病気になる前に防ぐ方法はないか

ジーンクエスト社長 高橋祥子(たかはし・しょうこ)さん

自分はがん家系だから、将来がんになるリスクが高いのか。お酒は飲めるが実は弱い体質なのではないか。こうした健康や体の不安に対応する遺伝子解析サービスが日本でも数年前から始まっている。オンラインで購入した解析キットで唾液を採取して返送するだけで、将来かかりうる病気のリスクや体質などの傾向が判明する。同サービスを提供するジーンクエストを起業したのが、高橋祥子さんだ。

新社屋には理系心をくすぐる顕微鏡などを展示。

医師である父の影響で、小さな頃から医療を身近に感じ、「病気になる前段階で予防できたら」との思いで京都大学に進学した。遺伝子の法則性などを学んだ後、東京大学大学院で、遺伝子解析データを活用して生活習慣病予防について研究。

「まだ解明されていない遺伝子の領域が明らかになれば、難病を治せる可能性が出てきます。社会が抱える問題も解決できるかもしれない。そんな思いで研究を進めてきましたが、研究に必要なデータが絶対的に足りず、焦りを感じるように……」

(写真上)提供する遺伝子解析サービスは、約70万カ所の遺伝子の差を大規模に調べ、日本人の遺伝情報に特化している。(同下)DNAマイクロアレイの発光画面。「すごくきれいだし、これを見ると、起業したときの初心を思い出すんです」

このままだと前に進めない。そこで、遺伝子解析サービスで日本人の遺伝子データを集め、研究成果を社会に還元しようと、東大の研究室のメンバーと起業に踏み切った。サービスを始めたのは、会社登記して半年後。日本初の個人向け大規模遺伝子解析サービスだけに注目度も高く、新聞の一面にも「東大研究者による新事業」と掲載。だが――。

「一般消費者からは『遺伝子って何? 細菌?』『神への冒涜(ぼうとく)だ!』などと厳しい反応が来て。“わからないから怖い”と不安があったようで、問い合わせ対応に追われました」

その経験から、新しいサービスを始める際はコミュニケーションや啓発にも力を入れるべきだ、と気づく。

「いくら価値があっても、世間に受け入れてもらえなければ始まりません。そこで研究内容をわかりやすく書いた本を出版したり、反対している学者に理由を聞きに行き、それをサービス改善につなげました」

自分が選んだ道を“正しく”すればいい

そうして走りだしたものの、起業後の1~2年間は大きな葛藤があったと振り返る。研究を加速させたくて会社をつくったが、研究以外の実務も多い。研究とビジネス、両方中途半端になるのではと恐れもあった。

そんな折、相談に行った先輩研究者に言われた言葉が忘れられない。「『自分が選んだ道が正しいかではなく、自分が選んだ道を正しくしていくように努力すべきだ』と言われて、迷いが消えました。研究と事業を切り離し、メリハリをつけられるように」

起業して5年。バイオベンチャーのユーグレナのグループ会社になり、ビジネスの拡大に一歩踏み込んだ。2018年からは新社屋に移り、これまで20人以下だったチームが、一気に200人も一緒に働く仲間が増えたため、さまざまな刺激を受けている。特に一部上場企業の経営や議論を見られるのは勉強になるという。18年は個人のブログも開始した。実名で情報発信すると新たにビジネスの提案も入りチャンスも増える。

「BtoB(企業間取引)のデータを使った製薬会社の研究支援など、国内初の成功事例を考えています」

このように抱負を語る高橋さんの表情にもう迷いはなかった。

【好きな本】
宇宙の扉をノックする』リサ・ランドール著/NHK出版
【定番の朝食】
小松菜、セロリ、バナナ、豆乳のスムージー
【尊敬する人】
アメリカの理論物理学者、リサ・ランドール氏。学者として、とても大きな影響を受けている。
【ハマっていること】
食事のKPI(カロリー)管理