学習に取り組むことが難しくても、狛江三小の特別支援学級では一人ひとりに合ったペースや方法を選んで学ぶことができる。担任は指導教諭の森村美和子さんだ。

「子どもたちに『ここはどんなところ?』とたずねると、『静かに勉強でき、楽しいところ。自分のペースで勉強できる』『少人数で雰囲気も良くて学校に来やすくなりました』と教えてくれます」(担任・森村さん)

環境のデザインにも大きな特徴がある。教室の机や椅子は通常の学級とは全く異なる。教室の真ん中にはみんなで囲むことのできる机を用意し、その脇にはそれぞれが落ち着いて学べる個別のスペースを確保している。教室の一部に畳を敷いたり、段ボールで小さな部屋を作ったりしてリラックスできるスペースを自分たちで作ることもできる。

環境を整えることで、子どもたちは得意な力を伸ばせるようになるという。「集中できない子どもたち」を変えるのではなく、「子どもたちが集中できない環境」を変える。これはどんな子どもたちにも必要なことだ。特別支援学級の子どもたちは、すべての子どもたちへの大切な視点を教えてくれる。

「基本は、子どもの好き、子どもの世界を楽しむことです。自分の気持ちを話せる場を作ることを心がけながら、教科学習にもつなげていく。子どもたちの声に耳を傾けながら、その子がどのように学ぶのがいいのかを一緒に考える毎日です」(担任・森村さん)

狛江第三小学校の特別支援学級の教室。ゆらゆら揺れる椅子やバランスボール、体をしっかりとホールドする椅子などから選べる
写真提供=狛江市立狛江第三小学校
狛江第三小学校の特別支援学級の教室。ゆらゆら揺れる椅子やバランスボール、体をしっかりとホールドする椅子などから選べる

カレーライスが嫌いな理由

教育課程(カリキュラム)や教科書などは通常の学級と同じで、少人数での教科学習や委員会、行事などもある。通常の学級にも交流という形で参加することができるほか、自立活動という特別プログラムを組むこともできる。

「自立活動の一つとして、『気持ちコップ君』を使って気持ちを表現し、友達と共有する時間を作っています。あるテーマに対して、自分の気持ちに近いところにコップを置き、その理由を伝え合います。例えば、ほとんどの子どもたちに人気のカレーライスですが、このクラスでは、あまり好きではない子どもたちが多いのです。その理由を聞くと、『ジャガイモとニンジンの味が同時にして耐えがたい』『絵的にどうかと思う』『白いご飯は別にして食べたい』と教えてくれました」(担任・森村さん)

「気持ちコップ君」を使った授業の様子
写真提供=狛江市立狛江第三小学校
「気持ちコップ君」を使った授業の様子

こうした感覚の過敏さが、ほかの子どもたちとの違いを感じることにつながり、教室で過ごしづらくなることも多い。教室では「たくさんの音が気になって集中できない」「においが気になる」「視線が怖いので緊張してしまう」こともある。しかし、ヘッドホン状のイヤーマフをして音を遮断したり、パーテーションなどを立てて周りの視線をさえぎったりすることで集中できるようになる。自分の気持ちを言語化すれば、自分で対策を考えられるようになるという。

学校に来られなくなった子どものリモート授業

狛江市では、GIGAスクール構想により昨年2020年10月に1人1台のタブレットパソコンが配備された。しかし2018年度にはすでに各小中学校に80台ずつ、特別支援学級がある学校にはさらに10台多くタブレットが配備されており、このクラスでも、授業で積極的にタブレットを活用していた。

人前で発表することが苦手でも、パーテーションの後ろに立ちプレゼンソフトを使えば、知らない人がいる前でも発表ができる。プログラミングの授業では、ゲーム作りや作曲などでその力を発揮し、先生たちを驚かせていた。

タブレット活用が進んでいたことは、コロナ禍でも生きた。子どもたちはすでにタブレットに慣れているため、オンラインの導入に必要なのは発想の転換と学校の決断だった。

「今まで、タブレットをオンラインでつなぐことは全く思いつかなかったのですが、コロナ禍で教員もオンライン会議をするようになり、授業でも使えるのではないかと思いました」(担任・森村さん)

試行錯誤しながらオンラインを使って新しい取り組みにも挑戦した。特別支援学級の教室から通常級の授業にオンラインでつなぐことができるようになり、通常級の子どもたちとのコミュニケーションも自然に増えていった。

「『授業中にオンラインの対応をしてもらうのは難しいかもしれない』と思いながら、特別支援学級と通常級をつなげたいと相談すると、通常級で授業をする教員も『やってみましょう』と快諾してくれました。オンラインなら集団に入る大変さが軽減されます。友達に質問をしたり、クラスの様子を見たり、進み具合を聞いたりすることも気軽にでき、気持ちが不安定になったときには画面を消すこともできます。

集団に入ることで疲れて授業に集中できない子どもたちにとっては、今までは『自分がダメだからできない』と思っていたことが、環境さえ整えればできることがわかって自信につながりました。何度かオンラインでつなぐと安心できるのか、『今日はみんながいる(通常級の)教室に行ってみようかな』と自分から言うことも増えています」(森村さん)

自宅と教室をつないだ図工の授業の様子。作業台の上にタブレットを置けば、クラスメートの隣にいる感覚で創作活動ができる。写真=狛江市立狛江第三小学校提供
自宅と教室をつないだ図工の授業の様子。作業台の上にタブレットを置けば、クラスメートの隣にいる感覚で創作活動ができる。写真=狛江市立狛江第三小学校提供

昨年春の一斉休校の後には、学校に来られなくなった子もいたが、自宅と教室を直接オンラインでつないで授業に参加することができ、出席が認められるようにもなった。

森村さんは語る。

「一斉休校の後、子どもたちも気持ちが不安定になりましたし、私自身もどうしていいかわからず落ち込んでいました。でも、その時の校長先生の言葉に本当に救われました」

校長の荒川さんは、森村さんにこう伝えていた。

「常識にとらわれず、子どもたちにとっていいと思うものなら、なんでもやってみるといい」

「(教室と外部をインターネットでライブでつなぐ)オンラインに最初に取り組んだのは2020年7月のことでしたが、校長に相談したらすぐに狛江市教育委員会に確認して許可をもらうことができました。おかげで、大学や企業など、外部との連携も進めることができました」と森村さんは振り返る。

「においに敏感」を武器に、香り開発に参加

こうしてこのクラスでは、昨年からオンラインを利用して、大学や企業とのプロジェクトにも参加するようになった。

同じく7月には、東京芸術大学COI拠点(センターオブイノベーション)でインクルーシブアーツ教育を研究する新井鷗子特任教授からの働きかけで、2020年9月26日東京芸術劇場で行われたイベント「ボンクリ(ボーン・クリエイティブ)・フェス2020」の会場で漂わせる新しい香りを生み出すプロジェクトが始まった。

香料会社、芸大の研究室、教室をオンラインでつなぎ、香りの共同研究を進めた。まず「クリエイティブとは何か」について子どもたちが考え、イメージを共有。香料会社がそのイメージをもとに香りのサンプルを20種類ほど作り、送付されたそのサンプルを子どもたちが嗅ぎながら意見を出して「クリエイティブな香り」をつくり上げていった。

香料会社や東京芸術大学と取り組んだ「香り開発」プロジェクトに関する掲示
写真=太田美由紀撮影

においに敏感な子どもたちは、教室や人混みでさまざまなにおいが気になって、嫌な気分になったり集中することができなくなったりするため、においに敏感なことをネガティブなことと捉えがちだ。しかし、その「においに敏感なこと」自体が、香りの開発には欠かせない力であり、強みになる。芸大の新井さんは、「人と違うことはとても貴重なこと」だと、授業を通して子どもたちに伝えたという。

「子どもたちは『芸大さんのために役に立ちたい』という気持ちになり、前向きに楽しみながら取り組むことができました。そして、それがクリエイティブな活動につながることを教えていただきました」(森村さん)

「ボンクリ・フェス2020」当日、子どもたちは会場に足を運び、自分たちが開発した「クリエイティブな香り」を来場した人たちが楽しむ様子も実際に見ることができたという。これまで弱点だと思っていた自分の特徴が強みになり、誰かのために役立てられることを体験することができた。ある子は、こんな感想を発表している。

「一人だけちがっても、いつかそれがさいのう(才能)になる」

「できない」ことも「できる」に変わる

集団が苦手、新しい場所、新しい人に慣れるまでに時間がかるなどの子どもたちと、オンラインは相性がいい。自分の状態によって、ちょうど良い距離感で授業に参加することができる。

「『みんなと違うからできない』と思っていたことが、リモートを取り入れることで『できる』に変わっていく。これまであきらめていたことも、『できる』に変えられる。それが子どもたちにも伝わったし、私もしっかりと感じられた1年でした」(森村さん)

特別支援学級の子どもたちがプログラムしたゲームで校長先生と対戦。校長先生も夢中になる出来栄え(2019年撮影・写真提供=狛江市立狛江第三小学校)
特別支援学級の子どもたちがプログラムしたゲームで校長先生と対戦。校長先生も夢中になる出来栄え(2019年撮影・写真提供=狛江市立狛江第三小学校)

狛江第三小学校の荒川元邦校長は教えてくれた。

「『失敗をしないように』『トラブルが起きないように』することばかり考えていると、先生も子どもたちも新しいチャレンジができません。子どもたちに任せ、子どもたちが自分で方法を選択し、とにかくやってみる。うまくいかなければ、自分でどうすればいいのかを考える。困ったときは先生や友達と一緒に考える。それが教育です。私たちもその姿勢で臨まなければ、このコロナ禍で先には進めませんでした。

このことを改めて私たちに教えてくれたのは、特別支援学級の子どもたちであり、担任の先生でした。失敗したり、困ったりしたとき、その子ができないことを数えるのではなく、困っていることの原因を取り除き、違う方法がないかみんなで考えてやってみればいい。これは、全ての子どもたち、先生たちに通じる考え方です。タブレットやオンラインの活用はその可能性を広げる一つの方法にすぎません」