誰しも、忘れられない本があります。いまでもときどき開いては、心の支えにする本があります。そんな一冊を、3人のトップランナーに紹介してもらいました。当時の体験とともに鮮烈に記憶に刻まれたこととは?
▼資生堂顧問 関根近子さんが心の支えにする3冊
『生きるヒント1 自分の人生を愛するための12章』五木寛之/角川文庫
『完訳7つの習慣』スティーブン・R・コヴィー/キングベアー出版
『小さな人生論「致知」の言葉』藤尾秀昭/致知出版社
故郷・山形で美容部員としてキャリアのスタートをきった関根近子さん。現在の地位に上り詰めるまでのプロセスには、当然ながら多くの苦労や悩みがあった。その時々で、関根さんに心の活力を与え、局面を打開するヒントをもたらしたのは、座右の書とする3冊の本だ。
「30代の終わり頃、私は子会社への出向を命じられて悪戦苦闘していました。そんなある日、プラス思考の大切さを説く社内セミナーで紹介されたのが、五木寛之さんの『生きるヒント』でした。五木さんはこの本の中で、自身が更年期障害に苦しんだことを明かし、それを克服するために日常の何げないことを“喜ぶ”ように心がけたと書いています。具体的には、ささいなことでもメモを取って明文化すること。喜びを積極的に見つける感性を養う手法なのですが、これを私も実践してみたところ、毎日が少しずつポジティブなものに変わっていったんです」
資生堂の看板から離れた現場で、多くの悩みと対峙(たいじ)していたと当時を振り返る関根さん。この体験により、“書からヒントを得る”ことの大切さを知り、以降、『生きるヒント』を何度も読み返すこととなる。
「面白いのは、読み返すタイミングによって、毎回心を打たれるページが異なること。これはすべての本に共通して言えることではないでしょうか」
たとえば、“買う”という行為についても、同書は前向きだ。購買行為はともすれば無駄遣いを連想しやすいが、それが心のリフレッシュにつながるのであれば決して無駄ではないと著者は説く。そしてこうした論述から、関根さんは新たな学びを得るのだ。
「化粧品を売るという行為にも、お客さまが購入に至るまでの時間に、いかに価値を持たせられるかが大切だと感じます。応対、サービス、品質。買うという行為を少しでも楽しいものに演出する意識を持てば、美容部員の存在価値もまた上がります」
こうして子会社での苦労を乗り越え、やがて資生堂に復帰。ポストが上がっていく過程では、30代で身に付けたプラス思考が大いにものをいった。
しかし、立場や状況が変われば、また新たな悩みに直面する。40代半ばになった頃、今度は『7つの習慣』との出合いが、大きな糧となったと関根さんは言う。
多くの経営者に心の指標を与えてきた、あまりにも有名なこの一冊を、関根さんはどう読んだのか?
「社内での人間関係、家庭における悩みというのは、人が生きていくうえで何度となく発生するものだと思います。そこで必要になる思考やスタンスが、ロジカルに整理されていたのが、管理職研修で紹介された『7つの習慣』でした。この本に書かれているのは、ビジネスで成功を収めるためのメソッドではなく、人が人から信頼を得るために必要なヒントです。つまり、ビジネス書ではなく、人格や人間力を磨くための一冊と受け取るべきでしょう」
実際、一読してすぐ、天啓を受けたような衝撃とともに、視界がクリアに開けるのを感じたという。
「特に印象深いのはインサイドアウトという考え方。人の心を変えることはできなくても、自分が変わることで人にいい影響を与えることは可能なはず。これは、今日まで私自身も、講演などで常々お伝えしてきたことなんです」
この『7つの習慣』をバイブルに、やがて社員から経営側へと立場を変えた関根さん。役員になったのと同時期に、知人が発行する「致知」という人間学の探究をテーマとする月刊誌に出合った。同誌で取り上げられた箴言(しんげん)の数々がまとめられているのが、3冊目の『小さな人生論』だ。
「言葉は人をつくるもの。そして、言葉は自らの内面にある思考によって紡がれるもの。このサイクルを教えられたことで、今まで自分が信じてきたものが間違っていなかったのだと、ひとつの自信にもなりました」
何より、こうした琴線に触れる本との出合いもまた、貴重な財産だ。
▼人生のターニングポイントに読んだ3冊
『生きるヒント1 自分の人生を愛するための12章』 五木寛之/角川文庫
美容部員時代にあるセミナーで出合った一冊。仕事に悩んでいた当時、まさに生きていくうえでのヒントを与えてくれたという。「これまでに何度となく読み返していますが、その時々により、心に響くポイントが変わる作品です」と、現在は自身の講演で取り上げることが多い。
『完訳 7つの習慣』 スティーブン・R・コヴィー/キングベアー出版
翻訳物のビジネス書として、日本で最も売れた一冊。人生に変化をもたらすのは、“シンプルな原則に沿って生きること”であると説き、タイトルの通りその原則を7つに分類して明示する。人生を主体的に生きるうえで必要な考え方が、極めてロジカルに整理されている。
『小さな人生論「致知」の言葉』藤尾秀昭/致知出版社
「一隅を照らす」「節から芽が出る」など、琴線に触れる多数の言葉が収められた、月刊「致知」から編集された箴言集。「何げない言葉やフレーズにヒントを求めてきた自分のスタンスが、決して間違ってはいなかったことを再確認させてくれた一冊でした」という。
※掲載の書籍は、関根さんが当時読んだものとは違う版の場合があります。
1953年、山形県生まれ。高校卒業後、美容部員として資生堂に入社。国際事業部国際マーケティング部美容企画推進室長、執行役員常務などを経て、2016年より現職。秋田大学理事、酒田ふるさと観光大使なども務める。著書に『資生堂で学んだまごころの仕事術』(朝日新聞出版)。