ニュージーランドは世界で初めて女性参政権を獲得し、これまで3人の女性首相が誕生しています。2017年10月に最年少の37歳で就任したジャシンダ・アーダーン首相は、翌年6月に事実婚で出産し、6週間の産休を取得。新型コロナウイルスへの対応では、迅速な政策で国内への感染拡大を食い止め、語り掛けるような丁寧なコミュニケーションで、国民から高い支持を集めました。ニュージーランド在住のライター、りんみゆきさんがリポートします。
ロックダウン緩和の前日、4月27日の記者会見で国民に語り掛けるジャシンダ・アーダーン首相
ロックダウン緩和の前日、4月27日の記者会見で国民に語り掛けるジャシンダ・アーダーン首相(写真=Avalon/時事通信フォト)

死者ゼロの段階で厳しいロックダウンを実施

ニュージーランド政府は3月19日23時59分に国境を閉鎖し、一週間後の3月25日23時59分には、4週間の予定で完全ロックダウンに入りました。この時点で新型コロナウイルス感染による死者はいなかったため、こうした措置に戸惑う人もいました。他国に比べても厳しいロックダウンで、働けるのは医療従事者や食料品店など必要不可欠な労働者(エッセンシャルワーカー)のみ。営業できるのは食料品店と薬局に限定されました。食料の買い出しは1世帯1人だけが許可され、街は一瞬にしてゴーストタウンと化しました。

「厳しく、素早く」の政策が奏功

3月26日から4月27日までは、完全ロックダウンの状態で最も厳しい「レベル4」とされ、その後5月13日まではデリバリーや一部のビジネスを再開可能とする「レベル3」に引き下げられました。この頃には、感染者数がゼロに近い日が2週間続いたため、5月14日からは「レベル2」となり、ソーシャルディスタンスを保ちながら、ほとんどのビジネスと学校が再開しました。

公園に掲示された、ソーシャルディスタンスの注意書き
公園に掲示された、ソーシャルディスタンスの注意書き

5月30日現在で、死者22人、感染者1504人。新たな感染者は1週間出ておらず、入院中の感染者はゼロになりました。アーダーン首相の、「厳しく、素早く(Go hard, Go early)」戦略は、国民に高く評価されています。

 

丁寧な説明と、迅速な経済支援

アーダーン首相は、ロックダウンの発表から5月22日までの約2カ月間、平日はほぼ毎日記者会見を行い、その様子はテレビやソーシャルメディアで配信されました。会見は手話通訳が付き、英語とマオリ語の挨拶で始まります。

会見には、アシュリー・ブルームフィールド保健局長が同席し、科学的な知見をもって感染者数や感染経路を説明。ロックダウンにともなう行動の制限についても、4つのレベルごとに具体的な例を挙げてわかりやすく伝えました。例えば「レベル4」では近所のジョギングは良いが、車に乗って登山道に行くのは禁止、「レベル2」では、レストランが再開する際は、Seated(着席して飲食する)、Single Server(1つのテーブルについて、対応するスタッフは1人に限定させる)、Separated(テーブルとテーブルの距離を空ける)の「3S」を守るよう求めました。

ロックダウン中、自宅の郵便受けに入っていたチラシ。行動制限についての説明のほか、経済支援申請の連絡先や、暖房器具などが必要な場合の入手方法、不安やストレスを感じた場合の相談窓口などが書かれている
ロックダウン中、自宅の郵便受けに入っていたチラシ。行動制限についての説明のほか、経済支援申請の連絡先や、暖房器具などが必要な場合の入手方法、不安やストレスを感じた場合の相談窓口などが書かれている

ロックダウンによって収入が減少する国民にも、迅速に対応しました。48時間後のロックダウンを予告した翌日の3月24日には、給与補助金について説明。収益の減少などの条件に合致する企業や自営業者は、3月26日からの12週間について、週20時間以上勤務する従業員1人あたり週585.80NZドル(約3万8000円)、週20時間以下の従業員については1人あたり週350NZドル(約2万3000円)が支払われました。条件を満たしていれば、申請の2日後には口座に振り込まれていたそうです。この給与補助金制度は延長され、6月10日以降は、前回とは異なった条件で8週間分が支給されます。

また4月15日の会見では、自身と官僚の報酬を半年間、2割カットすると発表しました。ここで首相は、ロックダウンで多くの国民が経済的に苦しんでいることについて、「みなさんが苦しい思いをされていることを、痛切に感じています」と述べ、「この報酬カットで、政府の財政状況が大きく好転するわけではありません。しかし、誰もが人の命を救い、新型コロナウイルスを撲滅するために行動していることに対し、賛同と感謝の意を表すために決めました」と話しました。

警戒レベル引き下げを発表する会見では、国民に感謝と労いの言葉をかけ、「この努力が無駄にならないよう、次のレベルでも規則を守りましょう」と呼びかけました。科学的な根拠を伴う丁寧な説明や、迅速な経済支援を伴った政策に、納得して従った国民が多く、目立った違反もなく行動制限に従う姿が見られました。

「イースターバニーも歯の妖精もエッセンシャルワーカー」

アーダーン首相は、政策の解説や医学的な説明だけを発信していたわけではありません。時には、子どもたちにも語り掛けています。

ロックダウン中の4月初旬にはイースター(復活祭)がありました。子どもたちは、イースターバニー(復活祭のうさぎ)が庭に運んでくる卵を探すのを楽しみにしています。アーダーン首相は記者会見で、子どもたちにむけてこう話しました。

「イースターバニーは(ロックダウンでも働くことを認められる)エッセンシャルワーカーとみなされるので、安心してくださいね。でも、この状況だと、イースターバニーたちも家族と過ごしていて忙しいかもしれません。だからもし、あなたのところにイースターバニーが来なくても、わかってあげてくださいね」

ニュージーランドではロックダウン中、窓辺にぬいぐるみを置いたり絵を飾ったりして、通りかかる人たちを楽しませる取り組みが広がった
ニュージーランドではロックダウン中、窓辺にぬいぐるみを置いたり絵を飾ったりして、通りかかる人たちを楽しませる取り組みが広がった

さらに、イースターバニーのかわりに、自分でイースターエッグの絵を描いて、外から見えるように窓辺に飾り、近所の子どもたちが散歩などで通りかかったときにイースターエッグ探しができるようにしてはどうかと提案。自身のインスタグラムに、イースターエッグの塗り絵を公開しました。

アーダーン首相は記者会見で、「歯の妖精もエッセンシャルワーカー」と付け加えています。ニュージーランドなどでは、抜けた乳歯を枕の下に置いて寝ると、夜中に歯の妖精がコインに交換してくれるとされているのです。

母の日には、家で子どもたちの勉強を見ながらリモートワークをしている全国の母親にねぎらいの言葉をかけ、ソーシャルメディアでは自身の母親との思い出の写真を投稿。厳しい状況の中でも、人々に寄り添い優しさで包み込む包容力と人間性に、多くの国民が感銘を受けました。

自宅のリビングからも国民に語り掛ける

アーダーン首相は、個人のソーシャルメディアのアカウントでも発信しています。ソーシFacebookのフォロワーは116万人(ニュージーランドの人口は約500万人)以上にのぼっています。

ライブ配信もしており、この中ではFacebookに書き込まれた、国民から寄せられた子どもの登校に関する疑問や、ロックダウンで葬式ができない不安などにも答えています。

ライブ配信は、首都ウェリントンの首相オフィス、移動中の車内、帰宅後の自宅のリビングルームなどから行っており、空き時間をフル活用して、笑顔で国民に語り掛けています。コメント欄には、「世界一のリーダーありがとう」という感謝のメッセージや「疲れているようだからゆっくり休んで」という労いの言葉も書き込まれています。

“Kia Kaha”(強くあれ)、“Be Kind”(優しくあれ)

一部の中小企業の経営者からは、ロックダウンの期間が長すぎたという不満の声も上がっていますが、4月末に行われた国内の世論調査によると、調査対象者の87%が政府のパンデミック対策を支持しています。

記者会見やソーシャルメディアで、アーダーン首相は「Kia Kaha(キアカハ)」「Be Kind」(優しくあれ)という言葉を繰り返し使っています。Be Kindは、他人に対してだけでなく自分に対しても優しくあれという意味が込められています。

Kia Kahaは、2019年3月にクライストチャーチのモスク(イスラム礼拝所)で起こった銃乱射テロ事件の後も首相が使っていた言葉で、マオリ語で「強くあれ」という意味です。この事件のとき、アーダーン首相はイスラム教徒の女性がかぶるヘジャーブ(スカーフ)を身に着けて遺族を訪問し、直ちに銃規制を強化する法律改正を行っています。

ロックダウン中も、首相の「Kia Kaha」と「Be Kind」という呼びかけで、みんなで協力して困難を乗り越えようという一体感を持てたように感じます。そしてこの2つの言葉は、コロナ禍に対するアーダーン首相の姿勢を象徴しているように思います。ニュージーランドの危機対応は、政策とコミュニケーション、リーダーの姿勢や国民への思いのすべてがかみ合ってこその成功だったのではないでしょうか。