好きなものを少量ずつ食べたい。シニアの欲求を調査から分析

「おわんで食べるシリーズ」の開発担当者の1人である石原亜希子さんは、2015年ごろからシニア向け新商品の企画に向けた準備を行っていた。その際、国内の袋麺総需要が減少している要因として、日本の人口の重心がシニア層に移動し、袋麺の主要ユーザーである児童がいるファミリー層が減少しているという数字にたどり着いた(図表「発売前①」参照)。そこでまず開発チームは、シニア向けの商品として、彼らの食欲に合わせた少量の袋麺にチャンスがあると推測し、定性調査を行った。

日清食品 マーケティング部 第1グループ主任 藤田美佳さん(左)、マーケティング部 第3グループマネージャー 石原亜希子さん(右)
日清食品 マーケティング部 第1グループ主任 藤田美佳さん(左)、マーケティング部 第3グループマネージャー 石原亜希子さん(右)

「調査で驚いたのが、シニア層の食生活の充実ぶりです。調査対象のシニア層世帯に毎日の食事の写真を送っていただいたのですが、いろんな小鉢が食卓に並んでいる家庭が多い。若いときに比べて食欲が落ち、品数が少なくなっていると思っていたのですが、予想と違ったのです」

石原さんたちは「シニアは、食事を即席麺だけですませたくないという食に対する高い意識を持っている」と推測。さらにバブルを経験した彼らは、目も舌も肥えているので「好きなものを少量ずつ、そして多くの種類を食べたいという欲求がある」と仮説を立てた。

また、シニア層の男女を対象として「袋麺を食べる頻度が減った理由」をたずねた同社のインターネット調査では「自炊率が増えた」「食べる量が減った」という回答が多かった(「発売前②」参照)。「即席麺をそのまま食卓に出すにも、出されるのにも抵抗がある人が多いことも定性調査でわかりました。それならば、食卓に並べても違和感や罪悪感がない“お椀サイズの袋麺”なら受け入れられる、と考えたのです」

発売前①「袋麺需要が減少…さあどうする?」/発売前②「シニア層の袋麺需要の可能性を深掘り」

好スタートの新製品をどこまで伸ばせるか

そして17年に発売された同シリーズは見事にヒット。「シニア向けの商品ですが、若い方にも買っていただけました。美味しさに対する評価だけでなく『使い勝手がいい』というコメントが多かったのが新鮮。人気が定着する予感がしました」

「カップヌードル」「チキンラーメン」「日清のどん兵衛」など、現在6種類を展開。麺と、かやく入り粉末スープのセットが3食入り。
「カップヌードル」「チキンラーメン」「日清のどん兵衛」など、現在6種類を展開。麺と、かやく入り粉末スープのセットが3食入り。

「お椀で食べるシリーズ」の売り上げをどこまで伸ばせるかというミッションを担い、次の担当者となったのが藤田美佳さんだ。「シニアマーケットに可能性があることはわかっていますが、そこはすさまじいほどのレッドオーシャン(競争の激しい市場)。まずは同シリーズの現状を正しく把握するために、購買者の属性、販売チャネルなど、大量のデータを片っ端から見直し、売り上げ拡大のヒントを分析しました」

見直したのはデータだけではない。「毎週末スーパーに行き、シニアの方々の買い物の様子を観察したのです(笑)」。シニアの多くは即席麺コーナーに足を向けないことに気づく。そこで彼らがよく利用する総菜コーナーに販売棚を作り、より手に取ってもらえるような工夫も。

また40~50代の女性が、商品を購入しているボリュームゾーンだとわかったので(「発売後」参照)、“シニア向け商品”とダイレクトに強調するのをやめた。幅広い年代に買ってもらえるよう「お椀で食べるから、食卓のもう一品にちょうどいい」という商品の最大の特長を、わかりやすく訴求したのだ。

発売後「シニア向けと強調しすぎない」

藤田さんは「マーケッターとして成長するには、数字から仮説を導き、反対に仮説から数字を導く、そしてレビューするという地道な努力が必要です」と力説する。一方の石原さんは「定性分析と定量分析を行き来して、そこから得られる数字が商品のヒットにつながることが多い。数字は頼もしい存在ですね」と語る。数字といかにいい友達・相棒になれるか。それが優秀なマーケッターになる近道と言えそうだ。

藤田美佳
日清食品 マーケティング部 第1グループ主任
1985年生まれ。キリンビールのマーケティング部を経て2018年に日清食品入社。主に「カップヌードル」ブランドを担当し、同シリーズの市場浸透に注力。
 

石原亜希子
日清食品 マーケティング部 第3グループマネージャー
1982年生まれ。2015年にフレンテ(現湖池屋)より日清食品に出向後18年に転籍。出向時より「チキンラーメン」ブランドを担当。17年より同シリーズを担当。