1400℃の窯から取り出したガラスが軟らかいうちに形を整える。ガラス職人約30人の連携プレーで1日数百個のグラスや皿を作りあげる工房で活躍する女性職人に密着した。

鉱物の焼ける匂いが漂う工房の中心に、巨大な円形の溶解窯が置かれている。天井から伸びたさまざまなパイプ、音を立てて燃える真っ赤な炉……。

圧倒的な存在感である。

ルツボと呼ばれる溶けたガラスの入った壺が、窯にはいくつも備え付けられている。その周囲では紺色のシャツを着た職人たちが、一定のペースで吹き竿を入れ、赤い水飴のようなガラスを巻き取っていく。そして、竿を渡された別の職人が、そのまま続けざまに「玉」と呼ぶ「基礎」を吹いて作る。

一人の手からまた次の一人の手へ――。分業化された工程がリズミカルに繰り返される様子は、まるで何かの儀式のようだ。

そのなかに、凛とした雰囲気を漂わせる女性がいた。黒い髪を後ろで束ねた彼女はこの日、丸いグラスの最終工程を担当しているようだった。

菅原工芸硝子硝子職人 製造部門 副部長 内藤有紀●1991年多摩芸術学園卒業。写真スタジオで働いた後、92年菅原工芸硝子に女性職人として入社。2006年に班長に昇格。10年に東京都指定伝統工芸士認定を受ける。個展開催や、入選受賞履歴も多数あり。

吹き竿を型に押し付け、それからガラスに空気を入れて形を整えていく。竿の先にあるガラスをじっと見つめ、製品の出来を確認する視線が鋭い。それがこの菅原工芸硝子(Sghr。スガハラ)の製造部門の副部長を務める内藤有紀さんだった。

「今日作っているグラスの場合、作業は4人で行います」と彼女は言う。

「グラスの基礎となる玉を吹く人、本体のタネを巻き取る人、型に入れて吹く人、そして、最後に完成した品物を運ぶ人。それぞれが次の作業を担当する職人を待たせないよう、工程の流れにうまく乗って、淡々と同じペースで動くことが大事なんです」

夏は40℃の作業場夢中で火傷だらけの1年目

30人ほどの職人が働く工房内を見ると、内藤さんのほかにも女性の職人の姿は多い。聞けば、「いまは新入社員の募集をすると、女性の応募が男性より多いくらいなんです」とのこと。だが、女性で副部長を務めるのは内藤さんが初めてで、彼女が入社した1992年当時ともなれば、ここもほとんど女性のいない職場だったという。

子どもの頃から工作が大好きで、絵画教室にも通っていた。同社でガラス製品を作る職人になったのは、専門学校の学生だった頃、この世界に強い興味を抱いたからだった。

しかし、当時はガラス工芸が学べる場は少なく、学校でプロダクトデザインを専攻した後、しばらくは写真スタジオで働くことになった。そして、ガラスの技術を学べる半年間の夜間講座を見つけて通っていた際、知人から教えてもらったのがスガハラだった。

香り、色などを含め、実験室で毎日製品のチェック。同じ製品でも、気温や機械の状態が出来を左右する。

「ガラスの専門誌にもこの会社が載っているのを見ていましたし、製品の世界観にもひかれるものがありました。実は知らないうちにスガハラの製品を買っていたくらいだったので、職人を募集しているのを知り、ここで働けたらいいなと思いました」

スガハラの特徴は、製品の企画やデザインを行う専門のデザイナーがいないことだ。そのかわり、同社では現場で実際にガラスを吹く職人たちが、日頃から新製品の企画を提案していく。その中で採用されたものが、製品として世に出ていく仕組みなのだ。

「自分のアイデアを図案にする職人もいれば、漠然としたイメージを休み時間に試作化し、提案する場合もあります。なんとなく作ったものを工房に置いていたら、『これいいね』と取り上げられることもあるんですよ。ガラスの特性をよくわかっている職人のアイデアは実用化しやすいですし、自分の考えたものが世のお客さまに買ってもらえることは、私たちの大きなモチベーションになっています」

(上)女性職人も毎年増え、今年も2人加わった。班長レベル以上の女性は、内藤さんのみ。(下)右がハシ(ジャック)。軟らかいガラスをくくったりして形を作る。左はコテ板。ガラスの底を平らに整える道具。

例えば、彼女のアイデアが初めて製品化されたのは、入社から1年半後のことだ。それは羽根の形をした箸置きで、やはり休み時間中に作った試作品だった。竿に巻き付けたガラスに息を吹きいれて、型を使わずに形を変えていくもので、一人で作れる製品だった。

ちなみに普段の彼女が同社で担当しているのは、「宙吹き」と呼ばれる技法で作る製品だ。

だが、当時のことを彼女は「あまりはっきり覚えていないんです」と振り返る。最初の1年間はとにかく夢中で、仕事を覚えることに必死だったからだ。

「私は工房でほぼ初めての女性職人だったので、周囲の先輩たちからは随分と良くしてもらったという思いがあります。でも、最初の頃は何度も火傷をしますし、夏はとにかく工房の中が暑くて、新人は耐えられないくらいでした。当時は冷風が出る装置もないなかで、高温の窯の前を行ったり来たりだったので、その過酷さに慣れ、乗り越えるのに懸命でした」

副部長へ昇格してもずっと職人でいたい

そんななか、思い入れの深い製品を1つ挙げるとすれば、箸置きを開発した翌年、ようやく工房での日々に慣れてきた頃に採用されたリングホルダーだという。現在もスガハラのロングセラーとなっている製品の一つだ。

「三日月をイメージして何かを作りたい」

そう思っていつものように、休み時間中に作ったという。

「ガラスという素材は、柔らかい曲線に美しさがあると思います。ガラス特有のその曲線を生かして、『ガラスらしさ』を表現したいと思いました。リングホルダーという用途は、後から付いてきたような感じですね」

(左上から時計回りに)形や厚さが均等にできているか入念にチェック。/みんなで持ってきたお弁当を持ち寄ってランチ。/1400℃の炉からガラスのタネを取り出し形を整える。/月に1度のルツボの交換。集中し、全員で協力して行う。

吹き竿に少量のガラスを巻き、その上からもう一度、同じようにガラスを巻き付ける。次にそれをペンチで引っ張りながら細かな形を整えていく。

「宙吹きで作る製品は、巻き取ってから全く触らない箇所が多いんです。触らないガラスは表面が本当にきれい。私が宙吹きという製法が好きなのは、そんなふうにガラス本来の美しさを残しやすいからでもあります。ガラスのタネというのは熱くて、手では直接触れない。だからこそ、それをいかに自分の思い通りの形にするかに、大きな魅力を感じています」

現在、製造部門の副部長である彼女には、工房の各班長を取りまとめたり、経営にも関係するさまざまな会議に参加したりする役割がある。

「女性としていちばん長く勤めているので、後輩たちの働きやすい職場にしていく必要も常に感じています。男女の区別なく、良き先輩でありたいという思いがありますね。ただ、正直に言えば、私は淡々とものを作っていることに喜びを感じるタイプで……。キャリアや立場よりも、今のように職人として、現場で働き続けていきたい、という気持ちが本当は強いんです」

時に過酷なガラス製品の製造現場では、技術と体力の両方が求められる。だからこそ、と彼女は言う。

「技術を高めることには、終わりがありません。年齢とともに体力が低下していくなかで、いかにそれを技術で補えるかが今の私のテーマ。その意味でこの仕事は現状維持こそが大変なんです。特に私の担当する宙吹きは、厚さも寸法も自分の腕一つで全て決まる製法です。それを担う自分の技術を、今後も研ぎ澄ませていきたいです」

(上)仕事の疲れをいやしてくれる猫たち。4匹飼っている。自分でデザインした製品の中には、ネコのデザインを入れて作ったものも。(下)家庭菜園が好きで、さまざまな野菜を収穫できる。昨年は日よけもゴーヤカーテンではなく、キュウリカーテンにチャレンジ。

▼内藤さんの24時間に密着!

6:00~7:00 起床・朝食/出勤準備
7:00~7:30 出社
7:30~8:00 仕事準備
8:00~12:00 工房で制作
12:00~13:00 昼食
13:00~17:00 工房で制作
17:00~18:30 翌日の準備
18:30~19:00 帰宅
19:00~20:00 入浴
20:00~21:00 夕食
21:00~23:00 裁縫や読書/ネコとゆったり
23:00~6:00 就寝