※本稿は、Jini『好きなものを「推す」だけ。共感される文章術』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
あなたが言う「推しが尊い」は伝わっていますか?
何のことか、と思われた方に説明すると、「推しが尊い」とはオタクカルチャーにおけるスラングの一つです。読んで字の如く、推しが尊いのだと伝えているわけですが、要するに「尊い」という、身も蓋もない最上位の褒め言葉のみを使い、あえて語彙のない様を表すことによって、推しの神聖さを主張するニュアンスがあります。
私もオタクなので、同じオタクがこの定型文でいわんとしてることはわかります。推しとは尊いものです。ヤバいものです。後光の差す菩薩の如く、無条件に信仰してしまうものです。そういった推しに対する敬服の姿勢から出てくる言葉こそ、この「推しが尊い」という一文なのでしょう。
ですが、果たしてそれが真に推しに対する信仰といえるでしょうか?
尊いといえば、同じ推しを最初から共有する同志と打ち解けることもできるかもしれませんが、推しを知らない人にとっては、布教するどころか、引かれてしまうだけかもしれません。
真に推しに貢献し、布教するエバンジェリストとして、「尊い」以外の言葉で推しの崇高さ、偉大さ、寛大さを伝道してこそ、ソーシャルネットワークの全盛に生きるオタクの使命ではないでしょうか。
「尊い」を伝えるテクニックとは
そんなわけで、まずはレトリックについておさらいしましょう。レトリックとは修辞、すなわち言葉を巧みに用いて効果的に表現する方法です。同じ内容を伝える上でも、言葉を変えれば説得力が増し、興味を引くことができます。
元々、古代ギリシアの弁論術から始まる歴史的な文法ですが、何を隠そう私たちが使うこの日本語ほど、レトリックに富んだ言語はなかなかありません。
特に平安以前から存在したとされる和歌は、その象徴。
あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
万葉集で最も有名な歌人、柿本人麻呂の作品です。小学生の頃、教科書で覚えさせられたという人も多いでしょう。最初の「あしひきの」が「山鳥」を引き出す枕詞になっていて、加えて上の句そのものが「ながながし夜」を導いているという、二重のレトリックになっています。このようなレトリックを、「隠喩(メタファー)」といいます。
レトリックは何を修辞するか、どう修辞するかで無数にパターンがありますが、「推し文」において最もお世話になるのがこの隠喩でしょう。もちろん、推し文に枕詞など高度なものは必要ありません。たとえば次の推し文を見てください。
悪くはありませんが、どこにでもありそうなお店、どこかで読んだような推し文、といった凡庸な印象です。
推したいなら隠喩を使おう
では、推し文に隠喩を導入してみましょう。
「人気の」は「行列の絶えない」に置き換え、「真面目な」は「きりりと口を結んだ」で表現、「丁寧に」は「1枚1枚」、「明るいスタッフ」は「眩しい笑顔で店内を照らす」と言い換えるなどのメタファーを使っています。
意味としてはまったく同じ内容にもかかわらず、個性が生まれ、かつ情景が想像しやすくなったと思います。この、いわば比喩推しは、一種の文学的・娯楽的な表現にも通じる部分があり、読み手・聞き手を楽しませられます。
とはいえ、ここで紹介した例はごく一部、ましてレトリックの中でメタファーは砂漠の砂粒のようなもの。私もまだ麓のキャンプ場地点というほどに奥深い表現技法です。この崇高なる山を登頂しようという方は、特に近現代の短歌などの本を参考にされることをオススメします。
スティーブ・ジョブスも使った3ポイント推し
あなたがつい最近、これは誰かと共有したいなぁと思った「推し」を想像してみてください。あまり評価が良くなかったのに見てみたらすごく泣けた映画? フラッと入ったけど雰囲気がすごくよかったバー? 周りの評判がよかったから実際にドラマで観たらめちゃくちゃツボだった塩顔の演技派優?
誰を、何を思い浮かべたにせよ、やっぱり好きなものですから推したいポイントはたくさんありますよね。仮にとてもよかった映画を1本推すとしましょう。
まず俳優の演技が迫真だったとか、脚本に予想もしないどんでん返しがあったとか、挿入歌がそのままCDを買いたくなるぐらい耳に残ったとか、ただAmazonで100円でレンタルできるくらい安かったとか、まぁとにかくたくさん思い浮かぶはずです。
こうした推しポイントを、箇条書きにしてまとめてください。
出しきったら、箇条書きにして挙げたポイントを三つに絞ってください。たくさんのポイントで推すのではなく、たった三つのポイントで推すことで、推しとしての聞き応えがグッと増します。3点に絞って説明するというのは、かのアップルの創業者、スティーブ・ジョブズのスピーチを見ても、その有効性がわかります。伝説の「iPhone発表プレゼンテーション」においても彼は、「iPod、電話、ネット通信、独立した三つの機能を同時に使える、それがiPhoneなのだ」と説明したことで有名です。
「3点」というのは、人間の短期記憶において最も印象に残りやすい数が3であり、それによって話の輪郭が明確になるからだといわれています。
いわゆる、「3ポイントルール」自体は比較的有名ですが、問題は何かを推すという話術・文章術においてどうやって3ポイントまで絞るか? ということでしょう。
コツは角度を変えること
私は「角度」を重視して3ポイントまで絞ることを奨励しています。
たとえば、V6の岡田准一さん。国民的な俳優にしてモデルであり、演技力、ビジュアル、存在感どこをとっても一流のこの方を推すポイントは、いくらでもありますよね。
そこで重要なのが角度。特に、誰も想像しないような変化球の角度です。3ポイントのうち2ポイントまでは誰でも共感できるような平凡な推しにとどめておき、最後の1ポイントでここぞとばかりに想像できないような変化球を投げる。
これによって一気にその推しが印象深く、また共感されやすくなります。
「演技がうまい」「顔がかっこいい」なんてことは誰でも想像できます。むしろ知っています。しかし、岡田准一さんの演技力、しかも「声」の演技力をポイントに挙げて、スタジオジブリ『ゲド戦記』の主演としての岡田准一がどれだけ素晴らしかったか、これを論じるとなれば、少しは興味がそそられませんか?
極めて強い存在感、孤高を体現したような表情。モデルから俳優まで多様にこなす岡田准一だが、自分にとって彼の最も印象的な活躍は『ゲド戦記』だ。
『ゲド戦記』はアニメなので、岡田准一の印象的なビジュアルは一切出てこない。
しかしだからこそ、岡田准一の色気が十分に伝わる声が立つ。少し不器用さがあるけれど、それが主役のアレンの器用とはいえない人格と見事に絡み、岡田准一の高い演技力と色気が強烈に印象に残る。
こう説明すれば、既に方々で魅力を語りつくされた岡田准一さんの推しといっても、聞き手はちゃんと関心を持って聞いてくれるはずです。