ハプスブルク帝国の隅々からグルメを集めて生まれたオーストリア料理は、そのバリエーションの多さと味の豊かさで有名。口の肥えたオーストリア人が、春になると競うように食べる白アスパラガスにも、新型コロナウイルスの影響が出ています。2004年からオーストリア・ウィーンに住む御影実さんがレポートします。
茹でた白アスパラのオランデーズソース添え(手前)と、白アスパラのフライの両方が味わえる、アスパラ専門店の定番料理
茹でた白アスパラのオランデーズソース添え(手前)と、白アスパラのフライの両方が味わえる、アスパラ専門店の定番料理

白アスパラを食べないと、春が来た気がしない

白アスパラガスは、日本でもおなじみの、日の光の下で育つ緑アスパラと異なり、土の中で成長し、光を浴びないまま収穫されます。白アスパラの収穫は、土の畝に埋まっているアスパラを勘と経験で探して収穫しなければならないため、緑のアスパラに比べてスキルが必要な重労働。しかし、その繊細でジューシーな味わいは、春の風物詩として大人気の味覚です。

茹でてオランデーズソースをかけていただく調理法が最もメジャーですが、スープやリゾットにしたり、パン粉を付けてカラっと揚げたり、ホイル蒸しにしたりとさまざま。オーストリア人にとっては「白アスパラを食べなければ、春が来た気がしない」というほどの、季節の味覚です。

しかし、そんな春の代名詞として愛される白アスパラが、今年は危機を迎えています。

白アスパラが棚から消えた!

多くの感染者を出したイタリアと国境を接するオーストリアで、最初のコロナ患者が出たのは2月25日でした。3月16日には感染者が1000人を超え、休校、休業、外出制限が課され、8つの国境は次々と封鎖されます。

これに伴い、アスパラ収穫のための東欧からの季節労働者が入国できなくなりました。熟練収穫労働者がやってくるのは、国境を接するチェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランドだけでなく、さらに東のルーマニアやウクライナまで含まれます。最も人手が必要な時期に、オーストリアの農家は、予期せぬ大規模な作業員不足に悩まされました。

この時期の農作業は、アスパラ収穫だけではありません。イチゴの収穫やブドウ畑の整備のほか、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなどを植えなければ、秋には食糧難に陥ってしまいます。また、家畜の飼育や精肉の分野でも人手不足となり、スーパーでは野菜や精肉の棚が一時的に空になる様子が見られました。

筆者の利用するウィーンのスーパーでは、3月中はスペイン産の白と緑のアスパラが入荷していましたが、4月に入って白アスパラの棚は空になりました。4月中旬を過ぎて、少しずつ国産のアスパラが入荷していますが、例年よりは少なく、割高になるとみられています。

また、毎年私が利用している白アスパラ名産地の農家直売所のウェブサイトには、「今年の販売は緑アスパラのみ」とあり、収穫に人手のかかる白アスパラの収穫が滞っていることを実感させます。

昨年のアスパラ名産地の直売所
昨年のアスパラ名産地の直売所

政府が失業者を農家にマッチング

一方、休業と外出制限により、オーストリアの失業者は激増しました。政府は「クルツアルバイト」と呼ばれる短時間労働制度に多額の特別予算を充て、労働時間を最大90%削減し、8割の給料を保証することで、失業対策と倒産防止に努めました。

政府の必死の対策にもかかわらず、特に観光業、建設業、飲食業の臨時雇用者や芸術関係者は大きな痛手を受け、60万人の失業者が出ています(4月14日現在)。これは戦後の1946年に次ぐ数値で、早急な失業対策が必要とされています。

失業者が大量に発生する一方、人手が足りない分野がある。政府は早い時点でこのギャップに気づき、労働力マッチングのための公的オンラインプラットフォームを立ち上げました。労働時間、期間、農作業経験等を記入すると、農家の方からコンタクトできる仕組みになっています。

このサービスには400以上の農家が申し込み、直近で3500人の労働力が必要とされていることがわかりました。また、今後数カ月の間に、野菜と果物の収穫に5000人、食肉産業で9000人の人手不足が発生すると予測されています。仕事内容は、収穫、洗浄、食品加工、梱包、運搬など。すぐに7000人以上の希望者が申し込み、マッチングが行われました。

申込者に多かったのは、建設業従事者、ウェイター、料理人、店舗販売員、芸術家など、まさに失業者が多い職種です。こうして、国内の余った労働力を、人手の足りない分野へと振り分けることに成功しています。

チャーター機で外国人労働者を連れて来たドイツ

ドイツでは、休業中のマクドナルドの店員が、ディスカウントスーパーALDIのスタッフとして働くなど、人事パートナーシップによる余剰労働力と人手不足のマッチングが行われています。しかし、給料や保険、個人情報の点で一筋縄ではいかない場合もあり、労使ともに協議が重ねられています。

また、オーストリアとは異なり、ドイツでは白アスパラ収穫の労働力不足対策として、ポーランドやルーマニアからの熟練外国人労働者を、チャーター機でまとめて連れてくる策に出ました。これは、ドイツはオーストリアほど観光業に依存していないため、失業者の割合が少なく、失業対策がそこまで急務でないことも原因と考えられます。

このように、同じような問題を抱える国でも、対応は異なる場合もあり、各国知恵を絞っている様子がうかがい知れます。

簡単ではない「適材適所」

農作物を無駄にせず、失業対策にもなるこのシステムは、一石二鳥で画期的かと思われましたが、いくつかの問題点を抱えています。

まず、熟練外国人労働者が担っていた、経験が必要な肉体労働に耐えられる人材がどのくらい集まるか、という点です。都市部の観光業に従事していた人たちが、急に難易度の高い農作業に携わるのは難しいでしょう。このため、スキルの必要な白アスパラ収穫作業よりも、洗浄や運搬等を担当するなど、できる仕事を担当してもらうことが多いようです。

アスパラの太さを分類する作業場
アスパラの太さを分類する作業場

また、農作業の月収は1500ユーロ(手取り1240ユーロ)、時給13ユーロ(手取り7~8ユーロ)です。都市部の失業者が受け取る報酬としては少なすぎ、交渉が決裂する場合もあります。

一方、大学が休校になり時間ができた、農学部の学生が参加する場合があり、これはまさに適材適所と言えるでしょう。農家としては将来の仲間を育てることになり、学生にとっては、実地研修の単位となります。

このほかに、庭園業を営む人や、農家に転職したい人など、農業と比較的近い業種の人が歓迎されているようです。また、難民申請者は、手続きが完了すればすぐにでも働き始めることができるため、すでに収穫作業に従事し、戦力になってきています。

感染対策、姿を見せ始めた白アスパラ

マッチングが成功して働き始めたときに、直面する最大の問題は、現場での感染対策です。

4月23日、初めて筆者の利用するスーパーで、国産白アスパラ(左)が販売されていました。右のスペイン産のアスパラに比べて割高ですが、国産の方がよく売れています
4月23日、初めて筆者の利用するスーパーで、国産白アスパラ(左)が販売されていました。右のスペイン産のアスパラに比べて割高ですが、国産の方がよく売れています

地域の農業協会が整備したガイドラインは、農作業を通じての感染拡大防止のため、作業場所やグループ分け、距離の取り方、道具や休憩時間の管理などについて、細かい規定を設けています。また、各農家に、感染者が出た場合の従業員数や納期等を含めた緊急プランを考えておくよう指導することで、非常時の混乱を最小限にとどめるよう、準備を進めています。

既に、第一陣の新米収穫作業員たちは農地で収穫をはじめ、スーパーの棚にはようやく、最初の国産白アスパラが姿を見せ始めています。

都市生活者のあこがれ、農家の現実

春の白アスパラをこよなく愛すオーストリアでは、予想よりはるかに多くの人たちが農作業への援助を申し出ました。この背景には、失業で時間が空き、収入が必要という以上に、「春になって日の光を浴びて外で体を動かしたい」「憧れののどかな田舎で、大好物を収穫したい」という、都市部の労働者の、農業へのあこがれのようなものがあったのかもしれません。

しかし、実際に働こうとすると、遠い世界だった農家の現実を突きつけられます。食卓に並ぶあのおいしい白アスパラは、低賃金で働く外国人労働者の経験と重労働のたまものであったと、今回初めて知った人も少なくないはずです。

これまで外国人が支えていた国産野菜の収穫と流通を、今は国内の人材が支えています。来年の春には多くのオーストリア人が、自分たちの生活を支える農家と労働者に感謝しながら、以前よりずっと春の味覚を楽しめるようになっていることでしょう。

ウィーン近郊の名産地で購入したばかりの、白、緑、紫のアスパラ
ウィーン近郊の名産地で購入したばかりの、白、緑、紫のアスパラ(2012年撮影)