北海道・帯広で、1.2万ヘクタールの山林を管理する27歳の女性がいる。男性だらけの現場に飛び込んだ彼女を最初に導いてくれたのは、たった一人の女性の先輩だった――。雑誌「プレジデントウーマン」の連載「男職場のフロントランナー」から、林業に取り組む女性の働き方をご紹介します――。
細島彩起子●1990年、長野県生まれ。大学卒業後の2013年、三井物産フォレストに入社。帯広山林事務所を経て、15年より平取山林事務所に配属。似湾・穂別山林などで山林管理業務と保全業務に従事。

男性だらけの現場に20代の女性ひとり

三井物産フォレストの平取(びらとり)山林事務所(北海道沙流(さる)郡)は、木造の小さな平屋の建物だ。町の景観に溶け込んでひっそりと佇(たたず)むこの事務所で、沙流山林や似湾(にわん)山林など約1万2000haの山林を管轄する。細島彩起子さんは、7人いる社員の1人として、一昨年からここで働いている。現場に出る職員としては唯一の女性だ。

その日、午後から彼女が向かったのは、事務所から車で30分ほどの「七号沢」と呼ばれる仕事場だ。

雪解け後の落ち葉の深い沢沿いに、広葉樹が生い茂っていた。その一部に植林されたカラマツの林から、キャタピラを付けた運搬車が時折、切り出された丸太を運んでくる。彼らが「土場(どば)」と呼ぶ現場は、春の陽気に包まれ、木の匂いが充満していた。

効率よく作業を進めるためのGPS測量機とモニター、雑草や細かい枝をはらう鉈(なた)が必需品。

「こうやって現場に来て、車から道具を降ろしていると、『よし、これから仕事だぞ』と気が引き締まります」と細島さんは言う。

積み上げられたカラマツの丸太の前まで来た彼女は、2人の同僚とともに、断面を定規で測っては木材チョークで数値を書き込んでいく。販売前の丸太の太さや本数を帳面に記入し、数量を把握する「受け入れ」という作業だ。

夏場はぬかるみと雑草の中で作業

「カラマツは扱いやすいのですが、トドマツは松脂(やに)が多いので、作業着がベトベトになります。あと、カエデやシナ、ナラやセンといった広葉樹は見分けるのが難しくて、時々間違ってしまいますね。ベテランの方は断面や木肌の特徴、皮の匂いでわかるんですが、まだコツがつかめなくて……」

林業の伐採の本格シーズンは、木が成長を止め、水を吸い上げない冬だ。北海道の寒さは厳しいが、冬季に伐採されたもののほうが品質が良く、また、路面が凍結しているため大型トラックによる運材もしやすい。一方、6月から9月の夏季は作業の過酷さが増していく。雨、虫、雑草、足元のぬかるみが作業を妨げるためだ。

(上)切り出された丸太をサイズ別に分け帳面に記録する「受け入れ」作業。(下)先輩、後輩とともに3人で現場作業にあたる細島さん。仕事終わりに居酒屋に飲みに行くこともあるという。

「ついこの間までは結構、雪も残っていましたが、それがなくなったと思ったら草が一気に伸びてきて、山菜もあっという間に大きくなってしまって――。いまは苗木の植え付けが一段落した時期で、そうこうしているうちに夏の草刈りが始まります。1年を通して四季を感じられる仕事ですね」

三井物産フォレストは、北海道から九州まで74カ所にある三井物産の社有林の整備、管理を行う会社だ。彼女が入社したのは2013年。京都府立大学の森林科学科で学び、木材生産の現場に興味を抱いたのが、林業の会社を志望した理由だった。

細島さんは長野県松本市で育ったという。なぜ京都の大学に進んだのかを尋ねると、「四方八方を山に囲まれていたので、外の世界を見てみたかったんです」と笑う。

松本市は工芸が盛んな街でもあり、中高生の頃から木工の工芸品が好きだった。学校帰りにクラフトショップをのぞくのが日課で、森林科学科を専攻したのは「もっと木のことを知りたい」と思ったからだった。

「手芸は今でも趣味で続けているんです。先日は鹿の角を現場で拾ったので、輪切りにしてくりぬき、磨いてアクセサリーを作ってみたんですよ」

入社して初めて配属されたのは、同じ北海道の帯広山林事務所だった。林業の現場で働く女性はまだ少なく、どの地域に配属されても男職場である。だが、たまたま同事務所には三浦史織さんという先輩がいた。「女性が1人いるというだけで、とても安心しました」と細島さんは振り返る。

先輩の努力に傷を付けたくない

「三浦さんがいてくれたおかげで、現場の男の人たちが『先輩みたいに頑張って』と言ってくれて、すんなりと受け入れてもらえました。仕事には厳しい方でしたが、『男と同じ仕事ができるのか?』という視線を跳ね返すために必死で頑張ってきた話を聞いて、先輩の努力に泥を塗りたくないと思うようになりましたね」

山仕事の現場には、実際の切り出し作業や重機の操作を行う「現業」の職員がいる。現在、平取事務所に所属しているのは10人で、30~60代の「大先輩」ばかりだ。

彼らのなかには、10代の頃から三井物産の森の管理に携わり、山を知り尽くしている人もいる。まさに山の職人である。

そんなベテランを相手に、細島さんたちは現場作業を監督する立場にある。しかし、伐採や植林の手順のことで激しい議論が起こることもある。

「意見の対立があったとき、気をつけているのは、誰かに偏って話を聞くのではなく、平等に話を聞くこと。そして最終的には、会社の方針に照らして最適な方法を示して、お願いすることですね」

入社から5年目。現場での経験を重ねるにつれて、林業の面白さが実感できるようになってきたと細島さんは言う。

「木は手入れの仕方1つで、育ち方に変化が生まれます。用途に合った木材を提供していくために、世代を超えて山を守り、木を育んでいくことがこの仕事の醍醐味(だいごみ)。私はまだ北海道の山しか知りませんが、本州では地形も違うし、木の育て方も変わると聞いています。ここで経験を積んで、全国の山で働けるようになるのが楽しみです」