「無料」にはワケがある
最近は、様々なサービスにおいて、「無料」がデフォルトになりつつあります。ネットのニュースはその多くは無料ですし、中には紙の媒体でも無料のものもあります。SNSも利用料を取ることはまずありませんし、多くのサービスが無料で提供されています。
もちろん、それらのサービスを提供する側にとってはビジネスですから、儲けが無いのにやっているわけではありません。利用者からお金を取るというビジネスモデルではなく、広告主から料金を取るという構造になっているからビジネスが成り立つのです。考えてみれば民放のテレビも同じ構造です。単に情報媒体が広がったことによってそういった収益構造のビジネスが拡がってきているということに過ぎません。
「初月無料」「無料体験」には特に要注意
ところが本来は有料で提供されるべきサービスや商品までもが無料で提供されることがあります。その多くは最初だけ無料だが、体験して気に入ったら商品やサービスを買ってもらうというスタイルのものが多いようです。でもこういう場合、後からもらう代金の中に最初の無料体験分のコストも上乗せされていると考えるのが自然ではないでしょうか。
中には無料体験だけして、購入しない人だっているでしょう。
なぜ、人は「無料」に惹かれるのか
しかしながら、無料ビジネスは大流行ですし、消費者にとっても人気があります。なぜか「無料」という言葉に私たちは惹かれます。この理由を行動経済学で考えてみると非常に面白いのです。
なぜ「無料」という言葉がこんなに私たちの心に響くのでしょうか? 実はそれは「選択」と関係があります。私達が日常、何かの買い物をしたり何かのサービスを受けたりする場合は、その対価を支払わなければなりません。当然、品物やサービスは一つではなく、様々なお店や会社が提供しています。テレビも自動車も洋服も色んな商品がありますし、マッサージやエステのサービスを受けようと思うと、街中には至る所にサロンがあります。私たちはそういう多くの商品やサービスの中から一つを選ぶことになります。
実はこの選択するという行為が心理的にはかなり負担なのです。私達が意識していない心理の中に、選ばなかった中にもっと良いものがあったのではないか? 自分が買ったものは値打ちが低くそれに使ったお金は損だったのではないか? という疑心暗鬼な気持ちが横たわっています。
一方、「無料」の場合はこれがありません。なにしろ“無料”なのですから、金銭的に損をするということがありません。「所詮、タダなのだから良くても悪くてもまあ損はしないよね」ということになります。
ところがここに大きな落し穴が待ち構えているのです。
「無料相談窓口」に騙されてはいけない
無料という言葉のインパクトがあまりにも心地良いために警戒心を解いてしまうということです。典型的なのは民間企業でありながら「無料相談窓口」を開いているところです。例えば保険や投資などの金融商品を相談しようとすれば、本当に正しいやり方は専門性を持ったファイナンシャルプランナー(FP)の人にしかるべきフィー(相談料)を払って相談すべきです。ところがその相談料を払いたくないために無料で相談を受けてくれる窓口につい行ってしまいます。
でも「無料」ということは一体どこから収入を得ているのか? をしっかり考えるべきです。それは紛れもなくあなたがこれから購入しようとしている金融商品の手数料なのです。多くの金融機関は窓口で相談無料とうたっていますが、それは結果として高い手数料の金融商品を買ってもらうためと考えた方が良いでしょう。 米国デューク大学のダン・アリエリー教授は、その著書『予想どおりに不合理』の中で、こうした心理について「ゼロコストのコスト」と表現しています。
金融商品に限りません。例えばテニススクールが主催する無料のレッスンを受けたらおそらく高い確率でそのスクールに入ることになるでしょう。「無料」というのは顧客の抵抗感を無くして商売に持ち込むためには非常に効果的なマーケティング手法なのです。入口がいくら無料でも結果として割高の商品やサービスを買わされてしまったのでは、まさにこの「ゼロコストのコスト」を負担するということになりかねません。
「あと〇〇円で送料無料」のカラクリ
また、形は少し違いますが、こんな無料のお誘いもあります。例えばネットショッピングで3000円の買い物をした時に、「もう1000円買えば送料を無料にします」という案内が出るような場合です。
送料が無料になるのなら、どうせいずれ買うのだからついでにストッキングとか余分に買っておこうかということで4000円の買い物をしたとしましょう。この場合、単純化するためにこのお店は商品原価と経費の合計が平均で4割だとします。つまり売ったお金の6割が利益になるという構造です。この場合、送料が400円とすると、3000円の買い物をしたお客は送料も含めて3400円を支払います。4000円買った場合は送料無料ですから4000円払うだけです。つまり600円余分に負担はするけど、1000円分の商品が余分に手に入るのだから、得をする! と思いがちです。
ところがお店も別に損をしているわけではありません。お客が3000円買ってくれた場合のお店の利益はその6割ですから1800円です。一方、お客が4000円買ってくれると、お店の利益は4000円×6割で2400円になりますが、送料の400円はお店が負担するので、差引は2000円です。つまり送料を負担したとしてもお店の利益は増えるのです。
さらに送料を顧客が負担するのと違って、お店側が負担するのであれば、件数は相当増えるでしょうから、配送業者と交渉して、値引きをすることも可能になります。だとすれば送料無料を狙って買い増しするお客が増えれば増えるほど、利益は出やすくなるでしょう。
意外と重い「無料」の間接的な損失
また、このように余計なものや割高なものを買わされるというのはいわば支出が増えるという、「直接的な損失」につながるわけですが、「間接的な損失」も生まれます。それは無料の品物であればもらわなきゃ損とばかりに家に持って帰ってくるうちに家の中にそうしたものが溢れかえってしまうことです。何もしなくても物が増えるのに、無料でもらった品物は放っておくとどんどん増殖していくことになります。大豪邸に住んでいるのであればともかく普通に狭い日本の家に住んでいると使わないもの、不用なものまでも無料で貰ったからといってとっておくのはスペースの無駄で案外馬鹿になりません。次に「断捨離」する時まで家には無駄なものがあふれることになりかねません。
昔の人のことわざである「タダより高いものはない」というのは良く言ったものです。全くそのとおりで、無料につられて得したつもりが結局損をしてしまっていたり、もっと大きな利益を逃してしまったりすることに気を付けるべきでしょう。