金融の現場で学んだ“数字の客観性”

新卒で野村證券に入社して、最初に担当した職種は「ファイナンシャルアドバイザー」。窓口でお客さまからの資産運用の相談にのることが主な業務で、これが数字と本格的に向き合う生活の始まりでした。最初の1年は日常業務を覚えることで精いっぱい。そのうち「もっと勉強してプロのアドバイザーとしてお客さまの役に立ちたい」という思いが強まりました。それで始めたのが簿記の勉強。会計の基礎といわれる簿記3級の資格取得が、スタートとしてよいだろうと思ったからです。

野村アセットマネジメント 社長 中川順子さん

「貸方」「借方」さえ聞いたことのない状態から勉強を始めましたが、続けていると日常業務で見たり聞いたりしていたことが、系統立ってわかってくる。パーツがかみ合ってジグソーパズルが絵になるような感じです。B/S(貸借対照表)とP/L(損益計算書)のつながり方がわかったときは感動しました。「お金はこうやって回転するんだ」と納得できたのです。

総合職に転換してからは、金融のスペシャリストとして、より幅広い金融や会計の知識を得るために、CMA(日本証券アナリスト協会認定アナリスト)の資格を取りました。 その後、投資銀行部門、財務部門へ配属されましたが、いずれも財務の数字をベースに物事を考える部署。日常的に数字を扱う環境で奮闘する中、数字の持つ客観性がとても大事なことに気づきました。

▼経営状態を「数字で知る」意味とは?
●会社の状況を正確に把握できる。
●競合他社との比較が可能。
●損益の変化が生じた際に原因の特定ができる。
●意思決定のスピードが早くなる。
●社外からの評価の指標となり、投資や融資を受けやすくなる。

ある会社の財務状況を正確に知りたいとき、変化の度合いを知りたいとき、“なんとなくいい”“なんとなく悪い”という曖昧な表現は通用しません。しかし数字の力を使えば、「ここがこういう状態だから、何をすべきか」と明確に言えるようになります。

“数字で見ること”が習慣になる

2011年に野村ホールディングスのCFO(財務統括責任者)になりましたが、このころには、会社の経営状況を“数字で見ること”が習慣化していたと思います。競合他社と比較して自分の会社の弱点を突き止めたり、損益の変化が生じた際に原因を特定する一助にしたり。数字が悪い場合は、何らかの手だてを講じる必要があるので、意思決定のスピードを早くすることはとても重要です。

私がCFOに就任した時期は、欧州債務危機の影響が尾を引いていたり、金融市場の動きが不安定になったりと、会社の業績も厳しい状況でした。でも業績がよいときより、ちょっと悪いぐらいのときのほうが緊張感を持って課題に挑めます。決算発表時には耳の痛い意見を受けて、胃が痛む思いもしましたが、今となってはよい勉強ですね。のちに今の会社の社長就任をオファーされたときも、その瞬間はプレッシャーを感じました。でも、周囲の思いに応えたい、会社から期待された役割をまっとうしたいと決意したのです。

経営者同士の会合では「今年の業績はどうか」など、よく数字を根拠にした話が飛び交います。上場企業は決算が公開されているので、事前に調べるのはマスト。名刺交換をした後、話のつなぎにもなります。これは相手のことを知るうえでの礼儀であり「あなたに関心を持っていますよ」という証しでもあるのです。

▼数字や財務の学びの本
暗号解読』(The Code Book)上下
●サイモン・シン著(新潮文庫)
フェルマーの最終定理』の著者が描く天才たちのドラマ。数学や数字がそれほど好きでなくともサスペンスやクイズなどが好きなら楽しめる。
財務会計論
●飯野利夫著(同文舘出版)
財務会計全般にわたり、独学でも理解できるように体系的にまとめて詳述。飯野会計学の集大成でもある名著。
▼愛読書
マイ・ストーリー』(Becoming)
●ミシェル・オバマ著(集英社)
オバマ前米国大統領の夫人、ミシェル・オバマ氏の回顧録。ファーストレディーとして一躍脚光を浴びた彼女だが、その人生は悩み多きもので、世界中の女性が共感した。中川さんも“生きる意味と力”を強く感じた1人。