最近話題のDX(デジタル・トランスフォーメーション)だが、「せっかくお金と時間をかけて実施したのに、全然成果が出ない」という日本企業は多い。失敗する企業は、何を間違えているのか。企業で行われているDXプロジェクトに詳しい笠原英一さんが解説する――。
燃やされる米ドル紙幣
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もはや議論している場合ではない

先日アメリカ・ニューヨークのコロンビア大学ビジネススクールで、DXのオンライン講義をする機会があった。参加者のコメントで目立ったのが、「もはや、DXに効果があるかどうかを議論する段階ではない」というものだ。

これは、2019年ごろであれば考えられないようなコメントだ。世界中の企業が、コロナ禍で一気に危機感に目覚めたのだろう。以前であれば、こうしたセミナーは「DXで本当に成果が出るのか」を知るために参加する人が中心だったが、今回は「一日も早くDXの成果を出すにはどうしたらいいか知りたい」という人が多かった。

また、以前に比べて担当者の悩みがより具体的になっていると感じた。例えば、あるアメリカのサービス業のDX担当者は「DXを進めないと競争力が失われることは理解しているが、今ビジネスモデルがそれなりに機能しているので、全体を変えるのは躊躇している」と述べていたし、アメリカの食品製造業の企画担当者は「どのようなコンサルティングファームに相談したらよいかわからない」と話していた。

これまで私がプロジェクトを通して体験した国内外の企業の事例やエグゼクティブたちとの会話、コロンビア大での講義を行うにあたって事前に日本で実施した調査結果から、アナログ技術をベースに大きくなった会社がDXプロジェクトを実践する際に、失敗の原因となりやすい3つの間違いを紹介したい。

「デジタルトランスフォーメーション(DX)」と検索された件数

間違い①「デジタル化」を目的にしてしまう

DXの本質は、デジタル時代にふさわしい経営戦略やビジネスモデルを明らかにし、それを実現するためにデジタル技術を活用するところにある。DXに関する研究と教育に関する第一人者であるデビッド・ロジャーズ(コロンビア大学ビジネススクール教授)も、“DX is not about technology, but about new ways of thinking.”  DXとは、デジタル技術に関するものではなく、むしろ新しい思考方法そのものだと述べている。

コロンビア大学院の講義に先立ち、日本におけるDXの状況を明らかにするために調査を実施した(実施時期:2021年3月2日~5日、調査対象:デジタル化プロジェクトの経験がある日本企業の責任者や管理者。対象企業:2974社、回答率:13.2%、有効回答数:392)。

DXプロジェクトの目的と成果との関係

図表2は、その結果を表したチャートだ。「顧客価値の向上」と「業務効率の向上」という2つの目的を掲げてプロジェクトを推進した企業(右上「1」)の成果が平均3.67と、最も高くなった。次に成果が高かったのが、顧客価値か業務効率のどちらかを目指して取り組んだ企業(左上「2」と右下「4」)で、平均3.24。いずれも目的とせず、とりあえずDXプロジェクトを実施した企業(左下「3」)の成果が最も低く、平均3.08だった。

「とりあえずデジタル化」だと失敗する

私自身も、これまで見てきたDXの事例から、明確な目的を持たずに行うDXプロジェクトは失敗しやすいと感じていたが、目的を掲げたDXの方が成果につながることがデータでも表された。

いずれも目的としなかった企業(左下「3」)の数は最も多かった(n=140社)。「DXでどのように顧客価値や業務効率を向上させるのか」という戦略を持たなかったり、またはその戦略を関係者の間でしっかり共有しないままで「とりあえずデジタル化しなくては」とプロジェクトに着手する企業は実際多い。

ある大手製造業の例をご紹介したい。この会社の営業部門では、顧客ごとに販売履歴や受注にいたるまでの取引記録をデジタル化して、そのデータを新たな商品開発や営業提案に結びつけようというプロジェクトが進められた。

何十年にもわたる各顧客との取引記録が、書類やさまざまな形式のデータとしてバラバラに保管されていたが、システム会社の支援も仰ぎ、統一された顧客データベースにまとめることができた。完成にはかなりの金額と時間がかかったのだが、営業提案や商品開発には全く使われることがなかった。典型的な「戦略なきデジタル化」による失敗だ。

まずは戦略を立てるべし

一方、日本の中堅造船所の事例は、成功例として参考になる。

この造船所はまず、顧客価値を高める戦略を立てた。

顧客を①タンカーのオーナー(船主)、②オーナーからタンカーを借りて海運業を行うオペレーター(用船者)、③タンカーに乗り組むクルー(乗組員)の3つに分け、それぞれに提供すべき価値を検討。第一に、オーナーが高い価格で購入してくれるのはどんなタンカーかを考えた。それは、オペレーターが借りたがる、つまりは安定的に稼ぎやすいタンカーだ。稼ぎやすいタンカーを造るためには、今後世界のどの地域からどの地域に何を運ぶ需要が高まるかを考え、人気が出そうな船種を予測する必要がある。こうした情報収集や分析、予測を行うためにDXが必要だと結論付けた。

第二に、オペレーターに対しては、ITを活用した遠隔操作により予防的メンテナンスサービスを提供し、ダウンタイムが発生しないようにすることで価値提供できると判断。また、塗装の膜厚や船底などのコンディションを、造船所がIT技術を使って遠隔モニタリングし、必要なメンテナンスを造船所がオペレーターに代わって実施することも価値を生む。船が常に最高の状態を保てるよう、造船所が管理することで、オペレーターはメンテナンスの負荷を軽減し、本業の運航業務に専念できる。ここにもDXが活きる。

第三に、オペレーターが安定的に船舶を運行するためには、「船員に人気のある船」にしなくてはならない。人手不足の中でもQOL(生活の質)の高いタンカーは優秀な船員を引き付ける。長い航海中に、船員が自由に、陸上にいる家族や友人とコミュニケーションしたり、エンターテインメントを楽しめる通信環境を充実することは欠かせない。優秀な人員確保がしやすい船であれば、オペレーターのサービスが向上して、利益の拡大につながる。

このように、顧客の価値を高めるための戦略を考え、その実現のためにDXを取り入れていったのだ。その結果、顧客価値の向上につながり、オーナーからの引き合いが急増しているという。

間違い②「デジタル技術の専門家」ばかり集める

DXプロジェクトの成否には、プロジェクトチーム作りも大きく影響する。

前述の調査ではあわせて、マッキンゼーが提唱する組織分析の手法をもとに、以下の13の要素を設定し、DXの成果に影響した要素は何かを調べた。

DXプロジェクトチームの組織と成果との関係

「成果が上がったと企業」と「それほど成果が上がらなかった企業」を比べたところ、もっとも差が大きかったのは、「スタッフの専門スキル」だった。しかしここで言う「高い専門スキル」とは、「デジタル技術を知り尽くしている」ことを指すわけではない。

デジタル技術を知っているだけではダメ

デジタル技術の知識は「新しい技術が業務のどの領域で使えるか」が判断できる程度で十分。さらに重要なのは、会社の経営戦略やビジネスモデル、顧客価値などを全社的な視点で考える力や、顧客と接点を持つ事業部門、IT部門、時には顧客など、さまざまな立場の人とコミュニケーションし、課題を共有しながらプロジェクトを進める力だ。頭でっかちなIT専門家でも、デジタル技術に疎いアナログ人材でもうまくいかない。

もちろん、こうした人材はどの事業部でも欲しがるので、取り合いになる可能性が高い。だからといって「とりあえず頭数をそろえてチームを作る」のは失敗のもとだ。目の前にいる人材をポストに当てはめていく「適材適所」ではなく、そのポストに求められる資質を持った人材を探し出して連れてくる「適所適材」のアプローチが求められる。

間違い③「生産性・効率性最優先」で取り組む

日本企業の多くは、高度成長期以来、生産性と効率性の最大化を目的に組織を作ってきている。現在業績が良い事業に投資して生産性を向上させ、さらに事業を拡大していくことこそがビジネスの王道だという考え方である。

しかし、実はこれが、日本企業のDXの足かせになっている。

生産性と効率性に優れた組織は、改善・改良が目的の場合は十分機能するが、DX推進には向かない。「今よりも生産性・効率性を上げる」ための業務が得意な組織は、「(もしかしたら失敗するかもしれないが)まったく新しいことにチャレンジし、これまでになかったような価値を生み出そう」というDXの発想を苦手とすることが多いからだ。

失敗できない組織はDXに失敗する

DXでは、事業の現場を観察して課題を感じ取り、その課題を解決するためのアイデアを出し、プロトタイプ(試作モデル)を作って検証するプロセスを何度も回していく。それには、試行錯誤が欠かせないが、失敗を恐れるあまり仮説を立てるのに時間をかけすぎ、なかなか試せないということが、日本の組織ではよく起こる。しかしそれではいつまでもうまくいかず、プロジェクトが前に進まない。「失敗から学ぶ」、あるいは「早めに意図的に失敗しておく」という考え方が欠かせない。

DXプロジェクトを成功させるためには、これまで日本企業を成功に導いてきた「生産性、効率性最優先」の価値観から一度抜け出す必要があるのだが、これが非常に難しい。

日本の企業は、「生産性や効率性が最優先」というメンタリティが染みついているため、ともすればムダに終わるかもしれない、リスクを内包した新しい取り組みへの投資を避ける傾向がある。DXに限らず、日本企業でなかなかイノベーションが生まれないのは、こうしたメンタリティから抜け出せないことが、背景にあるのではないだろうか。