リーマンショックの真っただ中での就職活動は、思い通りにはいかなかった。就職したのは残業の多い会社。子育てとの両立を想像できず、“次”を決めずに退社してしまった。そんな河島春佳さんが、休みと仕事の区別がつかないほど、没頭できる仕事を見つけるまでの道のりとは――。

休みと仕事の区別がないほどの達成感

「自分の根底にある『好き』を見つけたら、休みと仕事の区別がないんですよね。大学職員をしていて忙しかったときと、労力で比較すれば今も変わらないかもしれない。でも、達成感が違うんです」

生花店で廃棄される「ロスフラワー」をドライフラワーにする「フラワーサイクリスト」という肩書で、百貨店やイベント会場などの装飾家として大活躍しているRIN代表・河島春佳さん。彼女は、フラワーサイクリストとして前進し続ける理由をそう語った。

RIN代表 河島春佳さん 写真=本人提供
RIN代表 河島春佳さん 写真=本人提供

親の転勤で、小さいころから郊外で暮らすことが多かった河島さんは、自然に触れることが当たり前の幼少期を過ごした。とはいえ、当時は花に対して特別な思いを持っていたわけではなかった。

ものづくりが大好きで、編み物を始めれば、8時間でもぶっ続けで編んでいるような子どもだった。小学校の文集には、将来の夢の欄に「デザイナー」と書いたほどで、ずっとその夢を温めながら成長していった。

しかし、大学まで進んだものの、就職活動を始めた頃にはリーマンショックの真っただ中。デザイナーの夢をあきらめたくはなかったが、採用人数が絞られており、自分に合うアパレルを見つけることができなかった。

それでも、選んだのはものづくりに関わる会社だった。初めに就職した玩具メーカーでは、ゲームセンターのプライズ品の企画営業の仕事に就いた。

だが残業が多く、この会社で子育てをしていくという将来的なイメージが全くわかない自分に気づいた。「自分はどんな働き方をしたいんだろう」と人生に立ち止まり、次の仕事も決まっていないのに、24歳で会社を退職することにした。

“次”を決めるための3年間

河島さんは、大学生の頃に、自己啓発書作家である本田健さんの本をたくさん読んでいた。本田さんの本には、「好きなことで仕事をしよう」というメッセージがちりばめられていた。

私も好きな仕事がしたい――そう思うと、もう次の行動に進んでいた。まず、大学職員として3年間働くことにした。大学の職員であれば、休みも安定しているし、残業も少なく、時間に余裕がある。この3年間で次にすることを決めればいい。再スタートのために、自分探しの猶予期間を自らもうけたのだった。

大学時代から付き合いのある友人の中で、起業家の知り合いをたくさん持っている人がいた。起業家と言えば、好きなことを仕事にしている人たちであり、彼らと関わることで自分の意識を高められるのではないか――そう思った河島さんは、その友人を通じて、多くの起業家と会う機会を作ってもらった。

そこで、あるとき風変わりな人に出会った。

彼は郷土菓子の研究者で、3年間勉強したのち、ワーキングホリデーを利用してフランスに渡った。そこまではよくあることかもしれないが、彼の場合、とんでもない帰国の方法を使った。ユーラシア大陸を、ほぼ飛行機を使わずに自転車で横断し、2年間かけて日本に帰ってきたのだと言うのだ。

河島さんはこの話に触発され、普段の行動を変えることで何か見えてくるものがあるかもしれないと、2つのことを始めた。

まず一つは、自然が好きだったこともあり、登山を始めた。登山中は、高山植物の写真をたくさん撮ることが楽しみになった。

もう一つは、ドライフラワーづくりだった。一人暮らしで、花を飾るのが好きだったのだが、ただ飾るのではなく乾燥させてドライフラワーを作ってみたのだ。

好きなことは見つかったが、マネタイズできない

ドライフラワーづくりは自学自習で学んだのだが、次第にドライフラワーがたまってきた。そこで、ある時友人を2、3人集めてドライフラワーを用いたリース作りのワークショップを開いてみることにした。

図らずも、このワークショップの達成感が、河島さんのライフワークを決めることになる。

「これを仕事にしたい」そう思った河島さんは、ワークショップを数回開催したあと、参加人数を10人規模に拡大。友人のカフェを借りて、ワークショップを開催するようになった。参加者からは材料費程度の参加費用をもらうだけで、事業として成り立つようなものではなかった。

2016年ごろには、自分の好きなことが花であり、花を仕事にすることは決めていた。そしてそのころ、学校の職員から転職し、ファッション誌のEC事業で、スタイリストの撮影アシスタントの職に就いた。

この仕事では、クリエーターと接することが多かった。そのため、「花に関する仕事がしたい」という夢を話すと、応援してくれる人ばかりだった。また、写真の撮影現場で仕事をしていたため、撮影空間を作るためにいろいろな人が関わっていることを学ぶことができた。

現場にいれば、空間の作り方は目で見てわかる。たとえば、撮影現場に同じモデルが来ても、カメラマンやヘアメイクの担当者が違えば、全く違う印象を作ることができる。「これは花の世界にも通じるものがある」と感じていた。

花の仕事はまだワークショップだけで、なかなか独立するほどの収入にはならなかったが、このころ大きな転機が訪れる。ワークショップに来てくれたお客さんが、「代々木公園の野外イベントでワークショップをやらないか」と声をかけてくれた。快諾してそのイベントに出店したところ、今度はそこにたまたま来ていた百貨店のバイヤーから、百貨店でのワークショップのオファーがあったのだ。

そこから、百貨店などへ会場を移し、17年には物販も始めることになった。

クリスマスに大量に廃棄される花々

次第に、ワークショップだけでなく、ドライフラワーを使った空間装飾のオファーが来るようになり、花の見せ方や取り扱い方、給水用スポンジの使い方など、技術的なことももっと学ばなければいけないという意識が強くなった。

このころには、撮影アシスタントの仕事と並行して花に関わることができるような短期のアルバイトを始めた。花について、とにかくたくさんのことを現場で学びたかったからだ。

東京・青山で開催されるファーマーズマーケットの出店やフラワーショップの店員のバイトもやってみた。

印象的だったのは、クリスマスの花々だった。クリスマスには用意されていた大量のプロポーズ用の赤いバラが翌日には処分されてしまう。捨てられるのはもったいないという思いが強く残った。

そこで河島さんは一念発起。廃棄予定の花「ロスフラワー」で作ったドライフラワーを用いたブランド「Fun Fun Flower」を立ち上げることを決めた。

クラウドファンディングでフランス留学

花に関する知識と技術をもっと磨かなければと感じていた河島さんは、2018年1月末、花の勉強をするための渡仏資金を、クラウドファンディングで集めることに成功。3週間、フランスで花の文化を学ぶことができた。

フランス滞在は短いとはいえ、得たものは想像以上だった。まず、「朝にチーズとワインと花を買って帰るのが一般的」ということを知り、こうした豊かな文化を日本でも広めたいと思うようになった。

また創造性を非常に重視する文化があり、河島さんの「花について勉強して、これを仕事にしたい」という気持ちを話した時、だれもが当たり前に受け止めてくれた。

また、フランス人は、色彩感覚に非常に敏感なところがあることを知った。

ホームステイ先のホストファミリーは写真家と小説家の夫婦だった。アーティストの家庭だったこともあり、家の中にも美意識がそこかしこに表れていたが、こと色に関してはこだわりがあった。

滞在中に、河島さんは外で生花のアレンジメントのレッスンを受けたのち、その花を家に持って帰ってきていた。夫婦は河島さんが持ち帰った花を眺めては、「ピンクと白のコンビネーションがいいね」「あのサイドテーブルに置くと映える」「この絵の近くがいい」など、毎回鑑賞会を行った。

ある時、深紅ではないバラの一輪挿しを飾っておくと、夫人がそっと置き場所を変えていることに気づいた。理由を聞くと、「元気がない色だから、私は見たくないの」。

色へのこだわりを強く感じるとともに、色や環境も含めて、完成したものを慈しむフランスの文化を垣間見ることができた。

会社を大きくするより文化を広げたい

当時、日本企業にもエコの意識が高まりつつあった。そうした追い風もあり、「ロスフラワー」で作ったドライフラワーによる空間装飾の依頼が帰国後に次々に舞い込み、フラワーサイクリストとして河島さんは引っ張りだこになった。

資生堂主催のイベントにて 写真=本人提供
資生堂グローバルイノベーションセンターでの装飾 写真=本人提供

そして2019年12月、ロスフラワーを利用し、サスティナブルな装花のプロモーション事業を行う会社として、RINを設立した。産地から直接、規格外の花や在庫過多になった花を卸値同様の価格で買い取り、ドライフラワーにして、空間装飾に使用。2020年初めに実施した資生堂グローバルイノベーションセンターの期間限定企画展「サステナブルビューティーガーデン」では、1万5000本もの花を使った。捨てられるはずだった花が、たくさんの人に見てもらい、生かされる。

RINは、フラワーサイクリストの「アンバサダー」とともに、発信や販売を行っている。河島さんは、会社の規模を追求する経営はしない考えだ。会社を大きくするより、文化を広げることに注力する。「日本で『花が好き』だという人は、人口全体の2割だそうです。まずはその2割に響けばいいと思っています」

今年はコロナの影響で、イベントや結婚式が中止になり、花が大量に廃棄される危機的な状況にあった。しかし、「私たちにとってはむしろ追い風になった。廃棄される花を救い、世の中に行きわたらせることができます」と河島さんは前向きだ。

「芸術・文化に対する日本の国家予算はフランスに比べてかなり少ないそうです。この金額からも、日本が文化に対するリソースを割いていないことがわかります。もっとクリエーティブへの理解を深めてもらいたい。まずはロスフラワーを買う文化を広めたいと思っています」

会社を大きくすることよりも、文化を変えることはさらに難しいことだ。これからも河島さんは、花のような笑顔で挑戦し続ける。

構成=藍羽笑生