村を丸ごと所有しても夕食はサバの燻製
私の子供達はイギリスのボーディングスクール(良家の子女が通う寄宿学校)に通っています。現在居住しているシンガポールから通わせている親に比べると、現地のイギリス在住の親たちの方がお金にタイトな印象を受けます。
ボーディングスクールの年間学費は4万ポンド超(約530万円超)。イギリス人の平均年収は約3万ポンドなので一般家庭の子供が通える金額ではありません。(ただし、バーサリーという試験にパスすると学費から日用品に至るまで全て免除される奨学金制度があります)
他のヨーロッパ諸国と比べても、クラス(階級)社会がいまだに根強く残っているイギリスですが、そのクラスを決めるために出身校はとても大切なのです。実際、子供が入学してみると、いわゆる“タイトル持ち(サー、ロードなどの貴族的称号を持つ人々)”の家庭も珍しくなく、長男の同級生にはウィキペディアにも掲載してある第一次世界大戦で有名なドイツの将軍の子孫や、誰でも聞いたことがあるような大企業のオーナー一族出身者などもいました。
とはいえ、彼ら全員が楽々とこの高い学費を払っている訳ではありません。由緒ある家庭であればあるほど、いわゆる“アセットリッチ、キャッシュプアー(資産はあるけれど現金なし)”なケースも多いのです。先祖代々の不動産や称号を持っていても、それらが現金を生み出すわけではありません。ゆえに、子供の学費を捻出するために節約に励まなくてはならず、アッパーな彼らは大抵地味で大変な倹約家です。
子供の学校に、小さな村を丸ごと持っているタイトル持ちの家出身の同級生がおり、その両親が所有するマナーハウスを休暇中に訪問、滞在した時のことです。敷地は広大で由緒ある建物でしたが、とにかく古いので、水回りはお世辞にも快適とは言えず、お湯はタンクで貯める方式で使える量が決まっている為、シャワーを浴びている途中にいきなりお湯が水になってしまうこともよくあります。そのためかその一家はシャワーを毎日浴びないそうです。このような古くて無駄に大きい家は途方もない維持費と税金がかかるのでとにかく節約、節約です。
レイディ(貴族夫人)の称号をもつ母親、そして年頃の娘もお化粧っ気はなく、ギンガムチェックや花柄のローラアシュレイ調の素朴な装い。もちろんブランド物とは無縁です。そこかしこに飾ってある先祖の肖像画に見つめられながら夕食のメインはサバの薫製(スーパーで2切れ2.99ポンドで売っている)でした。
休暇はさらに田舎にあるカントリーハウスで過ごします。娘は大学入学前にギャップイヤー(休学)をとり、幼稚園でアルバイトをして貯めたお金でオーストラリアやアジアに旅行してみるのがささやかな夢だそうです。
登校はお父さんのだぶだぶお下がりスーツで
先祖代々、入学する学校が決まっている家庭も珍しくありません。ただ学費はうなぎ登りにあがり続け、ここ10年ほど年間約10%ずつ値上がりしていますが、これはイギリスの過去10年間の平均インフレ率2.7%を大きく上回ります。不動産価格は為替同様、イギリスのEU離脱決定から低迷しており、前述の通り「資産はあるけれど現金なし」な彼らにとって節約しないと生きていけません。
長男の学校には制服がなく、登校はダークカラーのスーツと決められています。香港、シンガポール、ロシアなどからの海外留学生やロンドンシティー(金融街)あたりから来たニューリッチ層の中には、オーダーメイドで有名な高級紳士服店があるサヴィル・ロウ通りで、子供向けのスーツをあつらえる家庭もありますが(すぐに体が大きくなって着られなくなってしまうのに!)、イギリス人の子はお父さんのお下がりのぶかぶかスーツを着て行くのが一般的です。13歳の入学時にはダブダブだったそのスーツも15、6歳ころにはちょうどよくなるのです。制服がある学校の側は、だいたい制服の中古店があり、そこを利用するのが普通です。
ロンドンの名門幼稚園に長男を通わせているときにママ友だったスージーは、旦那様とともに代々ボーディングに通う家系なのですが、10年ほど前にロンドン郊外サリーの10ベッドルーム、敷地10エーカー(約4万平方メートル)の大邸宅に引っ越しました。しかしながら光熱費節約のため冬のボイラー設定温度は15度です。家の中がどんな状態かは想像するに難くなく、住み込みのお手伝いさんはその寒さに耐えられず辞めてしまいました。彼女自身は家の中ではダウンジャケット、ムートンコート、ウェリントンブーツと着られるだけ着込んで冬の寒さを凌いでいます。もちろんユニクロも大愛用だとか。今やお掃除に来てくれる人はいないので自分でやっていると聞いています。
男爵家の結婚式ではトイレの水が流れない
ロンドンに住んでいた頃、主人の友人の結婚式に招待されたときのことです。彼はボーディングスクール出身のイギリス人男性。お父様は男爵です。ロンドン郊外のご両親の邸宅の庭で行われるとの事、失礼のないようにと私は帽子とドレスを新調。まだ小さかった子供はベビーシッターに預け、ウエディングリスト(招待客からのお祝い)に2人で出席だからと500ポンドをご祝儀に入れて片道3時間かけて出かけました。
晴れた5月の青空の下、美しい芝生に真っ白い大テントの下で行われた結婚式はまるで映画の一コマのようでしたが、配られた飲み物をシャンパンと思って見ると、スペインの安価なカヴァ。お料理はビュッフェでしたが、メインはいつ出るのですが? とケータリング係に聞いてみると、こちらがメインですと、前菜だと思っていたコロネーションチキン(鶏肉をカレー粉とマヨネーズで和えた伝統料理)を指さすのです。チキンはソースに埋もれて認識できず、よく肉食のイギリス人が満足できるな、と感心していましたが、とりあえずカヴァをがぶ飲みして胃を満たすしかありません。
もちろん日本のように引き出物があるわけもなく、石造りの美しい邸宅のトイレを使わせていただきましたが、水が流れませんでした。
コロナ不況で学費減額分はすべて寄付
これから本格的にやってくるコロナ不況。かつての米同時多発テロ、リーマン・ショックや日本における東日本大震災の時よりも大規模な経済ダメージが予想されます。一見優雅に見えるイギリス上流階級の人々たちは、先祖代々、不況を経験してきたからこそ、倹約精神を子孫に伝えることが大事な遺産の一部なのです。ただし、どれだけ節約、倹約をしても子供の教育は彼らにとって第一優先。前述のスージーの長男は発達障害専門の私立校に通っており、学費は普通の私立の2倍でした。無事、大学入学を果たしたようで彼女の肩の荷も下りたことでしょう。
諸外国と同じく学校は休校にあり、オンライン授業になったボーディングスクール。次男の学校は今学期の学費が40%割引になりました。するとその40%分を寄付する親が相次ぎました。今回のコロナ不況で家庭の経済状態が変わり、学費が払えなくなった生徒のためで、集まった金額は何と20万ポンドです。さすが本物の上流階級、普段の倹約生活で貯めたお金はこういうところできちんと社会に還元するのです。