親が保有する財産がわからず、相続発生後に苦労する子ども世代は多い。新型コロナの感染拡大で「終活」の意識が高まっているいまは、親と財産のことを話すチャンスだ。何を聞いておけばいいか、税理士の井口麻里子さんに解説してもらった――。
遺言書
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コロナ禍で「終活」への意識が高まっている

新型コロナウイルスの感染拡大が「終活」を見直すきっかけになっているようだ。愛知県を中心に葬祭事業を展開する「ティア」が8月に葬儀に関する意識調査を行ったところ、約4割の人が「死に対する意識が変わった」と答えている。

意識が変わったことでとった行動は「生前整理」が45.2%で最も多く、家族との話し合い(44.7%)、エンディングノートの作成(19.0%)と続いている。

「死に対する意識が変わった」という人が取ったアクション

地方の実家から離れて都市部で暮らしている場合には、帰省する機会も限られるだろうから、会うことができたときに、「この先、どう暮らしたいか」などを聞いておくのがおすすめだ。

デジタル化で親の保有資産を確認しにくくなっている

親と話ができたときには、「財産についてもおおよそ確認しておくといいでしょう」と勧めるのは税理士で辻・本郷税理士法人相続部の井口麻里子さんだ。相続が発生してから親の保有財産を確認するのは大変だ。

「親御さんがどんな財産を保有しているかを残さずに亡くなってしまったために、加入していた生命保険に気づかず、保険金を受け取れなかったというケースもあります」

生命保険の保険金は請求しなければ受け取れない。支払っていた保険料が無駄になってしまう。最近はネット銀行やネット証券を利用しているケースも多く、自宅に郵便物が届くことも少なく、親の保有資産を確認しにくくなっている。

帰省した際に「財産の一覧表」を一緒に作ろう

「相続が発生してから慌てないためには、親御さんに財産の一覧表を作ってもらうのがいいですね」

とはいえ、お願いしただけでは、なかなか作ってもらえない。高齢になると、文字を書くのさえ、おっくうになってしまっているからだ。親と会ったときに、一緒に作るのがいいという。

形式にこだわる必要はなく、金融資産であれば、どこの銀行や証券会社に口座があるかを一覧にしていけばいい。ネット銀行やネット証券を利用している場合には、IDやパスワードがわかるようにしておいてもらうことも大事だ。

ノートパソコンの使い方を学ぶシニア男性
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「IDやパスワードがわからないために、親のパソコンを業者に持ち込んで解析してもらったケースもあります」

また、相続が発生した後に自宅の敷地の境界線を巡って隣家とトラブルが発生することがある。境界線ははっきりしているか、もめ事になる可能性はないかなども確認しておきたい。

葬儀やお墓の希望についても確認しておこう

葬儀やお墓の希望について確認しておくことも大事だ。最近は、お墓も多様化し樹木葬や海洋散骨など、さまざまなスタイルが用意されている。「富士山の見える場所で樹木葬にしてほしい」などの希望を持つ親もいるだろう。

葬儀やお墓をどうしたいのか、親の希望がわかっていれば子どもも迷わずにすむ。

「親御さんの希望がわかれば、ドライブを兼ねて一緒に墓地の見学にいくこともできます」

両親がペットを飼っているケースも増えている。万が一の時にペットを誰に託したいのか、そんなところから終活を始めてもいいだろう。そのときに大事なのは、聞くだけではなくノートなどに書いて文字にしておいてもらうことだという。

「私の母が亡くなった際に、それが大事であることを実感しました。何も書き残していなかったので、お葬式やお墓の希望もわからず、通り一遍のものになってしまい、家族としてとても残念でした」

生前に井口さんから母親に「希望を書いておこうよ」と勧めたが、「字を書くのが面倒くさい」「よく目が見えないから……」とそのままになってしまったという。年齢や病気で、親が遺言などを書く気力を急速に失ってしまうことも多い。

親がこの先の人生をどうしたいのか、最期をどう迎えたいのかじっくり耳を傾け、できることは手助けをする。その一環として財産の一覧表も作ってもらうのが理想だろう。

親に遺言を書いてほしければ、まず、自分が書いてみる

葬儀やお墓の希望を確認して、財産の一覧表ができたら、次のステップとして遺言書まで書いてもらえれば、相続の際も安心だ。遺言書がない場合は、遺産分割協議で相続人同士が話し合い、誰がどの財産を引き継ぐかを決める。

きょうだいとはいえ、家庭を持っていればさまざまな事情を抱えている。財産の額がそれほど多くなくても、きょうだいなどが争うケースは珍しくない。裁判所の司法統計(2019年度)によると、遺産分割を巡る争いのうち、遺産額が1000万円以下のケースが約3割を占めている。

遺言書があれば、こうしたもめ事を回避できる。遺産分割協議は必要なく、遺言書の通りに遺産分割をすることになるし、親が決めたことなら子どもも納得しやすい。

ただ、子どもから親に「遺言書を書いてほしい」と頼みにくいのも現実だ。

「まずは、お子さんが自分で遺言を書いてみて、その後で親御さんに勧めるのがいいと思いますよ」

遺言を書く適齢期が55歳のワケ

井口さんは、「55歳になったら遺言を書く」ことを推奨している。自分が55歳くらいになるころ、親はだんだん弱ってくる。60代になると、親の世話が本格的に始まり、自分のことを考えている余裕がなくなるかもしれない。だから、まだ余裕のある50代に、一度遺言を書いてみた方がいいというわけだ。

「遺言は何度でも書き直すことができます。一度書いておけば、書き直すのも簡単ですが、70代や80代になってからはじめて書くのはハードルが高いものです」

つまり、50代で遺言を書くのは、自分自身のためでもあるわけだ。加えて「私も子どものために遺言を書いたら、意外と簡単だったよ。お母さんも一緒に作ってみようよ」と言えば、拒否反応を示す親も少ないはずだ。

自筆証書遺言が手軽に、安心になった

幸い、遺言は書きやすくなっている。自筆証書遺言は費用も掛からず、いつでも作成できる手軽さがある一方で、財産目録を含めてすべて自筆しなければならないのが難点だった。2019年1月からは財産目録の部分はパソコンなどで作成できるようになった。

また、自筆証書遺言の場合、紛失したり偽造されたりする恐れがあったが、2020年7月からは法務局で保管してくれる制度がスタートし、安心感も増した。

法的効力はないが、簡単に自分の意志を文字にできるサービスもある。LINEの「タイムカプセル」は、質問に答えるだけで遺言の文面を作成できる。あるいは残された家族に伝えたいことを記録しておくスマートフォンアプリもある。写真や音声での記録もできるから、体力や気力の衰えた親世代でも簡単に利用できるかもしれない。

実家暮らしの親と会う機会が貴重になっているいま、その時間を大事に使うためにも、会ったときにどんな話をするか、事前に考えて準備をしておきたい。