シンガポール在住、ファイナンシャル・プランナーの花輪陽子です。世界経済フォーラム(WEF)は2019年版の「世界競争力報告」を発表し、シンガポールが1位、米国が2位、香港が3位、日本が6位となりました。1位のシンガポールや3位の香港は「金融システム」「マクロ経済の安定性」などが高評価でした。しかし、香港に関しては、長引くデモの影響から資金がシンガポールに流れ始めています。
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「ゴールデン・ビザ」目当てに不動産を買う富裕層

今、香港は超富裕層のお金の置き場として黄信号が点滅している状況です。お金というものはより安全なところに流れるもの。ブルームバーグの記事「ファミリーオフィス、脱香港や資金移動の自由について助言求める」からもわかるように、超富裕層はシンガポールに拠点を置く銀行に資金を移し始めており、シンガポールの方がより安全でビジネスもしやすいと考えているのです。富裕層向けの資産運用を行うファミリーオフィスのシンガポールでの設立数も増えています(日本経済新聞「富裕層のファミリーオフィス、シンガポールで設立増」)。

また、香港の富裕層が「ゴールデン・ビザ」を目当てに不動産を買い始めているという報道もあります。(BBC【香港デモ】富裕層が「ゴールデン・ビザ」取得 海外移住視野に

ゴールデン・ビザとは、世界の多くの国で導入している制度で、一定額の投資や不動産購入などを条件に、居住権や市民権を与えるものです。欧州やカリブ海沿岸諸国などで盛んに行われており、ビザ発給国は、移住希望者に対して不動産や国債の購入、あるいは一定額以上の投資を条件としているのが一般です。

例えば、ギリシャの場合、3000万円程度からこのビザが取得可能です。ギリシャ経済は2009年の債務危機から日本ではネガティブな報道が目立っていますが、その裏で中国人が不動産を爆買いしていることをご存知でしょうか。お目当ては「ゴールデン・ビザ」で、底値の不動産価格が続いているのもお買い得だと考えたのでしょう。このビザは投資金額が最も少なくて済む国だと2000万円弱からあるようですが、まさに中華系は抜け目ないのです。デモが過激化している香港は、超富裕層(ウルトラハイネットワース)の密度が世界一高いエリアでもあります。香港に住むウルトラハイネットワース達も長引くデモからこのビザを検討している人も多いようです。

お金の置き場として、安心安全なシンガポール

シンガポールを一言で言い表すと「政府が賢い国」ということができます。1963年に英国から独立し、東南アジアの貿易や金融の中心として急発展した数少ない成功事例と言えるでしょう。人口約560万人、国土は東京都23区と同程度にも関わらず、低い法人税率や投資優遇措置などで外資を積極的に誘導して東南アジアのバブとしての地位を確固たるものとしました。

人口が少なく、出生率が低い国が成長を続けるには優秀な人材を海外から引き寄せることが必要です。「各国の駐在員が働きたい国ランキング」(英国・金融大手HSBCホールディングス調査)においては、1位はスイス、2位はシンガポール、3位はカナダ、4位はスペイン、5位はニュージーランド、6位はオーストラリアで、32位は日本でした。

シンガポールは日本並みに安全な国でもあります。英国・エコノミスト誌の調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が発表した「世界の都市安全性指数ランキング」では、1位は東京、2位はシンガポール、3位は大阪でした。この調査は世界の主要60都市を対象に、57の指標を「サイバーセキュリティ」「医療・健康環境の安全性」「インフラの安全性」「個人の安全性」の4分野に分けて分析したものになります。

さらにシンガポールは自然災害や紛争のリスクも低いのです。英保険組織のロイズが、ケンブリッジ大学と共同で行っている都市リスクの指標では、紛争や災害の脅威を試算していますが、自然災害のリスクは、東京が第1位、大阪が第6位となっています。これに対してシンガポールのリスクは非常に低く、考えられる最大のリスクは金融危機です。

狭い国土で新しい国だからこそ、高度な都市インフラを整備することができ、富裕層や高度人材を惹きつける非常に魅力的な国となっているのです。

安全なシンガポールドル、預金保護制度

通貨の安全性も高く、シンガポールドルは主要通貨に対して変動率がかなり抑えられています。その理由の一つは「通貨バスケット方式」で複数の外貨に連動したレートを採用しています。もう一つは、管理変動相場制を導入することで変動幅が一定の枠内に収まるように管理しています。

シンガポールには政策金利は存在せず、政府が為替変動のコントロールを行っています。経済が貿易に大きく依存しているため、物価の動きよりも、為替の動きのほうが景気に大きく影響するからです。好景気には為替相場が上昇しやすく、不景気のときは為替相場が下落しやすくなるように誘導しています。

通貨の流通量が気になる人もいるかもしれませんが、対米ドルベースのシンガポールドルの取引高は世界10位です(2019年 国際決済銀行(BIS)による「世界の為替取引量調査」)。外為取引のハブとしても、英国、米国に次いで、アジアではトップとなっています。

預金の保護に関しては、日本の預金保険機構に似た仕組み(SDIC)があります。SDICスキームメンバーの金融機関によるシンガポールドル対象の預金であれば7万5000シンガポールドルまで、生命保険は10万シンガポールドルまでの保護があります。ただし、外貨預金や仕組み預金などは対象外です。

ブルームバーグ社による「世界銀行番付」(2015年)でもシンガポールトップ三行のDBS、OCBC、UOBは世界トップ10にランクインしています。シンガポールの金融機関、シンガポールという通貨、シンガポールという国は安心安全だと言うことができます。このため、世界中から富裕層を引き寄せ、数十年という短期間でプライベートバンクの本場のスイスと同じような地位を築くに至りました。また、スイス本場のプライベートバンクは看板がないなど、敷居が高いですが、シンガポールはフレンドリーで初心者でも入りやすいという理由があります。

シンガポールは日本の富裕層が好む海外オフショア(税金が優遇される場所)の投資先としても人気です。最近の調査では、1位ニューヨーク(35.8%)、2位シンガポール(15.5%)、3位ロンドン(12.5%)の順となっています(Capgemini「Asia‐Pacific Wealth Report_2017」)。まさにお金は安心安全な国に流れるのでしょう。災害が少なく、政情も安定しているシンガポールはスイスと同じように「アジアにおけるお金の保管先」として選ばれ続けそうです。