男性だらけの現場に20代の女性ひとり
三井物産フォレストの平取(びらとり)山林事務所(北海道沙流(さる)郡)は、木造の小さな平屋の建物だ。町の景観に溶け込んでひっそりと佇(たたず)むこの事務所で、沙流山林や似湾(にわん)山林など約1万2000haの山林を管轄する。細島彩起子さんは、7人いる社員の1人として、一昨年からここで働いている。現場に出る職員としては唯一の女性だ。
その日、午後から彼女が向かったのは、事務所から車で30分ほどの「七号沢」と呼ばれる仕事場だ。
雪解け後の落ち葉の深い沢沿いに、広葉樹が生い茂っていた。その一部に植林されたカラマツの林から、キャタピラを付けた運搬車が時折、切り出された丸太を運んでくる。彼らが「土場(どば)」と呼ぶ現場は、春の陽気に包まれ、木の匂いが充満していた。
「こうやって現場に来て、車から道具を降ろしていると、『よし、これから仕事だぞ』と気が引き締まります」と細島さんは言う。
積み上げられたカラマツの丸太の前まで来た彼女は、2人の同僚とともに、断面を定規で測っては木材チョークで数値を書き込んでいく。販売前の丸太の太さや本数を帳面に記入し、数量を把握する「受け入れ」という作業だ。
夏場はぬかるみと雑草の中で作業
「カラマツは扱いやすいのですが、トドマツは松脂(やに)が多いので、作業着がベトベトになります。あと、カエデやシナ、ナラやセンといった広葉樹は見分けるのが難しくて、時々間違ってしまいますね。ベテランの方は断面や木肌の特徴、皮の匂いでわかるんですが、まだコツがつかめなくて……」
林業の伐採の本格シーズンは、木が成長を止め、水を吸い上げない冬だ。北海道の寒さは厳しいが、冬季に伐採されたもののほうが品質が良く、また、路面が凍結しているため大型トラックによる運材もしやすい。一方、6月から9月の夏季は作業の過酷さが増していく。雨、虫、雑草、足元のぬかるみが作業を妨げるためだ。
「ついこの間までは結構、雪も残っていましたが、それがなくなったと思ったら草が一気に伸びてきて、山菜もあっという間に大きくなってしまって――。いまは苗木の植え付けが一段落した時期で、そうこうしているうちに夏の草刈りが始まります。1年を通して四季を感じられる仕事ですね」
三井物産フォレストは、北海道から九州まで74カ所にある三井物産の社有林の整備、管理を行う会社だ。彼女が入社したのは2013年。京都府立大学の森林科学科で学び、木材生産の現場に興味を抱いたのが、林業の会社を志望した理由だった。
細島さんは長野県松本市で育ったという。なぜ京都の大学に進んだのかを尋ねると、「四方八方を山に囲まれていたので、外の世界を見てみたかったんです」と笑う。
松本市は工芸が盛んな街でもあり、中高生の頃から木工の工芸品が好きだった。学校帰りにクラフトショップをのぞくのが日課で、森林科学科を専攻したのは「もっと木のことを知りたい」と思ったからだった。
「手芸は今でも趣味で続けているんです。先日は鹿の角を現場で拾ったので、輪切りにしてくりぬき、磨いてアクセサリーを作ってみたんですよ」
入社して初めて配属されたのは、同じ北海道の帯広山林事務所だった。林業の現場で働く女性はまだ少なく、どの地域に配属されても男職場である。だが、たまたま同事務所には三浦史織さんという先輩がいた。「女性が1人いるというだけで、とても安心しました」と細島さんは振り返る。
先輩の努力に傷を付けたくない
「三浦さんがいてくれたおかげで、現場の男の人たちが『先輩みたいに頑張って』と言ってくれて、すんなりと受け入れてもらえました。仕事には厳しい方でしたが、『男と同じ仕事ができるのか?』という視線を跳ね返すために必死で頑張ってきた話を聞いて、先輩の努力に泥を塗りたくないと思うようになりましたね」
山仕事の現場には、実際の切り出し作業や重機の操作を行う「現業」の職員がいる。現在、平取事務所に所属しているのは10人で、30~60代の「大先輩」ばかりだ。
彼らのなかには、10代の頃から三井物産の森の管理に携わり、山を知り尽くしている人もいる。まさに山の職人である。
そんなベテランを相手に、細島さんたちは現場作業を監督する立場にある。しかし、伐採や植林の手順のことで激しい議論が起こることもある。
「意見の対立があったとき、気をつけているのは、誰かに偏って話を聞くのではなく、平等に話を聞くこと。そして最終的には、会社の方針に照らして最適な方法を示して、お願いすることですね」
入社から5年目。現場での経験を重ねるにつれて、林業の面白さが実感できるようになってきたと細島さんは言う。
「木は手入れの仕方1つで、育ち方に変化が生まれます。用途に合った木材を提供していくために、世代を超えて山を守り、木を育んでいくことがこの仕事の醍醐味(だいごみ)。私はまだ北海道の山しか知りませんが、本州では地形も違うし、木の育て方も変わると聞いています。ここで経験を積んで、全国の山で働けるようになるのが楽しみです」