新型コロナウイルス感染拡大を受けて2月に入ってからの世界市場は大荒れ状態。今後リーマン・ショック級の影響が出るのか、そして私たちが今とるべきマネー戦略は――。経済評論家の山崎元さんが解説する。
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※写真はイメージです(写真=iStock.com/Chainarong Prasertthai)

「リーマン・ショック級」なのか?

新型コロナウイルス感染症が拡大した影響で、世界の資本市場が「大荒れ」だ。特に、近年経済も株価も好調だった米国の株価下落が著しい。世界の市場はつながっており、特に日本の株式は海外の影響を受けやすく、日本の株価も大きく下落した。

中国に問題がとどまると思われた新型ウイルスの感染症が、欧州や米国など世界に拡がり、多くの国で人の移動の制限、イベントの中止、飲食店・小売店の営業停止などが発令され、経済活動に大きな悪影響が出る事態になったことが直接的な原因だ。

株価の下落ぶりや、政治経済の混乱ぶりは、2007年のサブプライム問題から発して2008年に米国第4位の証券会社だったリーマン・ブラザーズ社が破綻した「リーマン・ショック」に似た雰囲気を醸し出している。諸外国の政府が打ち出している対策を見ると、多くがリーマン・ショックと同等かそれ以上の規模だ。

昨年の消費税率引き上げ前によく聞いた「リーマン・ショック級の事態が起こらなければ(消費税率引き上げを予定通り行う)」という表現で言っていた「リーマン・ショック級」は既に十分満たされているようにも見える。

今後、世界経済にリーマン・ショック級の影響を与えるか否かの鍵は、コロナ問題の経済的影響が金融機関の破綻をもたらすような、金融システム問題につながるかどうかだ。端的に言って、大手銀行が破綻するような事態が起こるかどうかだ。

大丈夫とは言い切れないが……

新型ウイルスは、致死率こそSARSほど高くないものの、インフルエンザ並かそれ以上の感染力を持っているようで、経済への影響は、広く、長く続きそうだ。現在、直接的に心配なのは悪影響を受ける企業の業績や資金繰りであり、金融機関の健全性はリーマン・ショックの頃よりも数字上改善しているが、「大丈夫。リーマン・ショックとはちがう」とは言い切れない。

リーマン・ショックの時は、金融のトラブルが実物経済に及んだが、今度は、実物経済に関わる企業の破綻が金融システムに及んで、金融的なトラブルがさらにリーマン・ショックの時に及ぼしたような悪影響をもたらす可能性があることは否定できない。

一方、各国の政府は、リーマン・ショックの経験を経ているので、対策は当時よりも迅速で大きいかも知れない。政策によるプラスの影響も軽視できない。

いつかは終わる

端的に言って、新しい感染症の影響がリーマン・ショック級のものになる可能性はある。

しかし、そうなった場合でも、新しい感染症は、世界の人類の生活と経済に対する大きな脅威だが、経験的に言って、この種の脅威は「いつかは終わる」。

終わるというのは、主にワクチンや治療法が開発されて、ウイルスの脅威がなくなるケースを指すが、脅威が完全に無くならなくても、この病と社会とが共存するバランスを見つけて、事態が落ちつく状況をも指している。

特に、経済はなかなか「しぶとい」ものなので、最悪に近い場合でも、人はそれなりの対処法を見つけて、経済を動かしていくだろう。

そして、株価は、「その時々に見える限りの将来を反映し、投資のリスクを考慮して」形成される。つまり、理屈から言うと、株価が高い時に投資するのも、低い時に投資するのも、有利不利には差がないはずなのだ。

もっとも、人々の心理は、楽観と悲観の間を揺れ動くので、先の悪化の程度が見通せない時には(後から振り返ると、たぶん今のような時ではないか)、過度の悲観を織り込んだ安すぎる株価が形成されやすい。即ち、大きく下落した株価は、「どちらかと言うと」投資のチャンスであるかも知れないということだ。

株価が下がったところで投資し直そうとしても難しい

新型コロナウイルスによる事態の悪化の可能性に注意が必要だとしても、事態が悪くなる可能性と少なくとも同じくらい、事態が落ち着いて、新型ウイルスに対する人々の気持ちが「得体の知れない恐怖」から「現実的な障害」程度に収まるようになった時に、株価の評価が大幅に改善する可能性も想定しておくべきだ。

既に投資を始めていて、株式や株式に投資する投資信託などを持っている方は、結果はともかく、現在ある情報と常識から判断すると、持っている投資対象を慌てて売らないほうがいい。売ったほうがいいのは、現在持っているリスクを持つ資産への投資額が過大な人だけだ。

それ以外の方は、持っているリスク資産をそのまま持ち続けることが合理的な意思決定になる場合が多いだろう。「変動が激しいから、持っている株式(投信を含む)を売って様子を見よう」、「株価が下がったところで、また投資し直そう」といった考えを実行しても、一般投資家はもちろん、プロのファンドマネージャーにも成功する確率は小さい。

実はこれからも変わらない運用の鉄則5つ

結局、株価の水準は短期間に大きく変わったかも知れないが、投資家がやるべきことや、その背景となる考え方には、大きな変化がないはずなのだ。大きな変動があった後なので、基本的な手順を確認しておこう。

(1)手取り所得の中の必要額(サラリーマン家庭で15%、フリーランスは25%くらい)を計画的且つ継続的に蓄える。

(2)生活費3~6カ月分を除いた「運用資金」を「リスクを取る投資の金額」と「リスクを取らない金額」に振り分ける。この際、リスクを取った運用の想定利回りは年率5%くらいだが、最大3分の1くらいの損があり得るので、損してもいい額の3倍が投資額の上限だ。損の評価については「360万円の損が老後(30年=360カ月)の生活費毎月1万円の減少に相当する」と考えると評価しやすい。

(3)リスクを取る投資額は外国株式と国内株式のインデックス・ファンド(株価指数に連動する投資信託。年率の運用管理費用が必ず0.3%未満のものを選ぶこと)に6:4で投資し、リスクを取らない金額は「個人向け国債変動金利型10年満期」と銀行の普通預金(一人一行1千万円までを守ること)に置く。

(4)iDeCo、NISA、つみたてNISAなどを家計に可能な限り大きな金額で使い、これらの口座には内外株式のインデックス・ファンドで運用する部分を集中させる。

(5)リタイアしたら、余命に余裕(10年くらい)を持った計算で資産を計画的に取り崩す。

資産運用で絶対にしてはいけない愚かなこと

現在、普通の個人にとって適切なお金の運用の方法は上記で尽きている。若くても、高齢でも、高額所得者でも、普通のサラリーマンでも、適切な方法は同じだ。

厳重に注意したいのは、運用商品の選択などを金融機関の窓口で「決して相談しないこと」だ。余計な営業行為を呼び込んで、手数料の高い不適切な商品(窓口で売られている外貨建ての保険や、手数料の高い投資信託は「全て」ダメだ!)を勧められてしまう。

金融機関の担当者に「私は客なのだから、丁寧に構って貰いたい」と思うのは愚かで且つ恥ずかしいことだ。自分で決めた投資を淡々と実行して、投資したら基本的に資産を「ほったらかして」おくことと同時に、自分自身を「ほったらかして」貰うことが、適切にお金を運用する「コツ」だ。

コロナ後、「変化」があるとしたら?

コロナ・ショックが、われわれの生活や社会にどのような変化をもたらすのかは、まだ分からない面が多いが、身近な問題と、将来の可能性の二つに簡単に触れておこう。

今後、コロナウイルスの感染予防のために、時差出勤を行ったり、在宅勤務による「テレワーク」の日が増えたり、或いは、一時期外出に制限が掛かるかも知れない。こうした状況は、我々の働き方に変化をもたらすだろう。

テレワークの実施自体は、少なくとも、通勤の時間の無駄とストレスの削減をもたらす点だけでも大きなメリットがあるし、技術的にもかつてより広い範囲の業務で対応可能になっているから、今後拡がることが確実だ。コロナ問題はこの普及を後押しする。

テレワーク浸透で成果主義が強化される

テレワークでは人の評価により客観性が必要になる。そのため、評価とひいては報酬が仕事の「成果」に連動して決まるようになるので、「成果主義」が強化される。

また、働く人の時間が自由になるので、「副業」がより普及するだろう。

そして、これら2つの変化は、長期的に、独立事業主的な個人が複数の会社と契約して働くような働き方の普及に繋がっていくはずだ。

こうした「働き方」ばかりでなく、在宅勤務やテレワークによる自宅滞在時間の拡大は、日頃家庭に関わっていない働き手(男性が多いだろうか)が、家事や育児の重要性に気づくきっかけともなるだろう。

インフレへの転換の可能性も

最後に、一つ付け加えよう。

今回、コロナ問題に対する世界各国の経済政策は、リーマン・ショック後までの、もっぱら金融緩和政策だけに頼ったものではなく、大きな財政支出を伴うものになる。金融と財政両方の拡大を続けた場合の経済理論的な帰結は「インフレ」だ。当面は、日本はもちろん、他の先進国各国も物価上昇率が低く、デフレが心配であったり、インフレ率が低すぎたりすることが課題なのだが、将来は、インフレ率が上昇し、預金にもそこそこにプラスの金利が付くような状態が訪れれるかも知れない。

今現在は、世界が「日本化」してデフレ傾向を強めていることが問題なので、金融・財政両面で拡張的な政策が採られることは適切なのだが、後で振り返ると、コロナ問題が、デフレ経済からインフレ経済への転換の契機だったということになるのかも知れない。

もっとも、こうしたことが仮に起こるとしても、かなり先の話だ。当面行うべきことは、感染症の予防と健康管理に気を付けることと、あわてずに淡々と基本通りにお金を扱うことだ。