年商7億円を叩き出し、ココナッツオイルブームを牽引した「ブラウンシュガーファースト」、日本発の母乳成分分析サービスを開始した「Bonyu.lab」を経営する社長の荻野みどりさん。彼女の波乱万丈の前半生と、常に前のめりな起業家スピリットをうかがいました。

何をやっても長続きしなかった

荻野みどりさんは福岡県の短大を中退後、上京して、さまざまな職業につく。その間、3回大学に入学して社会学や政治学を学ぶも、授業内容に納得できず、中退。最高年商7億円の食品メーカー・ブラウンシュガーファーストを起業するまで、なかなか安定しない人生を送っていたという。

「面白い! と思ったことには、猪突猛進でつっこんでいく性質(たち)で。働くとなると誰よりも働いたし、勉強もとことんやって、英語もビジネスで使えるぐらい上達しましたし。でも、飽きっぽくて……。途中で『これは違うかも』と思ったらやめてしまうんです」

常に前向きな荻野さん。現在夫と離婚して、娘と2人暮らしをするシングルマザー。

地元に戻りたくなくて結婚

福岡に住む保守的な両親は、娘が東京で働くのをよしとせず、結婚をしないのなら地元に帰ってこいと手ぐすねをひいて待っていた。

「それも親の愛情なんですけどね。福岡では視野を広げることができないので、絶対戻りたくなかった。ただ、大好きな祖母に『みどりの花嫁姿を見るまで死ねない』と泣かれて、当時付き合っていた彼に相談したところ、求婚してくれました」

25歳で結婚後、少しの間だけ専業主婦になるが、何もしない生活は退屈だった。前述のようにアクセサリー教室や、料理教室などを次々に始めるが、利益がほとんど出ない。もんもんとする日々の中で、2011年、大震災が起こった年に長女を出産する。未曾有の震災は、小さな子どもを持つ母親たちに大きな衝撃を与えたが、荻野さんもその一人。飽きっぽかった彼女の大きな“転換期”となる。

ココナッツオイルブームを予感

「子どもに安全な食を提供したいという思いから、お菓子の販売を始めました。マーケットで娘をおんぶしながら、1つ1つ手売りして。それがブラウンシュガーファーストの始まりです。当時、お菓子の原料は、バター、マーガリン、ショートニングばかり。もっと体にいいものがないかと思って探しあてたのが、タイの有機エキストラバージンココナッツオイルだったのです。タイのオイルにたどりつくまで、フィリピンやスリランカなどいろんな国の工場を回りました。工場の衛生チェックも徹底的にやったので、加工場のコンサルタントができそうなほど(笑)」

しかし事はそうそう簡単に運ばなかった。メールで工場に見学アポをとっても返事が全く来ない。業を煮やした荻野さんは「明日行きます!」とだけメールをして、飛行機に乗って現地に飛んだ。向こうは「この人、本当に来た!」と驚いていたそうだが、ここでも荻野さんの猪突猛進の精神の本領発揮といえる。

そこまでするのも、彼女のなかでは勝算があったから。アメリカでは、ミランダ・カーなど、健康志向の高いセレブの間で流行っていたココナッツオイルが、日本でも必ず“来る”と。また、もともとアパレルに携わっていたので、洋服よりも大もとの生地屋さんのほうが強い、そしてお菓子も同様だと実感していた。材料、原料を扱うほうがいろんな商品に加工でき、商売としても面白いと確信したのだ。

原資20万円から7億円の年商に

そのうち大規模な食品展示会に出店。NYのジューススタンドのようなおしゃれなブースにして来場者の目をひき、ココナッツオイルの試食をどんどんすすめたら、たちまち大人気に。こうして、ブラウンシュガーファーストは法人化。原資20万円から始めたが、冒頭のとおり最高で7億円まで売り上げをたたき出したのだ。

その後ココナッツオイルのブームが去って、他社が撤退するなか、荻野さんの会社だけは質を高め続け、値引きもせず、ブランド力を守ってサバイブできた。それでも、2018年の頭は、経営的に苦しかったそう。

「それまでの私は、勢いやノリで突っ走ってきたので、経営者の自覚が足りなかった。辛くて起きたくない朝を何回も乗り越えて、今やっとホンモノの経営者になれたような気がします」

有機エキストラバージンココナッツオイル。食品展示会では、オイルをパンに塗るとおいしいと試食をどんどん進めた。(写真提供=ブラウンシュガーファースト)

お母さんの手作り食がなくなる!?

現在、ブラウンシュガーファーストでは、誰が作ったかある程度追跡可能で、自身の子どもに食べさせたいと思える食材だけを扱っている。荻野さんが常々見つめているのは、将来の食文化や食の流通が、今後どのように変わっていくのかということ。

「私は、アメリカや中国などのアジア地域によく出張に出かけます。その際必ずしているのが、現地にあるスーパーのチェック。気づいたのは、食材の棚がどんどん減っていって、Ready to Eat(すぐに食べられる)の食品や冷凍食品類がグンと増えているという点。そのうち、お母さんの手作りの食事がほとんどなくなっていくのではないかと察知していました。さらにアメリカ・ラスベガスでのCES(家電見本市)のフードテックの領域を見学したら、3Dプリンターで作るイチゴとか、肝細胞を培養して作った牛肉もあったのです。私には小学校低学年の娘がいますが、彼女が大人になって子どもを持つころ、そういった食べ物が主流になるかもしれないし、これさえ飲んでおけばOKというドリンクやサプリだらけになってしまうのかもしれない。このようなテクノロジーの進化も理解しますし、否定しませんが、同時に危機感も感じています」

合理的な食品に心がザワつく

人工的に作られたイチゴや牛肉が見た目も味も本物と遜色なく、人間に必要な栄養素が詰まっているとしたら? そして安定的に食べ物を供給できるのなら、飢餓の問題も解決できるだろう。

しかし、単純に栄養さえ取れればそれでいいのか。完全に合理化された食品を口にしたときに、はたして幸福感があるのか。荻野さんの心はザワつくのだった。

たとえば、ご飯が炊きあがった匂いをかいだときや、丁寧にとられた出汁を飲んだときに、私たち日本人はなんともいえない幸福感に包まれる。この心豊かな食の原体験を次世代に残すにはどうしたらいいのかと荻野さんは思いを巡らせた。しかし、手作りの食事サービス、作り方、レシピ提供のビジネスモデルだと、その料理の作り手は結局ロボット。人、地球、歴史、いろんな繋がりに裏付けられた心豊かな食の感受性を育てる分野――それが「母乳」だと、彼女はひらめいたのだ。

自分の食べたものが母乳に影響

「母乳は、ほ乳類である人間が産まれて初めて口にする“食”。母の胎内から出てきてすぐの赤ちゃんは、目が見えないのに、誰に教えられたわけでもないのに、本能的にお母さんの乳首に吸い付いてくるんです。哺乳類としての野生的な行為であり、母親の愛情をダイレクトに感じられる“心豊かな食”でもあります。でも、十分な量が出ないとか、自分の食べたものが母乳に影響して子どもの体にトラブルが起きるなど、母乳の量や質に問題を抱える女性が多い。そこで授乳中のお母さんたちから母乳を提供してもらって成分を分析し、管理栄養士から、足りない栄養素や、逆に控えたほうがいい食材をアドバイスするサービスを考案しました。彼女たちが自分の食生活をきちんと見直し、その結果、より良い母乳に近づけることができたらと思ったのです」

ブラウンシュガーファーストは、銀行からお金を借り入れるなど、従来通りの方法で立ち上げた会社だったが、Bonyu.labは、シードフェーズ(ビジネスアイデアが種の段階)からエンジェル投資家に売り込みをかけて資金を募るなど、シリコンバレー方式で会社を誕生させた。荻野さんが目指すのは「ユニコーン企業」。評価額10億ドル(約1000億円)、未上場のスタートアップだ。

母乳はアダルトコンテンツか

しかし、Bonyu.labのニュースがインターネットに出たとき、文字通り“炎上”した。「乳児を持つ世の中のお母さんたちに、プレッシャーをかけるつもりか!」と。不思議なことに、当事者の母親ではなく、若い世代の男性からの“口撃”が多かった。

「日本では、母乳や授乳をテーマにあげると、『おっぱいが出ないお母さんが可哀想』という感情論派か、『何がなんでも母乳育児が一番!』という妄信的な母乳礼賛派に分かれがち。科学的で冷静な議論がされにくいのです。母乳が赤ちゃんにいいことはわかっているけれど、なぜいいのか? そのメカニズムがちゃんと解明されていないし、研究もそれほどされていない。さらには、Bonyu.labの広告をアダルトコンテンツだと判断され、あるメディアに掲載を拒否されたこともあります。拒否の理由は『ヌードを掲載すると不快に感じる人もいるから』ということでしたが、全くナンセンス! こういう風潮が、正しい議論や研究をはばむ結果につながると思うと残念。私たちは決して母乳だけが正義とは思っていません。Bonyu.labの活動がきっかけとなって、研究者や企業の方々が、母乳にもっと前向きに取り組んでくれるのが目的なのです」

妊娠中の食生活の見直しにも

荻野さん自身、自分の食べたものが原因で、母乳を飲んだ娘に湿疹ができた経験がある。だから、母乳の質や量に満足がいかないのであれば、粉ミルクなどが代替食になるのもアリだと考えている。しかし、母乳が出ないことで、母親が自分自身を責め、周囲から責められるのは不条理だ。

「100人の母乳があれば、100通りの成分の結果がでます。それぐらい個人差があるもの。これからもっと母乳の検査サービスを受けてもらいながら、出産後はもちろん、妊娠中のより良い食生活などについても専門家の方々の研究を後押ししたいと思っています。人間は、病気をするか妊娠・出産をするか、それぐらいのライフイベントが起こらない限り、自分の食生活を改めることがなかなかできない。妊娠・出産時は、自分の日頃の“食”と、子ども=次世代の食に向き合う大きなチャンスなのです」

8月1日はおっぱいの日

8月第1週は、国連が母乳育児を推進する「世界母乳育児週間」であり、8月1日は「世界母乳の日」と定められている。Bonyu.labでは、その日を「#おっぱいの日」と銘打って、大手広告代理店と共同でイベントを開催する。母乳をよく知ってもらうためのカンファレンスなど、さまざまなイベントを仕掛ける予定だ。今秋には、母乳の成分分析の結果をもとに、地方の国立大学と連名で学会に論文を発表するプランもある。

荻野さんは常に前のめりでさまざまな事業に打ち込んでいるが、活動の根底にあるのは、「次世代に残したい、心豊かな食生活」。そのスピリットにブレはない。

荻野みどり(おぎの・みどり)
ブラウンシュガーファースト社長、Bonyu.lab社長
1982年、福岡県生まれ。3つの大学での学生生活、さまざまな職業を経験した後、2011年長女を出産。その4カ月後にブラウンシュガーファーストを立ち上げ、ココナッツオイルブームを牽引する。18年にBonyu.labを設立。